アルゼンチンつれづれ(40) 1982年02月号

アルゼンチンの学校生活

 体操を選んだ由野に費やした日々を取り戻すがごとく「フィギュア・スケートに出来る限りの力を尽してみたい」と言う玉由の願いを叶える為に、あと一週間で夏休みになるというのにそれも待ちきれないで、学年末の試験も終り、その成績も上々で、私の教育方針を、にこやかに聞いて下さる校長先生の許しを得て、スケートのコーチが待っていて下さる日本へ行こうと、あわただしく過したアルゼンチン最後の日々。
 学校の先生方に挨拶に行った私に「あの子が由野の一番好きな子」と由野が示す。「ギジェルモも由野が好きなんだよ」「クラスで走りっこすると由野が一番次がギジェルモ」「算数を教えっこするの」「ギジェルモってとってもふざけん坊」ジャングルジムの天辺で長い足をブラブラさせて、あまりにも素直な透き通った瞳で私達に笑いかけている。可愛いい! 急に由野の異人のボーイフレンドが登場して、驚くという言葉より、ハッとする。始まったばかりで、これからずっと続いてゆく由野の人生で、決して忘れられないであろう重大な一人の人間、その小さな男の子にも由野にも人種の異なりなど何の抵抗もないかのごとく。由野の体操の日々ですっかりアルゼンチン不信になっていた私の反省の気持を起こさせる。
 日本の国の中に住むのと違い、いづれの日にか、人種の異なる人を配偶者と選ぶであろうことにもどぎまぎはすまいと心に決めて,生まれてきた私の子供達に、先祖の御利益も何の裏付けとならない世界で生きて、地球の単位の中から良き人とめぐり逢う為の、今は準備の日々。
 そして、私にできることは、私の生れ育った、木登りのこと、草木の汁を絞って瓶に並べたその色合、兄弟喧嘩、記憶の限りの戦争のこと、知っている日本の味を作って食べさせようと試み、余分なことも一言多く話して聞かせ、めんどうがらず叱り、誉め、喜び合い、希望を語り、出来る限り目を放さず、私を土台として、いつか後悔しないようにしっかりと子供達と付き合ってゆく。
 ロレナが死んでしまいそうだった時、「泣いておろおろしても癒らない。ロレナの苦しみ程、体操で努力する以外由野に出来ることはないのよ」と話したこともあったロレナが元気になって、しばしの別れを惜しんで、アルゼンチン風のロレナの玩具、日本からの折り紙、おはじきと幼なじみの二人は、その会話の中に二人で知り合ってゆく数々のアルゼンチンの友達のことを混えて終日遊ぶ。
 クラスが移動してきた様に、授業後のクラス中の子が集まって、玉由の部屋ははちきれそう。アルゼンチンでのはやり歌が聞え、英語の歌も終り、踊りが始まり、注文のピッサやサンドイッチ、ミラネッサがまたたく間に姿を消す。スーツケースを広げて、何を持たなければならないかとウロウロする旅支度の私も時々呼び出されて、スペイン語の笑いの中に参加して、おっかなびっくり始めた学校で、喧嘩あり、仲直りあり、それぞれの友の家に呼んで呼ばれて、一枚のチョコレートもクラス中で、欠けらほどにでも分け合うという程、仲良くなれた学校生活を送っている様子を知る。夕方、この子達を迎えにくるお母さん達の中に、私にも友達と呼べる人が出来た。
 アルゼンチンでの学校生活を断ち切って、スケートと体操の出来る国を探してゆこうとしている私の子育ての良否が、頭の中をかけめぐる。

 
 

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