アルゼンチンつれづれ(78) 1985年04月号

失敗人生

 大使館や商社関係の生徒が多く、平和の国戦う国、富むも貧しいも、アジア、アフリカ……へと出逢い別れの多い学校へ、私の子供達が通っていますから、思いもかけない国のことがある日急に話題となったりして……。 「今度来た子はアメリカだって。玉由と同じ年でも見上げるくらい大きくて、お化粧しているの。朝、忙しいだろうね」顔も洗わずとび出してゆく我子とは、どこでこんなに差がついたのでしょう。
 「せっかく伸良しだったのにインドヘ帰っちゃった。手で食べるインド料理のお弁当もう貰えなくなって残念。今度レストランヘインド料理食べにいこうよ」
 「今、戦争している国があるんだって!その国へ帰るの、大丈夫かな、帰らないで日本に居ればいいのに」
 「豚肉を食べたらいけない宗教の子がいるから、今度の持寄りパーティーの料理気を付けてね」「わざと騙して豚肉を食べさせようとする友達がいるの、そんなことしちゃいけないと思う、していいことと悪いことがあるもんね」
 「由野のクラスでオーストラリアヘ帰る子がいて、送別パーティーするんだ」報告されるという程でもなく、いつもの会話の中で知らされていました。
 「これ貰ったの!」と由野が金髪の男の子の写真を持ってきました。
 「可愛い子ね。こんな小さな子が同じクラスにいたの?」
ちがうよ、赤ちゃんの時の写真だって。一緒に遊ばなかったし、話もしなかったのに由野のこと好きだったんだって」
 つい先日の父兄会の時、担任の先生が、「由野が話しましたか?今度オーストラリアへ帰った子が、“由野に渡して”と私に写真を置いていったんですよ。教壇からは少しも気がつかなかったんですけれど」などと話して下さいました。
 やさしくおとなしい、体操に全神経を向けている由野には、思いがけない“ほんわり”した話がよくころがり込んできます。
 しっかり者で、華やかに大勢の友達にかこまれている玉由には、こんな話はまだ聞かせてもらったことはありません。
 「お母さんに話したら怒るようなことは、ずっと後になってからポソリと言うようにしているんだ。授業中おしゃべりして先生にしかられたりとか……まあ、そんなに悪いことはしないよ」
 「マリワナとかタバコ、ゲームセンター…試してみたくなったら相談してね。ことによったら私も一緒にやってみるから。一人だけで楽しもうなんて思ったらずるいぞ」などなど言い合いながらの生活の中で、玉由が日本スケート連盟の七級のテストに合格しました。
 不充分で何とも言えない状態ではありますが、世界のどの国へ行ってでも、スケートのコーチとしての最低の資格をいただけたことになり、あとは玉由自身がいかに格付けをしてゆくかという段階となりました。
「お母さんの生活、掃除、買物、食事作り……しているの見ていると結婚とはこういうことがつきまとい……結婚しようなんていう気持がなくなるよ」
私が訳け知らずホイホイと生きてきてしまい今になって自力で生きられないのを悔しがっているのを観察しつつ、「お母さん、が失敗人生を見せてくれたから」と玉由。
失敗なく、失敗したとしても、すぐやり直せる実力を持って、存分に生きて欲しいと願いつつ、また気を取り直して子供達と付き合ってゆく。

 
 

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