アルゼンチンつれづれ(213) 1996年08月号

ジャマイカ

 「今、マイアミに居るんだよ。お父さんが『仕事でマイアミに居るから、こちらにおいで』って電話してきたの。ボストンから逢いに来たというわけ。お父さんの行きつけの鮨屋へ行って、ホテルのバーでカクテルを飲んで…。マイアミまで来たら、ジャマイカまで近いから一週間ほど行ってくるね。ロンドンの友達とジャマイカで逢う約束をしたの」
 由野からの電話を、私は『いつものこと』と、「うん、うん」と聞いていた。
 地球の上の、各々の国で、各々の生活をしている我が家なりの暮し方だけれど、何時、何処で、何をしているかを把握し合っていて、それ以上は無用な心配はしあわないようにしている。
 マイアミから、子供達の父親はアジアヘ向かい、由野は、ジャマイカヘ行ったらしい。 「ジャマイカは電話事情が悪いから、なかなか連絡が出来ないからね」とは言っていたけれど、私の方からは連絡が取れない状態となったことに唖然とした。『何処に泊まるのかすら聞かなかった』『でも、一週間たてばボストンに戻るんだから』『帰れば、すぐ電話をしてくるはず』『いつも、そうだった』 一週間たっても連絡がなかった。『もう一日待ってみよう』。次の日も何の音沙汰もなかった。ボストンの由野の家に電話をすると、留守番電話になったままで、帰っている気配はまったくない。
 由野は、熱帯の風物、空気、水、音楽、人々も素晴しいと、ジャマイカが好きで、ボストンの極寒の冬のコンピューターの勉強から、しょっちゅう逃避してジャマイカヘ行っていた。私は、ジャマイカは一度も行ったことがない。その上、テレビの、ジャマイカのドキュメンタリーで、輝かしい観光地の裏側の、巨大なゴミの山の上に住む人々の様子を見たから、「貧しい人達が多い所で、調子に乗って派手なことをしちゃいけないよ」と私は由野を戒めてはいたけれど。
 そんなのが頭にあるから、由野からの音沙汰ないことが、身震いするほど怖くなった。 ロサンゼルスの玉由に電話をすると、「え、まだ帰ってないの!大変!」と由野が利用するであろうジャマイカのホテルの電話を片っ端から掛けまくったけれど、どこにも泊まっていなかった。
 「帰りの飛行機を予約しているはずだから」と航空会社に電話をしても、「教えてはくれない…」と途方にくれる。
 アジアにいる父親は、「クレジットカードを使っているはずだから」。そこから行動を探そうとした。やはり電話にかじりついて、あちこち連絡をしまわって、クレジットカードからお金を使っていないことを確かめると、術がなくなった。そして「ジャマイカまで探しにゆく」と言い出した。
 玉由が、インターネットを使って、由野のパソコンに電子メールのメッセージを入れようと考えついた。
 「世界のどこに居たって、自分のメールボックスはチェックしているはずだから」と。するとたちまち、「『元気だよ! ただ楽しかっただけなの!』と返事が帰ってきた」と玉由が一刻も早くと、私に伝えてきた。
 家族が、それぞれの次元で、由野の探し方を考えたものの、世の中はインターネットの時代になっていた。そして、私も、自分のパソコンでもって参加しないことには、家族の一員にもなれない時代がやってきてしまった。
 「電話がなかなか掛けられないジャマイカが好きなんだ。ちょっと困るのも好きなんだ」とは、コンピューター・サイエンスの勉強をした最先端の由野。

 
 

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