ことのはスケッチ(403) 2012年(平成24年)7月

『富士山』

 大きな憧れ、私の頭を占めてしまっていることがある。
 国立博物館で出会った。富士山の天辺、噴火口の凸凹ごつごつ巨石。太い墨の線で描かれている。
 お手本どうりに描かれることが多かったあの頃、本当に富士山頂まで登られたのだろうか。航空写真など無かっただろうに。
 想像を描くなどということが出来たのだろうか。自由奔放…富岡鉄斎七十歳、八十歳の頃『富士山頂の図』
 その絵に出会って以来、富士山噴火口を描きたい、と思い続けている…でも私には登れないと決めてもいて。
 宝永の噴火口に入り込んで“不思議な写真”を撮っている友人がいる。今度彼が撮影に出掛ける時頼んで連れていってもらおうか…。
 あれこれ模索しているとき、『富士山五合目から金環日食を見る、後、富士五湖を巡り、山梨のほうとうを食する』というツアーを見つけた。
 富士山に異変がおきている…。噴火するかもしれない。富士山は活断層の上にある。いつ崩れるかもしれぬ…。このごろ恐ろしいことがよく聞えてくるけれど、富士山と一緒ならどうなってもかまわない。出掛ける。
 私の家から十分ほどの上野駅よりバスで行き、上野駅に帰り着く。こんなに楽。
 次の日の朝七時の金環日食を見るため、夜の十時半、上野を発った。
 途中、サービスエリアにバスは止まり、富士山のスバルラインの朝四時の開通まで、バス席のまま四時間の就寝タイムになったのには驚く。
 どんなにしても体中が痛くなってしまう後、真っ暗のスバルラインを走るのはうれしかった。いくら見ようしとしても何も見えない暗闇。
 その昔、パナマ運河を大きな船で通った時も、船の最先端で、まわりはジャングルを見ようと頑張ったときも、墨の中にいるような暗さに、何も見えなかったことを思い出す。
 朝まだ明けない五合目に着き、朝日から金環日食になってゆくはずなのに、厚い雲に覆われて、雨が降っていた。
 せめて、五合目の山肌を!もむなしく、念を入れ真黒い雲がおりてきて覆い被さり、さっきまでの雨は“横殴りの雪”に変わる。まさしく零度。
 東京の友人から「曇りだけれど今、金環日食見えている」とメールが届く。
 「頭を雲の上にだし…」って歌ったのを信じていて、甘かった。
 五合目は、完全に冬だったけれど、三合目あたりまでスバルラインを下りてくると、淡陽が当る新緑が美しかった。その中に、火山性の土壌にしか生えないといわれる富士桜が、小さな花。綺麗な花盛り。あそこに、ここに。でしゃばらなくていて、可愛いい。
 二合目から下の方には富士桜はもうなくなった。
 五っの湖の一つ一つに、自の足で近づき、湖畔の草々、花々に会い。風に会い。喜びに会った。
 ほんの短い時間のうちに、厳冬から早春、春酣まで…富士山を肌で感じた。
 帰宅し、テレビ画面で金の環を見た。

 
 

 


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