ことのはスケッチ(412) 2013年(平成25年)4月

『戸籍』

 そっと抜け出し、そっと手続きを終え、そっと暮らしているつもりだった。
 四十年来持ち続けた「離婚届」を、そっと区役所に提出しに行った。
 私が、日本国に住むに必要なことの書類の名字が変わり、書き変えられたことを知らせる通知が、「あ!そう」と思うほど郵送されて来た。
 今までのパスポートが使えなくなった。唯一、私の身分を証明出来るものだったから、これ無くしては生きているとも、死んでしまったとも…とにかくこの世から相手にされなくなったことを知る。
 私の会社も、代表取締役の私の名字が変って、一切の機能を失った。
 「外国へ行くな!」という父に、「ちょっと行ってくるけれど必ず帰ってくるから」と約束した父母のもとへ。
 区役所で、「新しい戸籍は!」と聞かれ、咄嗟に「生まれた所」と言っていた。
 年末年始ということで、時間がかかってしまった新しい戸籍謄本は、郵送で頼んだ。
 前にも横にも後にも何もなし、たった一人の私の名前だけ書いてある紙ペラが送られてきた。
 天涯孤独ということを自分にしてしまったことになる。
 かわいそうな戸籍「全部事項証明」をもって、パスポートの申請をした。十年パスポートをとったばかりだったのに、また同じ手続をして、同じ時間をかけ、同じ費用もかかり…。それでも本当の名前のパスポートが出来てうれしかった。
 そして、今度は会社を復活させなくては。「どう考えても、どうして良いのかわからない」。専門家に頼んだ。
 「急には出来ない」と、なかなか対応してもらえず、お化けになってしまったみたいな日が続いた。
 代表者の名前の変更、印鑑登録の為直し。それから何をしなければいけなかったのか…。予定外の請求書が届き、終了したらしい。

 こんなのってセクシャルハラスメントだと思う。「婚姻届」とかで名字を変えさせ、もとに戻しただけに…散々負担をかける。「女性」をないがしろにしすぎる。

 自分の本当の名前ではない。パスポートに苛立っていた一生だったけれど、アルゼンチンで永住権を取った時の私の正式の名前は、「ユリコ・イマイズミ・デ・タカヤマ」だったから平穏に過ごしていた。
 セリーナさんの名前は、セリーナ・アラウス・ペラルタラモス・デ・ピロバーノ、父系、母系の名字、そして婚姻名字、こんなのってとてもいいと思う。
 はやく自分の本当の名前にしてあげなくては…とずっとずっと焦っていて、今やっと、生きているうちに本当の自分に戻れた。

 
 

 


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