ことのはスケッチ(455) 2016年(平成28年)12月

「明星」A

新詩社詠草 中濱糸子(東京)
○うるはしき絵扇とりて立ちたまふ袖より長し白藤の花
○おもとたち衣がえしてみすかげの涼しく見ゆる殿の内かな
○水がめに水さしうふる姉君の島田にゆらぐしろ藤の花
露草 山川とみ子(大阪)
○君よ手をあてて見ませこの胸にくしき響のあるは何なる
○筆をりて歌反古やきてたちのぼる煙にのりてひとりいなばや
○知るや君百合の露ふく夕かぜは神のみこゑを花につたへぬ
鳳 晶子(和泉)
○誰が筆に染めし扇ぞ去年までは白きをめでし君にやはあらぬ
○わが草にしばしは想へあたらしきこの恋塚のぬしを語らむ
小生の詩 与謝野鉄幹
○君ゆゑに痩せたるわれと告げもせば相見るをだに母はとがめん
○世のかぎりふところにして泣きぬべき文をもせめてたまへとぞ思ふ
簾影 落合直文
○たゞひとつひらきそめたる姫百合の花をめぐりて蝶ふたつとぶ
○うつしゑのうすくなるまで年へてもかへりきまさずわが恋ふる君

明治三十三年 八月 明星第五号

京扇 中濱糸子(東京)
○市に行きし乳母はかへらずさよ更けて経よむ窓に雨ふり出でぬ
○朝庭に髪もけずらでかぞへみる白きむらさき朝顔の花
○なく虫の庭しづかなるあづま屋に姫の召します筆紙硯
○花園の離亭(はなれ)の縁に雨よけてゆかしき人に言(こと)かはしけり
○車井にぬれてとばかりまぎらしぬ涙といわば人のとがめむ
○歌反古をやきてすてたる夕より鳥も歌はず蝶も来ずなりぬ
○菫の月うかぶとみれば行く水に影さす我の扇なりけり
鳳 晶子(和泉)
○夏の野を絵にする君が肩によりひともとさける姫百合の花
山川登美子(大阪)
○刷毛の黒絵に似たる夕島に小鳥さわぎてあわき虹たつ
与謝野鉄幹
○明日知らぬ命すくへと書けるふみ日附は二日(ふつか)今日は十五日
○うれしきは越後の山のしら雪を口にふくみて君がよめる歌
○わが恋を人にゆづりて鎌倉の禅師が許に飯たく男

明治三十三年 九月 明星第六号

雁来紅 中濱糸子(東京)
○うかり入れてところの名をば問へるかな夕顔さけるたそがれの宿
○きぬ帽にわが歌かきて潮あぶる君がかたへと流しやるかな
○月かげに磯めぐりして又もききぬ長谷のみてらのあかつきの鐘
○たかどのの糸のしらべにあはずとも星のみやこに神ききまさむ
○夕川に水くみをれば流れきぬ扇にのせし芙蓉ひと花
○をみなごのふしめがちにもなりにけり苫と ま屋や をてらす稲妻のかげ
○むぎわらの帽子ふかめて行きすぎぬ口とき君が濱づらの宿
登美子の君へ二首
○病む君の心もとなき筆の跡をむねに抱きて泣く夕かな
○あめつちに一人の友の病むとききて涙せきあへぬ秋の初風

明治三十三年 十月 明星第七号

清怨 中濱糸子(東京)
○御手とりてぬぐひまつるも今日のみよ君が泣きます小屏風のかげ
○西ひがしさらばと云ひて別れては森のまぎれに我名しるして(友に別れける時)
○舞殿に君が手とりし夜半よりのわが思をや恋と云ふらむ
○しらじとてかざすか絹のしろ扇にほふ片頬の透きて見ゆるよ
○星かげにてらして見ればやさ文よねたきは誰のばらの移り香
○絵筆なげてながむる姫の舞ひ姿うたの御声よなどかちいさき
○手拍子にまじる小唄のやさ声は姉妹(はらから)と小萩しろ菊
○ぬぎすてしゆかたの袖にわすれたり誰にともなき文のひとひら
○歌反古を焚きしけぶりの鬼となりて夜半の小雨の涙ふらすか
山川とみ子(大阪)
○あたらしくひらきましたる歌の道に君が名よびて死なんとぞ思ふ
○君のみはあはれと思(おぼ)せ弱腕にしらべ乱れぬ泣きてとる琴
○てづくりの葡萄の酒に君を酔はせ都の歌を強ひまつるかな
鳳 晶子(和泉)
○あたらしく湧く我胸のましみずにふるき愁ひを洗ひませな君
○ことばにも歌にもなさじ我が思ひその日その日のとき胸より胸に
○やわ肌のあつき血しほにふれもみでさびしがらずや道を説く君
中濱糸子の君へ二首
○まだ知らぬ友の名よびて浜寺の松に泣きし子君しりますか
○わが歌に君が筆乞ひ君が歌を小琴にのせん月清きころ
与謝野鉄幹
○われにまづ毒味せよとは云ひ得たりゆるせ称二つに割らむ
○あめつちに一人の才と思ひしは浅かりけるよ君に逢はぬ時
○この雨を百二十里の西にもてひとり聴きつゝひとり泣くらむ
○ほゝゑみて火をも踏むべき二人なり神もたのむな世の人なみに

つづく

 
 

 


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