ことのはスケッチ(364) 2009年(平成21年)4月

『植村公女』

 アルゼンチンに辿り着き、まだ日の浅い頃突然植村直已さんがやってこられた。
 アマゾン河の“筏下り”を終えられて。その冒険の、工夫と地理と心と命と経験と…夜を徹し話して下さるのだった。
 それからの、あの冒険、この冒険、の都度アルゼンチンまで立ち寄って下さるのだった。
 生まれてまもなかった玉由が直已にすっぽり納まって抱かれている間に、買物に出掛けたり、食事の支度をしたり…そんなことあった。
 玉由に由野に、行って来られた冒険の話とその様子を描きながら、それはエベレストであり、アコンカグワであり、北極であり…。
 アルゼンチンへ帰ってこられると必ず「カラコル(デンデン虫)を食べに行こう」。

 カラコルのプロバンス風は、トマトソース味に出来あがったデンデン虫を爪楊枝で取りだし、ホロ苦さを食べ、殻に残ったスープをチュッと吸って…本物の味、本物のおいしさ。
 セリーナさんの牧場、種馬牧場など、アルゼンチンの牧場を謳歌した。
 牧場のあるマル・デル・プラタの海のレストランで、メヒジョン(ムール貝)の、やはりプロバンス風を食べる。
 オリーブ・オイルとニンニクと・イタリアンと貝からのエキスと相まって、山盛りいっぱい、ものも言わず食べてしまう。最後はフランスパンに、そのスープを吸わせ、また格別のおいしさ。
 牧場での、壮大な焼肉料理、アサードは野生にかえったようにかぶりつく。
 そして、ガウチョの民具が飾られる博物館みたいな牧場の家で泊るのだった。
 素朴な、なごやかな時を沢山共有していたな。
 アルゼンチン生まれの子供達の日本留学中も、直已と公子さんと、「日本のおいしいものをごちそうするよ」。さまざまな味を教えて下さるのだった。公子さんの豪快な“肉じゃが”に目を見張った。今も我家の味と定着している。

 子供達は、公子さんから習字を習った。その手習いは食事付の特別待遇で、世界で生きる大きな糧となっていった。
 その間も、直已の冒険は続き、北極辺りの犬橇のエスキモー犬を飛行機で輸送したことがあった。極寒から真夏のブェノス・アイレスの暑さを、犬達に水を掛けて救ったことがあった。後に、今までエスキモー犬が居なかったブェノス・アイレスで、ペットとして栄えるに至っていることにびっくりしている。
 直已の音信が跡絶えた。
 マスコミから逃れ、私のところに公子さんを匿った。マッキンリーの寒さが伝って、ブルブル震えていた。
「あ!今いってしまった」と公子さん。公子さんをスーツと通り抜けた光り。あの時は消えてゆくことはない。
 直已の公子さん、あったかくて、気っぷが良くて。
 三河アララギに俳句を送って励まし続けていて下さる。

 
 

 


Copyright (C)2002 Yuri Imaizumi All Rights Reserved. このページに掲載されている短歌・絵画の無断掲載を禁じます。