アマゾン

学生というを終えるにあたり、「日本より一番遠い国へ行って自立してみよう」単なる思いつきに過ぎなかった事は、それから三十年以上にもわたり、アルゼンチンブラジル、と係わることとなる。その年々に事情の変化はあり、東京に住むようになった今も、始めてしまった続きを続ける故に、しばしば南米に向け、飛行機に乗る。上空を飛行したり、空港までは辿り着いたり、ニアミスそんな状態のまま、何時か行くべき所と心していたアマゾンへ、いよいよ。

 

地球の酸素の大きな部分がつくりだされると言われるアマゾン地域、そこを流れるアマゾン川。
源流を、ペルーアンデスの氷河とするソリモンエス川を本流とし、アマゾン地域の土の色 赤褐色を溶かしこみ、千を超える支流を吸収しつつ、赤道下を六千五百キロ、流れ流れ 大西洋に至る。
途中のマナウス辺り、ジャングルの堆積植物から溶け出る有機酸のせんじ薬色を黒とするベネズエラからのネグロ川と合流する。
この源を異にする二つの大きな川の、水温、速度、比重の違いにより、二つの川の色は何百キロも混じりあうことなく、ひとつの川となって流れ続けていることは、行って確かめる。
どおして、こんなに、沢山の水が。理解の範囲を超え、混じり合わない色の間を、私の乗った船は、行き来する。ピンクのイルカも二つの色を行き来する。
この黒いネグロ川が、ネオンテトラやエンゼルフィッシュなど、日本のきれいな水に飼う 熱帯魚の原産地なのだそうだ。せんじ薬色の川は、多大を秘めもつらしい。

 

アマゾン川というと、ピラニア。ピラニアとひとことでいっても、多くの種類があるという。同種のピラニアでも、居る川の色に同化して、赤いピラニア、黒いピラニア。
大きな船から、カヌーに乗りかえ、肉片を餌にした釣竿で、透明度0の褐色の川面をピチャピチ乱す。
ゆらゆらゆれる心もとないカヌー。この下に、ピラニアがぎっしり餌を求めているのだろうことを。
食うか、食われるかの接点。餌だけなくなることを繰り返し、じりじりと赤道近い太陽に、まっ赤く焼けながら釣り上げた赤いピラニアは、私の手のなかでも、餌の肉片を食べ続けた。
そして、もっとすさまじい、私は、そのピラニアを、から揚げにして食べてしまった。頭から尻尾まで、骨も残さず。

 

丸太を集め、丸太を組み、自分で作った筏に乗って、アマゾン川の源流から河口、すなわち大西洋まで下った植村直巳の冒険。
そのころ住んでいたアルゼンチンの私宅に、アマゾンから帰った直巳が逗留した。
アマゾンでの冒険を語る、彼の瞳の輝いていたこと。彼の経験を、しっかり私にインプットした。
彼が筏で通っていった、この巨大な取り付く島もない水の流れに、私もやっとやってきて、 この川に挑戦しようとした発想に眩暈する。数多毒虫、毒蛇、大蛇、人を襲う動物、盗賊。のみならず、息苦しい暑さ、スコール。支流に入り込まないよう、川岸に着かず離れず、進路への気苦労も聞いた。
流されたり、盗まれたりしてなくした食料には、ピラニアを釣って食べたと。
彼の巨大な恐怖、とてつもないひとり。アマゾンに来て、ほんの少し共有できた気持ちになり、私宅にいらしたとき、もっともっとやさしくなれば良かった。

 

アルゼンチンの家の近くを、向こう岸の見えないラプラタ川が流れていて、この川も、ブラジル中部の大湿原パンタナールで、アマゾン川と連結している。今あらためて、アマゾン川とラプラタ川は、同じ色をしていると思い当たる。
世界の三大瀑布のひとつ、イグワスの滝となるパラナ川も、ひとつパンタナールから発し、アマゾン川と連なる。
一言では言い尽くせはしないアマゾンを、知り始めようと思う。



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