アルゼンチンつれづれ(10) 1979年08月号

アサード

 六月、丁度良いというより、ほんのちょっと寒い感じで郊外の早朝は霜が降りた日もある秋の最後です。今年は良い天気が続ぎ、家の中から空を見ているなんてもったいなさすぎます。「アサードしたいなあ」炭火の上に肉の脂が落ちて、ヂューと煙が上る、その煙が運ぶケブラーチョの木の香が香るともなく塩味だけの肉に感じられる。そんなのを思い浮べると、受話器を取って「週末にアサードをしよう」と友人達に連絡して、すぐ話はまとまり、肉を、炭を、ビノ、果物、コーヒー、我々日本人は絶対におむすびも、それぞれに分担して、肉を買う係になるのも楽しいことです。アルゼンチンの人達は週末は、庭のある友人の家とか野原とかとにかくアサードが好きですから、どれ程か数知れない肉屋は全部が全部行列です。遅くなると混むからと朝早く出かけたつもりでも十二番目くらいだったりですが、いらいらしないで行列につき、前の人達が買ってゆくものを興味深々で見つめます。フットボールの試合のこと、世間話をしながら買ってゆく肉の量は十キロ二十キロと逞しいこと。好きずきですがアサードの時の肉は、牛の肋骨を木琴を平行にした様に切った骨付肉を一人当り一キロの見当です。その他にチョリッソ(大型腸詰)モジェッハ(牛の喉の肉で脂っこく柔かく一番高価)モルシージャ(血の腸詰)リニョン(腎臓)イーガド(肝臓)クリアディジョ(睾丸)チンチュリン(小腸)肉食の歴史のどこどこまでも正々堂々と食べてしまうこと。アルゼンチンに着いて、初めてアサードを食べた時の美味と戸惑いは忘れられません。日本民族が魚の骨までしゃぶったり、煮干で「だし」を取ったり、尾頭付が豪華だったりするのと同じ感覚で、こちらの人は牛、山羊、羊、豚、鶏等の動物本来の姿のままで対します。いつぞや、一世紀間違えたかと思うような立派な家へ招かれて大御馳走というので堅くなってテーブルについていると、湯気が上る山羊の頭が丸ごと運ばれて、女主人がナイフとフォークで「どこが好き?目?脳?」と切り取ってくれた睫毛まで付いた目玉には動転したのですけれど、鯛の目のことを思えば同じだと思いました。鳥のぶつ切りと米とサフランの御馳走の時は、隣りに坐るダイヤが光る淑女が、中に入っていた鶏の爪が付いた黄色い足を指でつまんでチューと吸って、ここが一番おいしいのだと教えてくれたこと。
 ゆり籠の中の赤ちゃんが豚の蹄の軟骨を両手でかかえて吸っているのを見たこと等は、何年間も続くおどろきですけれど、習慣の違いだけで、さもありなんと思えます。
 さてアサードの日は上天気に浮々として、折畳式のテーブルに椅子、金網、皿、ナイフ、フォーク、コップ、ボール、凧、スケッチブックと思いつくものを皆車に積んで、小型引越しのごとくです。パレルモの公園は火を禁じられていますから、エセイサ空港の近くの木々あり草原あり小川ありの道程四十分の所までゆきます。「ユーカリの下がいい」
「川っぷちがいい」等と場所が決まると子供も大人も手分けして薪木を集め火を起します。もう所々からアサードの煙が上っています。見上げれば青い空、葉が落ちてみごとに枝だけとなった木の枝が濃く固まって見えるのは小鳥の巣です。心なければ見えないようなユーカリの白い花、赤い花。毎度「日本だったらこうはいかない」と言いつつ金網いっぱいに拡げられる大量の肉が焼けるまで、子供達は凧を上げようとはしゃぎ、ボールを蹴飛ばす。冬近い日というのに薄着になって太陽と戯れ、アルゼンチン国産のブドウの香りと味が残るビノのグラスを片手に肉の焼具合を心配する。木々を渡ってくる空気のもと、空腹にビノがきいて、アルゼンチンって大好きだとまたまた思ってしまうのです。

 
 

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