アルゼンチンつれづれ(126) 1989年05月号

親子ごっこ

 セリーナとは、「スペインに引越ししたら身近に住めるかもしれないね。」と話していたのに、自分達の目で確かめたヨーロッパは、いつか行って住むのだけれど、今大急ぎでアメリカを切り上げる程のことではない。何しろアメリカが楽をするために他の世界の国々が存在するかのように思えてしまった今回の旅だったから。折角アメリカに住み始めたんだもの、もう少しその恩恵をいただいてからと、すっぽり旅行前の生活に落付いてしまい「見方を変えると、アメリカっていい国なのね。」などといい気なものでおりました。 人種を越え、「日本人と一緒に住む。」という彼女の考えにうっとりしているセリーナは「スペインに行かないのならアメリカだってどこへだって行くから。」と、とうとうカリフォルニアの我家へ、家出娘みたいに大荷物でやって来てしまった。とは奇麗事を言ってみても、アメリカは嫌い、英語はだめ、友人は居ない、何処ででもアルゼンチンの名家としての七十何年間続けてきた生活を守ろうとする…この状況を、カリフォルニアで良い方向に向けることは不可能と知っていたから、「アメリカヘは来てはだめ。」と言い続けていたのに。
 玉由の一世一代の大掃除で、彼女の部屋をピッカピカにしてセリーナに提供し、長期戦の構えが出来ました。
 セリーナの朝食はお手伝いさんが部屋に運んで、ベッドの上でとるのが習慣ですが、ここには手伝いは居ませんからダイニングまで来てもらうことにしました。でも後で、朝食を運んで部屋に居てもらった方が楽だったと思いましたけれど。私など寝巻着で朝の慌しさをしているのに、セリーナは、その日の服装に合わせたハンドバッグとハイヒールでダイニングに現われ、我家全員の行動がすっかり見渡せる位置に陣取ると、ささやかではあるけれど私達の出来上っている生活は無となり、動作も会話も全部セリーナ流に支配をしようとする一日の始まりです。
 私と子供達、常の会話はスペイン語でしている訳ではないので、ちょっと日本語で話すと、たちまち「日本語で話してはいけない。」と怒り、英語がちょっと入ると「英語は嫌い。」と叱られ…「そんなこと言ったって、ここはアメリカ、日本人の家よ。」と私。
「自分はアルゼンチン人。」とセリーナ。まあまあこんな傑作な喧嘩をする訳で。
 箸の上げ下ろし…と言うけれど、アメリカ流になっている子供達は叱られっぱなし。コーラを罐ごと飲んだ、とセリーナは叱っているのに、子供達には何で叱られているのかさっぱり分らなかったり、そう言えば、ちょっと前まで罐に口を付けて飲んだりなんて決してしなかったことを思い出したのが収穫でしたが…というようなことばかり。
 せっかく長男でも長女でもなく、気楽に生きるのが定めなのに、なんで今さら他国の“おばあちゃま”を貰ってきて…とか、外国なんぞに来てしまって本来の親孝行してないんだから、ここで罪滅ぼしに…と思ってみたり。
 とにかく、したい放題だった私達の生活を角度を変えて見直せた大変にありがたい機会でしたが、セリーナにしてみると、彼女宛の手紙も電話も招待もなく、彼女の栄光に遜る人が一人も居ない所へ来てしまった焦りは大きく、やっぱり一族が難題を持ちかけてくるセリーナ本来の生活に帰ってゆきました。良いことばかりを思い浮べ、またどこかの国で親子ゴッコをすればいいよ。

 
 

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