アルゼンチンつれづれ(270) 2001年05月号

モレノ氷河へ

 今、日本に居て、自身のぺースが出来、リズミカルに暮している。そのリズムをちょっと止めるのは跨踏するけれど、八十六歳になるセリーナさんとしばし共に過すため、アルゼンチンまで出掛けてゆく。
 セリーナと私と、どうしてこんなに遠い国同士なのに出会ってしまったのだろう、などとよく話をする。ただ一番遠い国というくらいの思いだけでアルゼンチンに辿り着き、途方にくれてしまっている時に彼女とめぐり会えた。
 セリーナさんと出会えたから、彼女が守ってくださったから、私は生きてこられた。
 慣れているとはいえ、一軒の家に鍵をかけて長く留守にするということは、何週間も前から、腐る物が残らないよう、植木は増やさない、支払いのこと、郵便物のこと、留守らしく見えないよう、ゴミはすっかり出しただろうか、何度も離陸、着陸をくり返す飛行機に沢山乗るのであって、もし生きて帰れない時にそなえ、少しは身のまわりの整理もし…もうこれで良かったのか、忘れていることはなかっただろうか。
 出掛ける前から疲れ果ててしまう。その上、アルゼンチンでは夕食はドレスアップしなくてはならない。その洋服と付随品。極寒、極暑、様々な気候に適応するだけの衣類を能率よく選ばなければいけない。
 そして、いよいよ五万キロにも及ぶ地球一周より長い距離を飛行する。
 成田までは、横殴りに雪が降っていて、予定どおり飛行機が飛ぶかどうか、気がかりだった。
 経由するシカゴまで十二時間かかり、まずの目的地マイアミまでは、また五時間。
 マイアミには、南米とアジアを行き来する中間地点として、家族が三三五五利用する家があり、家中の窓が大西洋に面していても、着くなり掃除。
 私のスーツケースの中には、掃除道具がかなりのスペースを占めている。因果なこと。 マイアミの家がきれいになると、いよいよアルゼンチンヘ向け、また十時間ほど。
 日本から頂度十二時間の時差で、時計を直さなくても良く、とはいえ、アルゼンチンでは、昼十二時から昼寝の終る四時頃までは掃除機の音はたてられない。ここでもまた着くなり掃除というパターンからはのがれらないのだけれど。
 セリーナさんの家とは、スープの冷めない距離。昼食も夕食も共にする。友人達を交えたり、レストランヘ出掛けたり、お呼ばれをしたり。アルゼンチンで暮した日々がたちまち甦る。
 セリーナさんと私、もっとアルゼンチンを知るために、ブエノス・アイレスから三千キロも離れた南極近くまで、アンデス山脈の太古の氷河が今の時に崩れ落ちる様、モレノ氷河までゆく計画をしている。
 歩行困難なセリーナが差し障りなく行けるだろうか、あえて大冒険をする。なんて。今回の旅には、『西行』と『芭蕉の恋句』との二冊を、世界のゆく先々で読み継いでいる。
 日本国内の旅をすると、先人、偉人の残したものにきっと出逢う。私を遡ること何百年、ここにいらしたという感慨、心打たれ、真似らしいことをしてみたり、何番煎じかしらをする。
 今、行こうとするところには、能因も西行も芭蕉も茂吉も文明も…行ってはいない。私が見る。思う。短歌を。それだけ。

 
 

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