アルゼンチンつれづれ(259) 2000年06月号

パタゴニア国立公園

 ニューユークで生きる子供達の生活の中に、さりげなく入り込みしばらく。得体の知れない巨大な街、異人種の中、ちっぽけな私の子供達が自分の力で頑張っている。「何もしてあげられないことが歯痒い」。そんなニューヨークを発って、アルゼンチンヘ。
 あまりにも日本から遠い所にある国故、あまりに長くこの国びとになっていたこと故、お駄賃のような思いがけないことが起こる。アルゼンチンに住み始めてより今に至っても、私を守り続けていてくれる八十六歳になるセリーナ。彼女の親しい友人の別荘があるパタゴニアに、絵を描きにゆこう…と招かれて、日本と反対の気候のアルゼンチンが冬になってしまう前に。一年の内、行かれるのは夏の三ヶ月間だけ、あとは深い雪。
 セリーナの友人別荘の主は、東京銀行の前身、横浜正金銀行のアルゼンチンにおける創始者の直系、そして億の長者なのだそうだ。九十幾歳にしてセリーナとは幼なじみ。今も共に杖をつきつつ食事に出掛けたり、家を訪ねあったりが続いている。
 彼の使い所がないまでの財をして、南極に近いパタゴニアの国立公園、ゆけどゆけど人間の造った物は何にもない太古の自然の続く中に、現代の便利を極めた別荘を建て、車、飛行機、船、馬、案内の人…すべて彼の自家用を尽さないと辿り着けないところ。
 水も電気もエネルギーも、太古の自然を邪魔しない方法での自家製。
 水より十倍も安い、という石油や恐竜の化石など掘れば出てくるネウケン州までは民間の飛行機に乗って二時間半ほど。そこからはいよいよ彼の範囲。十人乗りのプロペラ機、招かれた六人と案内の人二人ともう一人、後で知るのだけれど、アルゼンチン一のスターシェフ、私達別荘滞在中の食を賄うために乗っていたのだと。
 プロペラ機のプロペラは透明にまわり二時間ほど、滑走路なんかではない湖の水際、少し平な所、野の馬がいて、ちょっと待ったりした後着陸。小型トラックをふくめ三台の車が待っていて、荷物と人間を積み込むと、道なき程の道、ボコボコ、石の上、沼、川の中…何があっても突き進むこと一時間。大きな湖、ラプラタ湖に着き、今度は船に乗りかえる。岸からすぐ千メートルにもなる深さの湖なのだそうだ、氷の水、浮力はなし、落ちた物は、限りなく沈んでゆく、という湖を渡りゆくこと一時間。この地方の九十八%を占めるレンガという材の丸太で出来た家に辿り着いた。
 六人の旅人に対し、二十人近い世話をして下さる人達に迎えられ、大変行き届いたもてなしと設備があり、暖炉のロビーを中心に、それぞれの部屋、何も食材がない所で、今を極めるフランス料理。大活躍となったバーは世界の酒、アルゼンチンワイン…。ロビーでの会話はスペイン語、ポルトガル語、英語。原生林散策には、植物、ミネラル、鳥、宇宙、魚つり、山登り…それぞれの専門家に付き添われ案内され、パタゴニアを知ってゆく。
 レンガの木にやどり木がいっぱい。刻変る湖の色。少し色付きはじめたレンガの森。地球上の一番遠い所で生まれた同士にもかかわらず、セリーナの横にいて絵を描いている。パタゴニアの空気と水と…髪も肌もつるつるぴかぴか、邪心、迷いは消えてゆき、太古の心にもどってゆくように。
 セリーナに出逢えたからアルゼンチンで生きてこられ、セリーナがいて私の心が大きくなってゆく。

 
 

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