ことのはスケッチ(409) 2013年(平成25年)新年

『螺鈿』

 天照大神。農耕民族の最高神、女性神様です。田畑を開き、自ら養蚕をおこなわれ、機を織り、織りあがった布は草木で染められたことでしよう。日本の国は平和に過ぎていました。
 日本の最高神のされたように私も糸を紡ぎ、織り、図案を描き、草木に化学に染め…テキスタイルを志してきたつもりになっている。
 イタリア、地中海、サルディニア島、大型二枚貝(ピナ・ノビリス貝、日本のタイラギ貝に似て、もっと大型)の足糸ビシュスを使っての手紡ぎ、手織り…たったひとりになってしまって守っておられるチァラさん紹介の講演を聴いた。
 昔、地中海あたり、ピナ・ノビリス貝のわずかしかない足糸を集め布をつくることに多くの女人が携わっていたそうです。貝が海底の岩に足糸を引っ付け定着する。その少ししかない繊維を集め、とことん洗い、ほぐし、紡ぎ、亜麻色の糸と成し、織る。
 近年、乱獲、観光化、海の汚染…により自然保護、採取禁止、文化遺産継承のみとなった。
 アルゼンチンに居た頃、よくムール貝を食したけれど、貝についた足糸を取り去るのが大変だったことを思い出した。こんなに短いものでも糸にしてしまったのですね。
 昔、古代エジプトの埋葬で、この足糸布は“ミイラ”を包んだのだそうです。
 亜麻色の糸を、レモンで酸化させて黄金色にもしたそうだ。手袋やショールに、大切に使われていたのです。

 チアラさんが手のひらサイズの二枚貝を、「これは日本の天皇のベルトの貝ですよ」と言われたそうだ。
 まさか、貝がそのままベルトにつけられていた訳ではないでしょう。そして思い当る。
 祖母の代からの呉服屋さんが、番頭さんに大きな風呂敷包を担がせて、しばしばやってきていた。そして、奥座敷いっぱいに反物を広げているのを見て育った。
 それは、祖母や母や姉達のためだった。ある日、それが私のためになった日があり、最高技術の日本刺繍が施された振り袖が広げられた。刺繍の辺りが細く長くキラリと真珠色に輝やいた。呉服屋さんが「“貝”です」と言われた。
 父と母といて、私の着物と決まった。そしてそれはそれは美しい着物をもって、アルゼンチンへ行ったのでした。
 アルゼンチンで、セリーナさんの“集まり”とか、古典衣装のファッション・シヨー、テアトロ・コロンのガラ・コンサート…おひろめできました。

 繊維に螺鈿の応用はあるのだろうか、調べてみた。“螺鈿ペルシャ文様西陣帯”というをみつけた。帯に金箔や色箔で紋様を押し、中心の鳳凰は螺鈿を施してある。奈良時代に唐から入ってきた螺鈿の技法は、ステータス・シンボル、天皇の“ベルト”に施されたに違いない。

 
 

 


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