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ことのはスケッチ(410) 2013年(平成25年)2月
『マイロ・MIHIRO』
ニューヨークの二○一二年になるカウントダウンの大騒動のなかで、「さっきニューヨークに着いたばかり」という「マイロ」と出逢った。
バンバン・ドンドン・ピカピカ・ハッピーのなかでも、まわりを把握し、率先して場を楽しくしていたマイロ。その騒動の片隅にいた、身も心も深く傷ついているシリアの犬だから、やさしくしようとして、ひどく吼えられ噛み付かれたかな、腰を抜かしたマイロ。もっとお酒を、もっとお酒…いっぱい飲んだなあ。そして、ひと皿のスパゲッティを分け合ったりしたのだった。
私の子供達の仕事のひとつに、アメリカでの作詞、作曲、楽曲を日本の歌手に提供する。その曲を歌いこなすトレーニングをする。
マイロは、そのボイストレーニングに日本からニューヨークへやってきたのだった。
次の日、年が明けたお正月の朝、トレーニング開始。「ボイス・トレーニングってどんな風にするの」私、見学を申し出た。
約束のスタジオに行き、大きなビルが、沢山の一つ一つ完成したトレーニング・ルームになっていて、その一つの部屋で先生とマイロを待っていた。
日本で歌手をしていると、時間を守らないことは当然だったのでしょう。生徒は、三十分も遅れた。
早速はじまったレッスン。
遅れてきた息切れのまま、下を向いてお酒飲みすぎの勢のない歌声だった。
先生は、まず彼の背筋を正し、胸郭を広げることを指示され、透き通る声になるには、乳製品は痰が発生しやすいから食べない。酒類、コーヒー、紅茶、タバコ、刺激物の禁止、全身を使っての呼吸法のトレーニング…。「これらのことが守られるのであれば、遅刻をしないのであれば、教えます。守れないのならトレーニングに来なくても良い。」と申されました。
「守ります」とマイロ。
そして先生は、自の身体でもって示されながら教授をされた。懇切に、丁寧に、異民族の出逢ったばかりの、マイロの良さが引き出せるように…。その日の授業の最後に、一番はじめに歌った同じ歌を、マイロは別人のように素晴らしい変化をみせた。この日、この教えが、このことがあったことが、どん
なに歌手のマイロにプラスしたことか。しっかり見とどけた。
あれから一年が過ぎた。「うまくいっている!」という噂は聞こえてきていた。
「恵比寿・ザ・ガーデンホール」での『マイロ・MIHIRO』のコンサートの招待状が届いた。
会場付近は大変な人人だった。ホールは満席。ずっとマイロを追いかけ、マイロと一体化しているファン達へのマイロのクリーンな力強い歌声は、天井が無かったら天まで響き渡ったことだろう。
マイロの一年間の、先生の教えをしっかり守ったことを偲んだ。
コンサート後、舞台裏で彼に会った。素晴しいコンサートを褒めたかったし、精一杯のその上のゆとりへと、進化し続けるマイロを見守ってゆくことを。
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