ことのはスケッチ(442) 2015年(平成27年)10月

『天田愚庵』H 年譜

△明治三十七年(一九〇四年)愚庵五十一歳

  • 一月一日『童わざうた謡』二十首を『日本』新聞に発表。
    政府人仇とはかりていつまでか君をあざむく民を欺あざむく
    位のみ人のつかさと登りつめことわり暗き大臣等はも
    久米の子よいのち惜しくば太刀を解け黄金欲しくば商人(あきうど)となれ
    頭には雪もみちたり年普(まね)く政府にをれば蔵も満ちたり
    愛子我巡り逢へりと父母のその手を執と れば夢はさめにき
    ちちのみの父に似たりと人がいひし我眉の毛も白く成りにき
    かぞふれば我も老いたり母そはの母の年より四年老いたり
    経もあり仏もあれば我もありこころのおくに亡(なき)人もあり
  • 俄に発熱し、呼吸促迫。医師を迎え加療。
  • 一月十日。西村真明に瓢(びょう)「春月」を返す書簡を書く。
  • 一月十一日、藤原忠一郎を招き、草庵の処分を果し、小川亭へ借金二百五十円を返し、残金を二、三十円から百円 くらいに包み「金子少々平生の御厚志に酬い度御笑納被下度候」手紙を付し、旧友知己に分送する。
  • 一 月十三日朝、「氷塊向水散、鉄骨苔穿、月下人尋否、梅花自処烟」と認(したた)めた。
    十三日夜、空漠たる寂寥感。自作の詩歌を揮豪、半紙約三百枚。知友に頒るため。
  • 一月十四日。遺言の覚書を自書。
    一、金銀米穀に不足なければ今日より一切贈物を受け不申候
    一、御見舞の御方は一面の後直ちに御引取下被下候が第一の御心切と存候
    一、死後は遁世者の儀ニ付葬式を為すを許さず
    一、又塔を立つるを得ず
    一、学術に補益ありとせば解剖するも不妨
    一、遺骸は二三の法弟にて荼?せしめ、近親と雖も埋葬するを許さず
    右の箇条何人も容喙するを得ず
  • 一 月十五日。この朝より薬餌を絶ち、二十名ばかりの看護人や見舞の人に一々手を握って挨拶し、謝辞を述べた。
  • 一月十六日。法弟に身を浄めさせ、滴水禅師遺贈の白衣と麻の法衣を着けた。その夜、時々脈が絶え、医者がカ ンフル注射をすると、正気づき「また注射をしたな。いつまでおれを苦しめるのだ」と法弟を叱った。「いつまで も逝かぬなぁ、みんなに迷惑をかけてすまぬことじゃ」と言って目を閉じる。
  • 一月十七日。午前十一時過ぎ、法弟の策堂、実堂を呼び、二人をうながし読経せしめ、その経の終わらぬうち午後零時十分。享年五十一歳。文人、禅僧、天田愚庵の示寂。
  • 愚庵辞世の歌。
    大和田に島もあらなくに梶緒絶え漂ふ舟の行方知らずも
  • 夏目漱石、愚庵に詠んだ句。
    一東の韻に時雨るる愚庵かな
    青崖と愚庵芭蕉と蘇鉄哉(愚庵を詠んだ最後の句)
  • 遺骨は天竜寺に納める。
  • 遺言に、葬儀、塔の建立を許さずと記。
  • 日露戦争勃発。
  • 小泉八雲没。
  • 愚庵は旅に暮らした。北海道より台湾まで、日本全国隈なく・・・多くは、父母妹の行方を探す旅だった。
    父母と見れば夢なり夢にだに其面影よ消えずもあらなん
    花薄(はなすすき)招くかたこそ床しけれ尋ねる人の跡もなければ
    我袖も濡こそまされたらちねを恋い渡す子がかいの雫に

  • 愚庵
    真幸くて在せ父母御仏の恵みの末にあはさらめやも
    神漏伎(かむろぎ)のかしこくはあれど千五百人の罪も消えなんしらゆきのごと
  • 陸羯南
    旅僧の心やすけや冬木立
    「三十余三の御山の御仏に仕へまつらく父母のために。衆人のために」「三十余二の相ふだらくの光りあまねく度し給はな」
    巡礼行中、二度も喀血をしたものの、脚力のみで遍歴した。

  • 春されは君を尋ねて須磨の浦朧月夜に相語らはむ
  • 愚庵
    独り見れど飽かむ月夜をさす竹の君と二人し見らくはよけむ
    愛子(まなご)我巡り逢へりと父母のその手を執れば夢はさめにき
    夢ならば継ぎて見ましと我思(わがも)へど音(ね)のみ泣かれていぬがてぬかも
    石の中にかき籠るともかぞいろの通ふ夢路の絶えむと思へや
    黒髪のしろくなるまで年を経て再び君に逢はむと思(も)へや
    今日君に巡り逢ふごと父母にめぐり逢はなむ君に逢ふ如(こと)
  • 出家
    鶯の声ばかりして山寺の春はしづけきものぞありける
    黒染の麻の衣の朝な朝な手向る花の露に濡れつつ
    法の声日にけに聞けばいと楽し仏さびすと人はいふとも
    み仏に仕へむためと丈夫(ますらお)が弓谷にかへて握る数珠の緒
    数珠の緒の玉のあな玉左手(ゆんで)の手首にまけば音のさらさら
  • 人間の煩悩
    百あまり八(やつ)の障を玉にぬきて手ならす我に障りあらめやも
  •  
     

     


    Copyright (C)2002 Yuri Imaizumi All Rights Reserved. このページに掲載されている短歌・絵画の無断掲載を禁じます。