ことのはスケッチ(456) 2017年(平成29年)新年
「明星」B
子規子来書
「明星第六号の御書拝見致候、これに対して御答申上度存候へど書面にては意を墨さず、人づてには愈々真を誤らんと恐
る成るべく御面会の機を得て申上度候、
一言申上置候は、貴兄が小生に対する攻撃は「雅推」と「誤報を信ぜらる」との二事より起り候相見え候 正岡常規
九月十六日
与謝野寛 殿
明治三十三年十一月 明星八号
素蟻 中濱糸子(東京)
○それといはば一人の乳母のまた泣かむ父とはいはじ母とはいはじ
○たまはるなやらむといひしおなじ夜の月の夜ごろを独り泣くかな
○わが歌にほぎまつらむはあなかしこ小松にそへむくれないの扇
○せに泣きし君は知らんに問はであれな人こふる胸うたおむふ胸
○紅筆をふたつに折りておくらばや花の袂なきわれ
○やさし御名(みな)ただによばんはへだてありおなじ色なる白百合の君 (とみこの君へ)
○ほろ筆にうつしたまへなやさし御名(みな)身にしお御名の白萩の君
(晶子の君へ)
○人にいふ恋とは夫に似たるかとつめたき石に頬をふれて見し
○池殿に人のほの見てなにとなく藤さく巌の右にかくれぬ
山川とみ子(京都)
○日を経なばいかにかならんこの思ひたまひし草も今蕾なり
○恋せじと書かせたふかな琴にして共に植ゑし桐のおち葉に
○恋として世にのこさばや立ち濡れし松の木蔭の合傘の君
○いてふ葉にうすく紅の香のこりなばろれにたまへなみなさけの歌
(いと子の君に返し)
鳳晶子(和泉)
○師の君の目を痛みませる庵の庭へうつしまゐらす白菊の花
○きのふをば千とせの前の世とも思ひ御手(みて)なほ肩にありとも思ふ
○前髪のみだれし額をまかせたるその夜の御胸(みむね)あゝ熱かりし
与謝野鉄幹
○恋と名といづれおもきをまよひ初めぬわが年こゝに二十八の秋
○君が名をわが名にふみにとゞめおきてやまとの恋に命さづけむ
○秋かぜにふさわしき名をまゐらせむそゞろ心の乱れ髪の君
○君によりてこの秋知りぬ菊さむく柳つめたきうらぶれ心
○その人にたかきおもひはさづけながらうつくしき手よ触れも見ざりし
○わが歌か悪しと云ふ人世にあるにあしたうれしき夕さびしき
○京の宿に御手放ちしをまどふなり恋のわかれか歌の別れか
明治三十四年一月 明星十号
吹雪 中濱糸子(しろふじ)
○いくたびか染めし薄葉やりすててためいきふかく空あふぐ夕
○けふよりは泣かじ歌わじわらはじとまづ筆とりぬ一月一日
○追羽根のむれにそむきて壁により手毬かろぐる前髪の君
○強ひませし屠蘇に染めたる頬をなでぬみださじとする髪のひとすぢ
○むつかしき人のとがめを胸に泣きさらばよ歌はすてんと笑みし
○しら藤ともるるはつらきやさ名なりひろき御袖をかしませな君
○京の春にうかるる人のるすとひてさびしくなりぬしら梅の花
○花の露にゑひふく蝶のしろき羽をうちてもみたき袖の色かな
○すくせぞと思ふに堪へで泣く涙つめたきものとこの年知りぬ
○人のよをそむきて出でしふたりなり泣きて狂ひて泣かむ
○よわき/\われを都にひとり泣かせただにおはすか西の京の春
○歌よまじ筆はとらじとちかひしもすねてそむきぬ花の下かげ
鳳晶子
○人とわれおなじ十九のおもかげをうつせし水よ石津川のながれ
○春みじかし何に不滅のいのちぞとちからある乳を手にさぐらせぬ
明治三十四年二月 明星十一号
中濱いと子
○世をすてて人と泣かんと我身にはきぬの染色濃きに過ぐるよ
○何となく人むつかしき恨ありあまきゑんぼを夕みせ給へ
山川とみ子
○たてかけし琴の緒ひくくひびきけり御袖のはしもふれじと思ふに
○きぬでまり真白きなりに春のきてかがる色糸みなもつれたり
○ちる花の土のかをりをなつかしみ小褄はらひて梅の根に寄る
明治時代の、美しも激しく、直向きな和歌に出会えました。これからの私の心に、ずっと居て下さいます。
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