ことのはスケッチ(459) 2017年(平成29年)5月

○万葉集
 万の言の葉。舒明天皇、仁徳天皇の時代、七世紀後半から八世紀後半にかけての日本最古の和歌集。
 天皇、貴族、農民、漁民…さまざまな身分の人々の詠んだ、東国から九州まで、四千五百首に及ぶ万葉の和歌を、千年を隔てた歓びや哀しみ、恋しさ、ひたすら感…を感じたい。

吾はもや安見児得たり皆人の得かてにすとふ安見児得たり
藤原鎌足

 万葉集には、恋の歌が多いのだけれど、別居婚とか、遠く離れることが多かったとか、女人が身も心も自立していたのだな…と思う。

君が行く道の長な が路て を繰り畳たたね焼き亡ぼさむ天の火もがも
茅上娘子

あしひきの山の雫に妹待つと我立ち濡れぬ山の雫に
大津皇子、石川郎女に贈る

吾を待つと君が濡れけむあしひきの山の雫にならましものを
石川郎女、こたえる

春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出で立つをとめ
大伴家持(四一三九)

あしひきの山桜日並べてかく咲きたらばいと恋ひめやも
山部赤人(一四二五)

奥山の樒しきみが花の名のごとやしくしく君に恋ひわたりなむ
大原今城(四四七六)

春さればまづ三枝(さきくさ)の幸(さき)くあらば後にも逢はむ莫(な)変ひそ吾妹(わぎも)
柿本人麿(一八九五)

○円空
 江戸初期(一六三二年)美濃生まれ。生涯十二万体、神像、仏像を彫られ、それぞれの造像に和歌を残された。
 津軽では、義経寺の観音像を、秋田、愛宕神社、十二面観音、熱田神宮、白山神社の御神体を、日本仏教のふるさと法隆寺にて、大日如来像を…。
「万代に目出度き神の在して名を九重のいかるがの寺」
・大峯山天台、荒行の最中に、阿弥陀如来像。
 「大峯や天川に年をへて又くる春に花やみるらん」
 「こけむしろ笙の窟にしきのへて長夜のころ法のともしび」
・円空僧が天台宗の僧として資格を得た歓びを和歌に託して母の霊に報告
 「わが母の命に代る袈裟なれや法のみかげは万代をへん」
・子供達が浮板がわりに使って遊んだと、
 「これや此くされる浮木とりあげて子守りの神と我はなすなり」
 「奥山や小児の御峯の高ければ雲のかけはし鵲の音」
 「手結ふ小児御宮の神なるか七五三縄に書る玉房」
・天台の教え
 「目をふさぎ月はいづくに在物を普あまねく照す心もや見ん」
・悟り得た
 「古も今もちり行く花なれや嵐の風に世はまかせつつ」
・後夜仏法僧鳥を聞く
 閑林独坐草堂暁 三宝之声聞一鳥
 一鳥有声人有心 声心雲水倶了了

○貫名海屋
 私の部屋に、富岡鉄斎が描き、海屋の弟子の谷口藹山が模写をした「貫名海屋、書を読む姿図」が掛けてある。
 鉄斎の「蓮菜仙境図」に似た構図であり、中国を学んだ様子を偲ぶ。
 貫名海屋、儒学者、書家、文人画家、幕末の三筆(市河米庵、巻菱湖、貫名海屋)とされ、唐詩を好み、頼山陽と声律を論じ、詩人として「須静堂詩集」「嘉永二十五家絶句」に、花弁を詠じた十五首が最も佳である、という。
 海屋は、お酒を酌み、微醺を帯びると、大田垣蓮月尼の和歌
「山ざとは松のこゑのみきゝなれて風ふかぬ日はさびしかりけり」
この和歌を低く吟じるのが常であったと。

 父が幼かったとき「偉人いろはかるた」というをかるたとり≠オて遊んだそうです。その、かるたの「ぬ」が、「ぬきなかいおく」めずらしい名前の偉い人、としてずっと忘れられなかったそうです。それからずっと後のある日、突然、私がこの名字に関わることになったのでした。

○伊藤若冲
 「百丈山黄檗宗、伏見深草、石峰寺」ここに、寛政年間、若冲は草庵を結び、裏山に「五百羅漢」を作った。
 釈迦誕生から涅槃まで、釈迦一代記の石仏群、長年の風雨を得て、丸み、苔、寂び…。
 若冲をたたえる撰文筆塚を、貫名海屋が漢文で書いている。一部分だけ、私の解釈です。
「若冲居士は、形どおりの画法を模倣することには不満をもちました」
「自分自身を大切にして、むやみに人に従うことの無かった人です」

 ここに吉井勇の短歌があります。
「われもまた落葉のうえに寝ころびて羅漢の群に入りぬべきかな」
ここでの、今泉由利の短歌。
「ひと日ひと日三百年のたちしこと石の仏のほのぼのまろし」

○大田垣蓮月の和歌
 貫名海屋から「書」などの影響を受けたり、当時、京都を代表する文人達との交遊。
「万世の 春のはじめと うたふなり こは敷しまの やまと人かも」
「人の世も 上中下と かはのせに 心々の みそきすらしも」
 戊辰の役が起こり、薩長が京の都を出発する時、三條大橋で、大田垣蓮月尼は、彼女の心を託した和歌を、真紅の短冊に書き、西郷隆盛に手渡した。
「あだみかた かつもまくるも 哀れなり 同じ御国の 人とおもへば」
 これを受け、西郷隆盛は、鉄舟らを動かし…徳川幕府は、無血のまま、江戸城を明け渡すことになった。

 
 

 


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