ことのはスケッチ (330)
杉玉


朝一番、オフィスに大きな包みがとどいた。仕入の荷などが届くところだから、少々のことには驚かないが、この包みは大きかった。
「いったい何が着いたのだろう」。「何を発注したんだったろう…」。
組み合わされたダンボールから、桃から生まれる桃太郎のように、「大きな杉玉」が香を放って弾きでてきた。
「なぜ!杉玉が届いたのだろう」。しばらくは、思い当たらなかった。


杉の緑の杉玉の、杉の枯れ色の杉玉の、たおやかな美しい球。これほど神々しい丸を作りだす発想は、そのまま「神」だと思う。
今に至るまで「神様は、私の願いを叶えては下さらなかった」。私には、[神様は存在しない」。ときめていたのだが、杉玉に「神様」がみえた。安心できる「神様」だった。
外国での生活から日本に帰り、造り酒屋の、軒につるされた杉玉に出遇い、その造形にびっくり魂消た。そんな私の杉玉を、友人に、熱く語ったことがあった…。


三輪山が、ご神体の三輪神社の神話。「天皇が酒を造り、無病息災をねがって、三輪の神に捧げた」。神話というより、生きる人間にちかい伝承がとってもいい。
神様にも、人間にも、なくてはならないお酒。
十一月、三輪神社において、造り酒屋が新酒を奉納する酒祭りがおこなわれる。その時、ご神木の杉の葉で造った杉玉をくださり、それぞれの酒屋の軒に、新酒ができたしるし、と吊るされる。
外国の生活で、新しいワインが出来たしるしに杉の葉を束ね、ワイナリーの入り口に吊るしてあるのを見たことがある。


アンデス山脈の麓、メンドサのワイナリーに行ったことがあった。その時、試飲をしたワインを、日本に輸入した。好評だったから、二度目を輸入しようと思いたった。
地球上のどんなところで、どのようにしてできたワインが、どんなコースを辿り、日本までやってくるのか、よく把握している。
地球のうえで日本より一番遠い所、距離ということは大変に大変なことで、発注後、なかなかワインが日本に届かない。去年のクリスマス用に着くはずだった。それが、お正月も過ぎ、お雛様にもまにあわず、端午の節句、かろうじて間にあったのでした。


通関代理人とのうちあわせ。港の倉庫から通関を経て、運び出すための輸送を手配するタイミング。
顧客への発送。個々への届け。…。
「何一つ失敗をしない」との信念のもと。
やっと全部のことが首尾よく良く終わったかな!という日、大きな杉玉が届いたのだった。
偶然という、素晴らしい出来事に、「杉玉」が神々しかった。
訳もわからないほど、飛行機に乗って地球をとびまわっていた時があり、仕事ということをしていたようなつもりの時が過ぎ、「もう、なにもしない」。「したいことだけをしている」 。と日本に帰り、絵を描いたり、短歌のことに参加したり、長く留守にした日本国内見たいこと、知りたいことを尽くし…。後は、死んでゆく仕度だけ。


同年の友人達の定年退職をまのあたりにし、「こうしてはいられない」。「仕事ということをしていなくては」。と思ってしまった。
長く住んだアルゼンチンから、あれこれを輸入しはじめ、日本の市場に入れ、「これから、もっと」、と思うに至る。
アルゼンチンのメンドサまででかけてゆき,自分で試飲して買い付けたワインの栓を抜く。杉玉の香りに包まれ、『おいしい』。

失敗なくこの仕事が出来てよかった。

天然はちみつの店 花守 

 
 

 


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