ことのはスケッチ(379) 2010年(平成22年)7月

『金星』

 オフィスでの通常が終わると、通常ではない事々をこなし…家に帰り着くのはいつも夜中。こんなことを長い間続けていた。
 ある日「はやく家へ帰ろう」。と思いたった。わが家への道は、まだ明るい空だったけれど三日月がでていた。そのちょっと下方に、大きく明るく、光を放つ星があった。
 「金星!宵の明星!」。権現山を登る一歩一歩が金星に向かってゆき、一歩一歩が金星に近付いてゆくような。他の星がまだ見えない「一番星」が「すごい」。
 太陽系の、太陽より二番目の惑星金星、太陽を中心に、ほぼ同じ軌道を同じ方向に回っている。時により変るけれど、金星と私との距離は、今日は四千万キロメートル程だろうか。
 把握出来る数字ではないけれど知ってはいたい。
 金星は、二酸化炭素の大気に覆われ、硫酸の微粒子からなる厚い雲がとりまき、その雲に太陽の光が強く反射して、こんなにもきれいに輝やいている。
 清少納言の「枕草紙」第二五四段に、『星は、すばる、ひこぼし、ゆふづつ、よばひ星、すこしをかし』
 平安時代は、宵の明星を「夕星(ゆふづつ)と呼んだ。天文学的数字で思えば平安時代も今も同じ。同じ金星を見ている。
 仏教伝承にも金星は存在する。釈迦は「明けの明星」が輝やくのをみて、真理をみつけたといい、弘法太師、空海も、「明けの明星」が口中にとび込み、悟りを開いたと。
 夜中には見る事が出来ず、宵の明星もすぐに沈んでしまい、明けの明星には起きていない自分の生活のスケジュールを変えよう。
 太陽と月に続く三番目に明るい金星なのだから。常に気にしていなくては勿体ない。
 私の生涯、沢山沢山飛行機に乗ってきた。地上一万メートルの上空、ほんの少しでも星々に近付いたぶんだけ親しみを感じて。
☆一九七十年春、日本からアルゼンチンへと飛行中、私の窓いっぱいに、「これは何?何が起ったの!」。大きな尾をひいて「ベネット彗星」だった。ひと晩を、ずっとずっと私の窓にいて、ずっとずっと一緒にいてくれた。
☆ニューヨークから飛びたち、すぐ夜になり座席を倒して寝る態勢を整え、気付くと窓に「南十字星」、私と平行する位置に、近く近く、少しづつ向きを横たえてゆく南十字星と一晩中一緒だった。朝になってゆく明るさに、淡くなりながら、そっと消えていってしまうのだった。
☆アルゼンチンの大草原にいて、どの向きも地平線まで平たくて、丸い太地の真ん中に立っているのだった。
 丸い台地の大きな空は、そのまま夕暮れて…星々が見えはじめ…星はどんどん増え…水があるとも思えないのに…螢がとびはじめ…螢はどんどん増え…流れ星みたい…星か螢かわからなくなってしまった。
 そのなかに、「うさぎ?」野生の動物の目が、一番大きく光った。

 
 

 


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