ことのはスケッチ(383) 2010年(平成22年)11月
『命』
息をするのも辛いほど暑い日だった。宮益坂をのぼってゆく。
上映阻止とか…上映反対のデモに入館を拒まれるとか…噂のあるドキュメンタリー映画、ルイ・シホヨス監督の「ザ・コーブ」を観るため。
見ないで過ぎてしまった方が楽、とも思うけれど、「命」のことを気にしているのだから、見ないまま、知らないふりは、卑怯だと思う。
しっかり見て、自分なりの判断をして、そして生きていたい。
心配していた映画館には、何事もなく入館出来、十二〜三人の観客で神妙に映画は始まった。
「日本伝統文化」という、和歌山県大地町でのイルカ追い込み漁。
美しい天然の入江に、イルカを追い込み、とても沢山のイルカを、逃がれられない状態にして、そして殴り殺す。命あるものではないかのように。
命として逃げまどうイルカ、死に直面するパニック、死にきれないで喘ぐ苦しみ。大量のイルカの血は、入江からあふれ、海へと流れだす。その血の量のすざまじさ。
部外者が近寄れない囲いを巡らし、その中での内密の「日本の伝統文化」。
知る限りの友人に「イルカを食べる」ということを聞いてみた。「嘘でしょ」「あんなに可愛くて利口で…」「イルカを食べるわけないよ」『わんぱくフリッパー』見て育った」。
大変な数のイルカを殺すのだから、何知らぬまま「食べてしまっている」形式になっているのかもしれない。
一三七億年前のビッグバンより今に至る宇宙のなりたちのその地球の生命のはじまり、地球環境の変化に、出現し…絶滅し…それに耐え進化し…。すべての生物は、自分と同じ命として繋がっていることを思う。
サメ、サンマ、メダカ、カエル、ヘビ、トカゲ…もちろん動物達…。人間も連なり、すべての脊椎動物の脳は、魚類から哺乳類まで基本的な構造は同じであるという。
次世代に繋ぐ命、恐ろしく感じる命、苦痛、痛み、死にたくない命。…。
どんなに小さな命も、自分と同じ痛みを感じる命であることに敏感であるべきだと思う。
命に対する礼儀をわきまえ、謙虚にいたい思いを新たにした。
年たけてまた越ゆべしと思ひきや命なりけり小夜の中山 西行法師
西行法師を追い、松尾芭蕉は
命なりわづかの笠の下涼み 芭蕉
太古より続いてきた命の続き、私の命でもって先達の思いを馳せる。
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