セリーナ・アラウス・ペラルタラモス デ ピロバーノ |
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「アルゼンチンのセリーナさんが救急車で病院に運ばれた・・・」と。私の子供達と同様、乳母マルガリータに育てられたセリーナの甥、セバスティアンからのEメール。
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出合ったばかりの頃は、言葉は通じなかったし、由緒ある長い名前に戸惑ったり、とにかく訳が分からないことばかりなのに、セリーナと私と同じ空気を感じた。
私の子供達が、アルゼンチンで生まれると、アルゼンチン人として立派にしていられるように、セリーナの祖父が創始者のマル・デル・プラタの牧場をプレゼントしてくださって下さった。
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アルゼンチンで「どんなに立派に、楽しく暮らせたことか」「セリーナに会いにゆかなくては!」あわてふためいたつもりでも、地球を半周してアルゼンチンに着いたときには、いつもの元気なセリーナだった。どうも誕生日のワインを飲みすぎた、と言う事らしかった。
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セリーナと出合えたからアルゼンチンで生きてこられた。今、ニューヨークにいるアルゼンチン生まれの子供達も、「セリーナさんが守ってくださったから・・・」「セリーナさんのおかげで・・・」といつも言う。
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