ことのはスケッチ(340)
『新しく』

本郷通りを歩いていた。長い塀に沿っていた。塀が途切れた。
東京大学正門だった。そこに立て看板があり、その日の日付で、『小柴名誉教授がノーベル賞を受けられたニュートリノの講演がある』と書いてある。何度も読んでみたけれど、まちがいない。
「通りがかりですが、講演を聞かせていただけますか」と、守衛さんに訊ねると「どうぞ」と、快い返事があり、よく通る道なのに入ったことがなかった東京大学に分け入る。
講演開始まで、まだ少し時間があったから、構内を見せていただく。

三四郎池をみつけた。出来たときのまま、時がとまっていたみたいな雰囲気に、知る限りのこの池の名場面にすんなりとけ込んだ。
とっても有名な池だから、池面に自分を映してもみたり、池淵は葦が冬枯れていた。

学生達が出入りしているところがあった。近づくと食堂だった。
正門の守衛さんが「お昼は一時半までです」と言ってくれたことが頭にあったから、私みたいな外部の人もここで食事が出来ると理解した。
日本最高位の頭脳の人達が食べる場所、食べる物に興味がある。
学生達の行列に並び、学生達の真似をして、自らの昼食を確保した。
すごい冒険のついでに、ここの学生達は、どんなマナーで食事をするのだろうかという興味も、さりげなく把握した。

講演会場、安田講堂へ。やはり並ぶ。
ノーベル賞とか学問とか、どんな角度からも自分に関係のない、遠い遠い、宇宙の果てより遠いことだと思っていたのに、本物の小柴さんがすぐ近くで、お話くださる。
どのように研究がなされたか。計算、実験、予測、方法…今現在の研究者の丁寧な説明があり、面映いような、哀しいような、儚く参加している、素人私にも少しは分かったような気持ちにさせてくれた講演がうれしかった。

私の会社の近く、東京工業大学の門のところに『世界文明センター発足記念講演会』とある。「誰でも聴講できるのですか」と質すと「何人ですか」と。ここでもすんなりと私を受け入れくれた。

『科学にたずさわる者が、専門の研究に没頭していればよい時代は終わりました。誰もが人間として、この地上に共に住まう人びとの幸福、そして自分の充実した人生のために、専門と専門、研究室と社会、大学と世界が結ばれる広いつながり、人類文明のゆくえに目を向けるべきです。東京工業大学学長 相澤益男』

この趣旨の中に、静かに、小さく入り込み、日本に居なかった長い年月に起こったこと、知らないことにも気付かないで居たこと、知らないまま死んでゆくほんの手前、偶然からこんな大きな興味の対象に出会えたなんて。
東京で行われる講演、シンポジウムなどの予告や、案内など、直接メールされてくるようになり、都合の良い日時、興味の対象、知りたかったこと…心躍らせ出掛けてゆく。

 
 

 


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