ことのはスケッチ(342) 2007年6月

『武甲山は』

月曜日から土曜日まで、ずっとオフィスにいる。
少し早く閉めることもあり、夜7時、8時まで仕事が続くことも。外国との時差故、自宅で夜中に交信するということもやむを得ない。
毎月の日曜日は、三河アララギの編集会と歌会とがあり、あとのもう二度がやっと私の休日。
土曜日の仕事を終え、明日は私の日曜日。「どのように過ごそうかな」帰宅途中の電車の中吊りがきれいだった。「秩父の芝桜」とある。「行ってみよう」。

秩父へのイメージは、織物、染物、銘仙。テキスタイルを学んでいた時から気になっていたところ。
もう一つの思いは、武甲山の麓ちかく、土屋文明先生のお墓がある。
『亡き後を言ふにあらねど比企の郡槻の丘には待つ者が有る』
(青南後集以後)
お参りしょうか、しまいかは迷う。なるべくどなたのお墓にも行かないようにしている。偉大だったイメージ…大好きだったイメージ…お墓というところに閉じ込めてはおかれない。けれど、「土屋先生の近くへゆく」、という思いにあふれ、早朝に出掛けた。

乗り継いで、思っていたより遠かった秩父の駅に降り立つと、びっくり仰天。
「あまりに変な姿の山」が聳え、「なぜ、そんな姿をしているのか」皆目わからなかった。
武甲山に向かい、芝桜の園へ向かい、歩いているうちに段段様子がわかってきた。

大正初期より、石灰岩の採掘がはじまり、武甲山はコンクリートに最適な石灰の山ということで、「神を頂く山なのに」山を低くしてまでも、姿が変わろうとも、何めげることなく、コンクリートのために武甲山が削り尽くされる日も遠くないと感じられてしまう、心細い。
瓦葺の江戸時代の町並みは、この百年くらいの間に、コンクリートの町に変貌してしまったこと。

一五〇億年ほどまえ、時間も空間もないゆらぎ、突然発生した一つの点が膨張し、大爆発を起こし、一兆度と訳も分からない温度になったそうだ。

それから、十億年ほどの後、銀河が形成され、地球は岩石の溶けたものに覆われた星として誕生したと。

やがて、海ができ、最初の生命が海の中で誕生し…。

酸素を作り出す細菌類があらわれ…。

三葉虫、オウムガイ、ウミユリ…海の中のものが…。

コケ植物類が陸にあがり…。

二億五千万年まえには、地球表面にバンゲア大陸が形成…。
バンゲア大陸以前からの地層として、海底にアンモナイトなど堆積した石灰層があり、プレートの変動…。収縮…。陸地となり…。山脈となり…。

日本列島を支える貴重な武甲山、宇宙のはじまりからの履歴を留める山を、どんな理由があるにしても、安易に削り壊し、自然科学の価値をも壊し、そんなことをして良いわけがない。

この山姿に触発され、私の海が壊れてしまったこと、コンクリートの川が出来てしまったこと…。戸惑うことに囲まれていることに思いは至る。

無思慮な遺伝子組み換えとかで、自然を観にいったはずの芝桜に、虫がいない。
菜の花に蝶がとばない。

人間の腸の中には、1000種類ほどの細菌が共生して、バランスをたもっているという。宇宙はじまって以来、こんなにも時をかけ、今、地球に命として生きる生物の相互関係を、前後をわきまえず崩してしまって良いわけがない。

土屋文明先生は、武甲山の今の姿をどう想われるのだろうか。
武甲山の姿に動揺し続けている。

 
 

 


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