ことのはスケッチ(299) 2003年12月

中央アルプス 宝剣岳

飄々とアルセンチンまで出掛けてしまったように、大それた事をするつもりなど皆目なく、こんどは中央アルプス、標高三千メートル近い宝剣岳の未知に立ち向かう。

中学生だった時、豊橋まで汽車通学をしていて、私の乗る汽車の並びのホームが飯田線。
始発の豊橋から終点まで、ずーと飯田線に乗ってみたい、と思い続けてきた。その時からの望みはまだ果たしてはないうえに、外国に長く居たり、年を重ねると、思考は古里寄りになりがち。飯田線沿いの駒ヶ岳、宝剣岳に行ってみよう。

東京から飯田線に乗りにゆくのには、かなり制約があり、中央道をひた走ることに。
駒ケ根IC、管の台からは、高原バスのみ入山可能、しらび平より駒ケ根ロープウェイに乗り、千畳敷カールへ。自らの足で登るということをしないまま標高二千六百メートルに着いてしまう。

 
 

ロープウェイの同乗者は、ベビーカーの赤ん坊から、山へ入るという構えの全く感じられない人達、かなり年配かと見受けられる人も・・・。

千畳敷駅に着くと、そこは今だかって近付いたことの無かった世界。
岩峰が聳え連なり、どの峰が宝剣岳なのか、駒ヶ岳なのか、何岳なのか。迫力。こんな所にまで来てしまった。
千畳敷ロープウェイ駅が、そのままホテルになっていて、ここに宿る。絵を描くなり、登山を試みるなり、全部自分の自由時間。
まず、駒ヶ岳神社にお参りをし、駒ヶ岳神社を一番手前に、背後の宝剣岳岩峰の頂上まで入るスケッチをする。

三十数度の東京より来て、山はいかにも寒い。氷河期に氷河によってえぐられ形成された地形に実感がともない、悴む指先を庇いつつも、この角度、あの角度・・・岩山にとりくむ。日が暮れてゆくまで。

 

次の朝、目覚めの窓に南アルプスの稜線が群青色に。その後ろには、小さい富士山の縹色。そして、手前の山脈の稜線が、だんだん近く幾重にも、伊那の町、もっと近い山々の木々、一番近くは、窓の下の色付きはじめたナナカマド。
見ているだけでは勿体無い。すぐスケッチしはじめ、そして思い当たった。


万葉集三三五二番目の歌。


○ 信濃なる須賀の荒野にほととぎす鳴く声きけり時すぎにけり


千年も前の歌とはとても思えない。今、私がスケッチをしている範囲を詠った歌。万葉集の余韻のなかにどっぷり浸る。


そして、氷河の作ったくぼみ、千畳敷カールの探索も。
人々には、高山植物の花咲く時期は終ってしまったらしく、人影はほとんど見当たらない千畳敷を独り占め。
名を知るも知らぬも、また会えた花々も、まだまだ花咲き、実を結び、実は色付きはじめ・・・ありのままをデジタルカメラに治めて歩く...


登らないでこんなに高い処に来てしまっている罪滅ぼしみたいな気持ちになって、氷河が毀した大きな岩、小さい岩、乗越浄土を一歩一歩、宝剣岳の頂上に近付いてみた。

 


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