ことのはスケッチ (343) 2007年7月

『更新』

「私のオフィス兼店舗の、二年契約の日が近づきました」。と知らせがきた。自分自身の仕事をしようと思いたってから、もう二年もすぎてしまうのだ。「アルゼンチンと日本とのことで、何か私に出来ることは!」との発想だった。
オフィスを構える半年ほどまえから、アルゼンチンの蜂蜜を日本へ輸入する準備をしたつもりだった。
本当に蜂蜜が日本にやってきたのは、オフィスを借りてから7ヶ月もたってからだった。
他のことに使う発想はなかったから、何もしないで、ただただ家賃を払っていた。
商店街のなかにあっても、商品は何もないのだから、"じっと"している癖がつき、蜂蜜が着いてからも長い間、"じっと"していた。

ゴミを捨てたりすることに困ったから、商店街の会員になり、輸送のこと、梱包のこと、日用品の買い物も、全部のことを商店街の中でまかなうことにした。

古くからの住宅兼店舗、家族経営の多い地域のひとたちと、掃除当番、道路のチュウインガム取り、回覧板、お祭りなども…。
この頃、ここの人になってきたかな、と思う。

長い商店街に続く住宅地域からの人達、行きも帰りも「あいさつをしていってくれる」「ちょっと休ませて」「こんなことあったのよ」「この帽子似あう?」「庭の花を摘んできてくれて」「晩御飯に買ってきたお裾分けをいただき」「手料理がひとりぶん届き」「友達になったひとたちと、新しいレストランなど出来ると、励ましにゆき」…。

近所の東工大で、工業大学に不足がちな文系が多いのだけれど、学生の授業の一環としての講演会が次々企画される。ユニークな講師による、
「日本文学、世界の文学」「アジアの映画を考える」「かわいいとは何か」…。皆を誘って聴講生になる。
知らなかったことが、ひとつづつ、知っていることに変わってゆく充実感。


東工大の建物の一番高い処、食堂とはいえない素敵なレストランで、バラエティゆたかに食事ができる。景色が良く、ワインも飲め、こんなおまけつき。
この頃、蜂蜜ショップ花守は、東工大のキャンパスの店、にして貰ってしまった。


オフィスに大きなテーブルが欲しい、と思いはじめて久しい。
三河アララギの三河の歌会に参加したとき見つけた会場にほど近い、注文家具の店。そこは、祖父の代から、父へと、私が生まれ育った家の家具をつくり継いで下さった職人さんのところだった。
私の大切な思い出のため、彼の技術を私に残してくださることになった。

東京の小さなオフィスに今、しっかり体重をゆだねて安心、私の肌に優しく、木目から思い出があふれてくるタモの木無垢材のテーブルがある。
このテーブルが着いたときも重くて、ひとりではどうしようもなかった。もちろん近所の友人に助けられたのだった。
ひとりでどうしたら良いのか分からないこと、ひとりの力では出来ないこと、解決を迷うこと…。近くで助けてもらえる様になった。

また、二年間の契約を更新した。今度の二年間でどんなことにであってゆくのだろうか。

未来ができた。

 
 

 


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