ことのはスケッチ(319) 2005年7月

セイロン島UVA地方の紅茶

ブエノスアイレスに住んでいた頃、私宅には遠く日本から様々な方達が様々な目的で訪ねてこられた。
アンデス山脈に登る人、南極へ行く人、冒険をする人、ヨットで世界一周の途中の人、タンゴの好きな人、学会へ出席する人、仕事という人・・・。そして、その後もお付き合いをさせていただく方、消えてしまわれる方・・・。

東京農業大学の近藤典生博士は、南米の動、植物のこと、地質や化石調査、ほろびゆく動物たちのこと・・・。天皇家の先生という方なのに、アルゼンチンに来られると、私のアトリエに滞在された。私のアルゼンチンの母セリーナさんとも言葉などを超越して大の仲良しだった。
日本から一番遠いところでの、私の日本風ごはんも快く召しあがってくださり、一方私が日本に帰った時は、用賀の博士の研究室にお邪魔し、世界中の珍しいことごとに触れさせて戴くのだった。そしてそのうえ、日本の「おいしさ」「本当の味」をお教えいただくのだった。

近藤博士が亡くなってしまった。大きな拠り所、目標を無くしたこのごろ、博士との縁が巡り、素晴らしい紅茶に出会った。

ひと袋の、その紅茶を手にした時、茶葉の姿の美しかったこと、上品であったことに驚いた。「なにがなんでもこの紅茶の近くに居たい」と思ってしまった。

UVA茶、その琥珀色の液体は光にあふれ、宝石よりも美しく、口になんとやさしい。そしてその味は喜びとなって全身に染みわたる。

スリランカ、セイロン島は標高千五百メートルのUVA地方に茶畑をもつ紅茶コーディネーター、吉川のり子さんの命の紅茶、芸術品と知る。

逗子の海に面し、真正面には富士山が大きい吉川さんの別荘に招いてくださった。
逗子の海の物、山の物、天然自然がそのまま伝わる数々の美味を用意してくださった。
UVA茶を作りあげた彼女自らの料理も、まず美しく、そしてしみじみ美味しかったこと。

彼女の行動の全てが「他人のために」「スリランカの恵まれない子たちのために」と基づいており、なぜUVA地方のUVA茶であるか、とは、古来より伝わる紅茶の製法を絶やさないよう、紅茶作りに携わるスリランカの人々の生活面より支援をしつつ、昔ながらの「人の手」の範囲の伝統を守っておられる。

他人の梱包や輸送にまかせられず、毎月スリランカの茶園まで出向き、自ら茶葉を大切に運んでこられ、そして「今月は風が良かったから、とても良い出来ですよ。楽しんでください」とお届けくださるのです。

吉川さんの「UVA茶」は、私の蜂蜜の店の商品として、「恵まれない子供達に」、「紅茶産業の伝統を守るために」、義援金とお届けしている。吉川さんが導いてくださいました。

アルゼンチンの蜂蜜も福祉施設のお役にたてるよう、基本方針でいる。

地球の上の公害や農薬などからかけはなれた高い高い山の茶畑の、芽吹きの三っ葉だけを手摘みされたUVA茶と、農薬など必要としないアルゼンチンの大草原に咲いたアルファルファの花より、日本の技術でもって大切に採取された蜂蜜とが出合つた。

朝々の蜂蜜をいれた一杯の紅茶の本当の味。安らぎの味。この出合いを宝と思う。
蜂蜜のことをはじめたら、素晴らしい紅茶に出会え、これからを自分の実力以上に生きてゆかれる予感がしている。

 
 

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