|
三河アララギ平成17年 2月号 |
|
|
人もゆかず車も走らず風吹かずまこと静けし元旦の朝 |
大須賀寿恵 |
|
くぬぎこならえごのきしらかし武蔵野を貫き流れる玉川上水 |
北川宏廸 |
|
ふつふつと土鍋の蓋より湯気のたつ夕べの七時に家族の揃ふ |
中井美恵子 |
|
一人でも多くの客をと思ひつつ並べる椅子に思はず力 |
神谷 力 |
|
抱えこし五十本の水仙の香りを友の両手に渡す |
水口汀子 |
|
病院の窓越しに見ゆる散歩道落葉厚し人影もなし |
清澤範子 |
|
ゆられつつ妹と渡りしつり橋も見当たらずして川原みて過ぐ |
青木玉枝 |
|
杉の匂ひ既に喪せたる薪を割り餅を搗かむと軒場に積みぬ |
林伊佐子 |
|
風向きに逆らはぬやう歩きゆく朝焼けの雲それぞれのかたちして |
山本恵子 |
|
物の音ことごとく吸収し尽せり銀の甍のしっとり濡るる |
今泉由利 |
|
ケースに飼ふ二匹の亀も冬眠す吾も炬燵にストーブにと |
榊原恵美子 |
|
わが舌の保守的なるを哀しみぬ豚息足のこのぷるぷるの食感 |
杉浦恵美子 |
|
本宿と長沢境ひの分水嶺過ぎつつ思ふ東西の流れを |
伊与田睦子 |
|
糸を巻くかせくり機よりかすかなる風の立ち来て頬の冷たし |
弓谷久子 |
|
新幹線山手線銀座線乗り継ぎ行きカラヤン広場に |
伊与田広子 |
|
音羽川の引き潮の流れ速くして木の葉は吾が前速し速しも |
石黒スエ |
|
齢一つ重ねてかくも長生に産みてくれたる母の恋しき |
大塚武夫 |
|
冬の陽を浴びて咲き出す窓越しのオレンジ色のアロエの花よ |
近藤映子 |
|
手すり持て足も心も浮かせつつ西明寺の三百段登りきりたり |
新藤綾子 |
|
人参を積みたる車の助手席にて間近の虹の五色を数ふ |
内藤志げ |
|
杉木立の中にのいばら実をつけぬひとつぶごとに夕陽をかへす |
阿部フミコ |
|
エメラルドの翠たたふる川の面をくだきて落つる不動の滝は |
伊藤八重子 |
|
今日も亦ひとつ失せ物見付からず冷静にして考えてをり |
近藤泰子 |
|
あふちの実白く輝く朝なり鵯椋鳥一羽も来らず |
吉見久世 |
|
西空を眺めてゐるなりあかときの雲の中へと十三夜の月 |
半田うめ子 |
|
弓張りの山並隠す雲晴れて未だ消え残る朝の虹見ゆ |
胃甲節子 |
|
順風なる旅ではなきと極めつつひたに読みおり笈の小文を |
佐々木利幸 |
|
嘆くより念仏一声多くして供養をしつつ今日も暮れたり |
山口てるゑ |
|
収め終へて静もり復るみかん畑撓みし枝の戻りて居らむ |
小野田c代 |
|
朝には激しき雨も上りたり際立ちて見ゆ石蕗の花 |
山口千恵子 |
|
千年の時空を超えて我も歩むゆるゆる歩む杖つき歩む |
小野可南子 |
|
五井山の頂き近くに点りゐる小さき灯火は帰りゆく目印 |
平松裕子 |
|
長芋を掘るは楽しも深ければ深きほどよし芋大きくて |
白井久吉 |
|
花ひとつ高きに残れるわがダチュラそのうす白さその花あかり |
岡本八千代 |
|
郵便を配り終へたる荷台には持ちてゆけよと人参大根 |
夏目勝弘 |
|
|
|
|
三河アララギ 平成17年 3月号 |
|
|
風光計西に傾きゐたるなり雀らゆったり電線にゐる |
大須賀寿恵 |
|
店の中のゴミを掃き出師1日の客を迎へる人を迎へる |
神谷 力 |
|
裏庭に急ぎ下り行きて柚子一つ茶碗蒸はもうすぐ仕上げ |
中井美恵子 |
|
根元には落ちゐる赤実を見る事なく千両万両の実は減りてゆく |
水口汀子 |
|
朝日射す菜園の畝に葉を広げまきし大根日に日に太る |
清澤範子 |
|
二人して半人前と夫は笑ふ今日は二人にて集金に出る |
斉藤フジヱ |
|
航海の安全祈りて建てられしか新しき祠の一つがあり |
伊与田広子 |
|
生きてゐる感触などとは大袈裟か暖かき日の芝生に素足 |
北川宏廸 |
|
冬空の夕陽にむかふ鳥の群何処へ帰るかわれも帰らむ |
青木玉枝 |
|
切り株の年輪に降る初雪よわが誕生日を祝ふことなく |
林伊佐子 |
|
報恩講無事に終りて時雨ふる小さき傘に肩よせあひて |
足立とよ |
|
アンデスの麓の花の花蜜に笑みひろがれり隣りへ隣り |
今泉由利 |
|
休日の一日を吾の世話をして寒き夜更けをかへりてゆきぬ |
山口てるゑ |
|
初釜の炉の灰も炭も在庫ありほのぼの嬉し炭手前せむ |
近藤泰子 |
|
薮柑子木の下蔭にて赤き実も鵯の目に入らぬらしも |
半田うめ子 |
|
新しき年に新しき目覚めあり活けたる蝋梅豊かに薫る |
胃甲節子 |
|
薮の径若竹ひと本傾けり葉のさらさらを潜りて帰る |
内藤志げ |
|
徳衛の山々照らし初日の出二千五年は静かに明けぬ |
阿部フミコ |
|
あらたまの朱杯にカボス酒交はしつつ百六十二歳を言祝ぐ |
伊藤八重子 |
|
霙から雪に変りし大晦日視界を白く覆ひて暮れぬ |
近藤映子 |
|
木枯らしに飛び来て我を打ちしもの緑葉つけし樟の木小枝 |
弓谷久子 |
|
大根の切干しとばす風にあはず椋鳥の群の集まるにもあはず |
石黒スエ |
|
ブラシもて桟の隅をこすり洗ふ夫に負けまじ力の入る |
新藤綾子 |
|
正月も四日となれり眉ひかず紅もささずにひとひ暮れたり |
小野可南子 |
|
本宮の山を映つせる豊川に川風たちて消えてしまひぬ |
大塚武夫 |
|
休めないされど身体が動かないジレンマ抱へ夜中に目冴え |
杉浦恵美子 |
|
目覚めしか覚めいたりしか定かならず棕櫚竹を吹く真夜の風音 |
小野田c代 |
|
カメラ二つ入れたるザックを背負ひつつ我はゆたゆたと吉祥の山を |
佐々木利幸 |
|
江戸時代の伸板使ひ伸す餅我はなんとか年を迎へぬ |
伊与田睦子 |
|
日向にて息をふきかけ三段の重箱を拭き正月終る |
榊原恵美子 |
|
旧式のワープロこつこつ打つ夫と睦月半ばの一日の早し |
山口千恵子 |
|
雁峰の山並みしぐれ立つ虹はわが歩みゆくうちに消えたり |
白井久吉 |
|
朝とも夕べとも無く刻は過ぐ本尊前の供華を取替ふ |
河原静誡 |
|
幾重にも積れる土の色追ひて掘り掘り弥生の土にゆきつく |
平松裕子 |
|
食ひ物の豊かにあるこの冬の家居は自づと安らけくあり |
夏目勝弘 |
|
けふもまたわれの書屋にわれひとり海つ方へと雲うごきつつ |
岡本八千代 |
|
|
|
|
三河アララギ 平成17年 4月号 |
|
|
布団より両手出だしてメモをするこのあかときの冷えまさる時刻 |
大須賀寿恵 |
|
立つときも腰下ろすときも声をかけ自分の体を励ましてをり |
神谷 力 |
|
春立つ日命あるもの皆動く日溜りの水に何かが動く |
青木玉枝 |
|
刈田の中籾焼く煙り棚引きをりこの長閑さの風情なつかし |
斎藤フジヱ |
|
今度こそ行きたしと思ふ地球博科学技術の発達を見むと |
伊与田広子 |
|
地の神の祠の前の柿落葉素手もて掻く音たのしきものよ |
足立とよ |
|
入院の間に夫が手入れせし椿の丸き蕾の紅し |
清澤範子 |
|
目黒川堤を行けば久々の川の匂ひも淡くなりたり |
北川宏廸 |
|
朝より風に舞ひ来る紅色の花弁庭の八重の紅梅 |
水口汀子 |
|
庭の梅裂けたる枝にも花咲けり番の目白ついばみてゐる |
遠藤侑子 |
|
同じ曲聞き続けゐる車の中山は時雨れて暗くなりゆく |
山本恵子 |
|
八十歳現役と独り誇りつつ声高に誦す仏説阿弥陀経 |
河原静誡 |
|
夕凪の海の茜にそまりつつつひにかの鳥みえずなりたり |
岡本八千代 |
|
強を示す電気毛布を弱にして母の布団を整へ掛くる |
平松裕子 |
|
縁側にまた居間にとすごしつつ時々ものを言ひてくる夫 |
伊藤八重子 |
|
豊かなる深き緑の大根畑押し車とめ暫し息する |
伊与田睦子 |
|
作業台の向を変へたり今日よりは藪の椿の紅に向ふ |
内藤志げ |
|
青々と畝巾狭く萌ゆる麦朝日に光る葉先の露の |
山口千恵子 |
|
いまだなほ緑さやかな注連縄を今日こそ降ろさむ早節分なり |
吉見久世 |
|
青空に大凧揚げゐる夢を見し醒めても残る糸引く手力 |
弓谷久子 |
|
今頃はまだ五時間目学校を休みし午後のかくも長きよ |
杉浦恵美子 |
|
木も草も雪に太りし山の道低速にて進む夫の運転 |
林伊佐子 |
|
幼児は昼の眠りに安らへり「アンパンマン」のパズルの傍へ |
小野可南子 |
|
仏壇の夫の戒名はっきりと今日は明るく見えてうれしき |
石黒スエ |
|
本宮山日毎身近に拝みゐて我には常に親しきお山 |
大塚武夫 |
|
夫れ夫れの年金額には触るるなく門前通りに鰻を食べぬ |
小野田c代 |
|
おもいっきり大声出して豆をまく雪の上にも部屋の中にも |
阿部フミコ |
|
明後日には南紀の旅に出る我は読み始めたり笈の小文を |
佐々木利幸 |
|
窓越しの明るき陽差し春めけどドアの外の一歩の冷たさ |
近藤映子 |
|
呈茶して客の前よりひと膝を除けてから立つ姿の愛らし |
近藤泰子 |
|
日本の日々に移ろふ四季の色萬物すべてそれぞれの色 |
新藤綾子 |
|
亡き母の好みし小茄子の麹漬食めば辛さに涙溢れ来 |
胃甲節子 |
|
黒板を眺めてゐるなり若き等の中に加はりて心足らへり |
半田うめ子 |
|
わが孫は娘の娘にて違和感なし難き事頼むも躊躇はせずに |
山口てるゑ |
|
黒き土被ふ枯葉をおしのけて撒きたるごとく蕗の薹萌ゆ |
白井久吉 |
|
正月の金の柳にほつほつと緑の若芽萌えはじめたり |
榊原恵美子 |
|
はらはらと降りくるものは真白にて私の息を包みて積る |
今泉由利 |
|
吉祥の山頂近きに移りきぬ待ちゐし季の日の出なりけり |
夏目勝弘 |
|
|
|
|
三河アララギ 平成17年 5月号 |
|
|
北空に仄かに明るみきざし来ぬ独居の吾もほのぼのしけれ |
大須賀寿恵 |
|
歩き出す時に左の足軽しいつもより遠く遠くを歩く |
神谷 力 |
|
此の冬は布袋葵も枯れずして青き艶葉のさ緑麗し |
水口汀子 |
|
まなうらにきらきら輝くものありて開聞岳に菜の花ばたけ |
北川宏廸 |
|
一日だけ心静かに居りたしと思ふとき吾を呼ぶ声聞ゆる |
斉藤フジヱ |
|
しばらくを掃かずに置かむ山茶花の花散り敷ける玄関前を |
半田うめ子 |
|
松竹の活花一月保ちたり同じ時刻に水取り替へて |
清澤範子 |
|
雪どけの水に湿れる山肌に羊歯をはぐくむ時ながれゐる |
青き玉枝 |
|
夫の持つ岩石鑑定のルーペにてこの蕗のとうの薹の字確かむ |
遠藤脩子 |
|
山門をくぐれば仰ぐ無患子の喬木が揺れをりカラカラの音 |
足立とよ |
|
欄干に並べる十本の松明の竹は足助より来るものと聞き |
山本恵子 |
|
雨故か皮の緩みし太鼓の音聞えぬ程に力無かりき |
河原静誡 |
|
鵯に喰ひ残されし金柑を一つ含みぬなるほど甘し |
榊原恵美子 |
|
あなたへの鉢の風草も春兆すつくつくつくの赤き尖り芽 |
小野可南子 |
|
穴深く囲ひし生姜痛まずに冬をこしたりけふの喜び |
白井久吉 |
|
雨にぬれ雪にも埋もれし豌豆はやうやく立ちぬ春の陽ざしに |
阿部フミコ |
|
撮りたしと三穂の石室に赤丸を我は付けたり和歌山の地図に |
佐々木利幸 |
|
希望といふ言葉が似合ふ今朝の空雲一つなく晴れ渡りたり |
胃甲節子 |
|
慰めの言葉一つも浮かぶばざりタチツボスミレを丈長く摘む |
内藤志げ |
|
被ひたる藁の下より掘り出す里芋太れり冬の間に |
山口千恵子 |
|
一服の薄茶にも心籠められて点てられし嬉し社中の茶会 |
近藤泰子 |
|
後任の人に譲らむ我が机土手の菜花を摘み来て飾る |
堀川勝子 |
|
亡き日より一日かかさず吾に来る娘の娘にて違和感はなし |
山口てるゑ |
|
お供養の鐘の聞こゆる女坂苦しき息に本堂に向ふ |
石黒スエ |
|
坐り葉となりて麗しすかんぽの赤紫は田の畦にあり |
伊与田睦子 |
|
杉花粉へだてて見れば何処にも褐煙あぐる春の疾風は |
林伊佐子 |
|
持ち物をすべて除けば無機質の事務机ひとつ国語準備室 |
杉浦恵美子 |
|
やどり木の花か蕾か実にも見ゆ冬木なせる榎を見上ぐ |
新藤綾子 |
|
入り口も出口も閉ざさる廃道は道にはあらずされど道なり |
平松裕子 |
|
新しく風呂造られし穂の國荘日射し輝く湯の中にをり |
大塚武夫 |
|
印象に残りしメロディ口づさみつつ閉店のオアシス帰る |
伊与田広子 |
|
いつしかにわたしの声の低くなり夫は力まぬもの言ひとなる |
伊藤八重子 |
|
今年は未だ蕾の固き山桜見上げつつゆく女坂道 |
小野田c代 |
|
バス停の銀杏に芽吹矩の気配みゆ今日も北風吹きてゐるなり |
近藤映子 |
|
ひとり来て一人楽しむ梅の花はつか香りの漂ふ中を |
弓谷久子 |
|
徒然草の最終段を読み了へつ春雨の音いまだきこえつつ |
岡本八千代 |
|
ミリほどの指這ふクモの八本の足の感覚伝ひきたらず |
夏目勝弘 |
|
手に呼気に緑の胞子まつはれるふはふはふはの土筆の命 |
今泉由利 |
|
|
|
|
三河アララギ 平成17年 6月号 |
|
|
御津川の流れに沿ひて下りゆく卯月四月の川波光る |
大須賀寿恵 |
|
店先に当る日ざしも強くなり人の絶えたる昼下りなり |
神谷 力 |
|
庭中に咲き初めたり社胡蝶花の花真白き花の雨に濡れつつ |
半田うめ子 |
|
ウィーンへは行って見たしと思ふなりオーストリアへはぜひとも行きたし |
伊与田広子 |
|
石垣の間に群れ生ふクマワラビ刈りて敷きけり苺の畝に |
林伊佐子 |
|
何故かあせる気持も花見れば心和みて落着きにけり |
斉藤フジヱ |
|
早々と夫が雨戸を閉める音われも草引き止めて帰らむ |
遠藤脩子 |
|
安曇野の乳房の郷より送り来しとろろ汁なり今日の夕餉は |
清澤範子 |
|
卯の花の白花咲きつぐ庭隅に二日続きて雨蛙なく |
足立とよ |
|
お互いに自由に暮そうと言いながら縛られている食事の時間 |
山本恵子 |
|
爪先からつまづくときと踵からよろけるときのどちらもありき |
北川宏廸 |
|
嘴太の羽黒々と輝くを吾墨染の衣に着たし |
河原静誡 |
|
広報に載る新しく生れたる子らの名前にまたも驚く |
白井久吉 |
|
万両の朱実につやのなくなりて啄む鳥もいつか去りたり |
小野田c代 |
|
朝風呂に日の射し入りて輝けり共湯するなり光ゆらゆら |
大塚武夫 |
|
ひたすらにさ緑の花うなかぶす春蘭といふよき名もちつつ |
伊藤八重子 |
|
新しき職場の三階北側の窓より五井山全容見ゆる |
杉浦恵美子 |
|
木の根方雪まだ残る美輝の里さらさら水辺に座禅草二つ |
青木 玉枝 |
|
昨日まで蕾の花が一斉に白く咲きたり見下降す櫻 |
近藤映子 |
|
ひたぶるに暇ある身に憧れき叶ひて今朝はなどか寂しゑ |
堀川勝子 |
|
短かけれど太き蕨は柔らかし数本なれば尚更美味し |
水口汀子 |
|
冬眠遅く覚むるも早くまめまめし天道虫ははこべらの下 |
伊与田睦子 |
|
ブラシ状の白き小花の穂に立ちて春一番の一人静の花 |
吉見久世 |
|
代かき田に田蛙鳴きて賑やかなり春の農作業始まりにけり |
阿部フミコ |
|
稲作も山の手入も怠りて時代替はれば田は駐車場 |
近藤泰子 |
|
亡き人を偲びて口にふふみたる島田清水屋黒大奴 |
平松裕子 |
|
春の雪に遊びし楓也の手の赤し一握の雪吾に差出す |
石黒スエ |
|
千年の時過ぎゆきしか頼朝公の寄進と聞きつつ仰ぐ仁王像 |
弓谷久子 |
|
筍を茹でる匂ひも流れ来て窓開け放つ季となりたり |
胃甲節子 |
|
慎ましく暮らしし叔母の一周忌ユニセフへの献金続けきにけり |
新藤綾子 |
|
見えず聞えず無言の一日永し長し一日昏れしと日記帳開く |
山口てるゑ |
|
春雷の轟き一つぽつぽつの雨通り過ぐ人参畑に |
内藤志げ |
|
破れきし蓼科の地図を繕ひ居り雨の日の仕事と我は思ひて |
佐々木利幸 |
|
腰かがめ両の手うしろに反らしつつ歩める影こそ私のもの |
小野可南子 |
|
あの事も云へばよかったと久々に合ひたる甥の帰りたる後 |
榊原恵美子 |
|
峠より見下ろす家々豊かなり花咲木々と緑の山と |
山口千恵子 |
|
わが髪も洗ひしばかりは黒ずみて見ゆるらしきか風に吹かるる |
岡本八千代 |
|
しかたなしに作る料理と楽しくて作りし味は自づと違ふ |
夏目勝弘 |
|
花びらの幾枚ほどはわれにきていつか過ぎたり染井吉野は |
今泉由利 |
|
|
|
|
三河アララギ 平成17年 7月号 |
|
|
また今日も太陽のぼりて吾をてらす何の変哲もなきが如くに |
大須賀寿恵 |
|
少しでも歩いたならばあたたまる自分の体がありがたきかな |
神谷 力 |
|
幾曲り登りて野麦峠の頂上へ読みし女工哀史の小塚の前へ |
青木玉枝 |
|
このようにはなりたくないと思ひつつ翁にわれの席を譲りぬ |
北川宏廸 |
|
新じゃがを頬張りてゐる父の顔わが眼裏にあり馬鈴薯を掘る |
堀川勝子 |
|
裏庭のみかんに白き蕾つき今日の温みに開くはいくつ |
清澤範子 |
|
ぶつぶつの種となるらむブラックベリー無数のめしべは虫眼鏡の中 |
水口汀子 |
|
朝風の吹きゐる中の散歩道衣街道にヒメジョヲンの群れ |
半田うめ子 |
|
わがすきな夏の水色の服を着て待たむよけふは孫たちが来る |
遠藤脩子 |
|
真っ白にかくも真白に花咲けりこの真っ白のこの不可思議を |
今泉由利 |
|
紫陽花の花毬日に日に大きくて夫の命日近づきにけり |
榊原恵美子 |
|
娘一人亡きばかりにて日暮らしの天変地異の如く変りし |
山口てるゑ |
|
五月晴暫し続きし後にして六日の茶会小雨降り続く |
近藤泰子 |
|
朝顔の種の一つが掌に黒く小さし青花秘めて |
河原静誡 |
|
背を伸し仰ぎみる空の広し広し淡き半月に今日は遭ひたり |
吉見久世 |
|
花びらはつむじなす風に舞ひ上がるその真中に我は居るなり |
石黒スエ |
|
エゴの花の純白なべて可憐なり花はことごとく下向きに咲く |
胃甲節子 |
|
また逢ふ日約束せぬまま遠ざかる白き車は若葉のはざま |
伊藤八重子 |
|
田植すみお茶摘みすみて里山は静かなりけり田蛙の声 |
阿部フミコ |
|
居間の窓ふさぎて伸ぶる黄素馨の若葉楽しき此の二三日 |
伊与田睦子 |
|
地下鉄を出でし地上に雲の無し澄みたる月を見上ぐる家路 |
近藤映子 |
|
葉の裏に見えかくれして葉の色と同じ緑の小さき雨蛙 |
弓谷久子 |
|
暗緑のヒマラヤ杉と並び立つ銀杏の萌えのただにやさしき |
新藤綾子 |
|
目を凝らす五月の空のその先に前任校が見えはしまいか |
杉浦恵美子 |
|
田植する棚田をみれば「田植え歌」を詠みし母の歌おもひいづ |
林伊佐子 |
|
法要の経机に置く過去帖に元禄を生きし人の名もあり |
小野田c代 |
|
新聞に花をりをりの写真あり楽しみ読むは此の記事一つ |
大塚武夫 |
|
睡蓮の黄の花つひに沈みたり金魚あぎとふ常のごとくに |
山口千恵子 |
|
ぽつぽつの雨の匂ひたちこめり待ちゐし雨なり皐月の一日 |
内藤志げ |
|
登り来る車の音は隣家に入りゆく音して再びの寂 |
平松裕子 |
|
筍と莢豌豆は豊かにて飽くほど食らひ夏は来向ふ |
白井久吉 |
|
四十年茶碗一筋の職人はつぎつぎ同じ茶碗を引き上ぐ |
山本恵子 |
|
心には未だぎくしゃくとしてゐるものありつつ見つむ遠き夕焼 |
岡本八千代 |
|
植ゑつけしオクラの苗の十本に雨降り始む今日の夕べを |
小野可南子 |
|
竹落葉笹舟なしてゆったりと御所橋より今し出でたり |
夏目勝弘 |
|
|
|
|
三河アララギ 平成17年 8月号 |
|
|
起き上がり今日の一日を始めむか八十六歳のけふのわが日を |
大須賀寿恵 |
|
英国を旅するときは突然になぜか日本を過剰に意識す |
北川宏廸 |
|
つぎつぎと花は咲きたり季巡り今は華麗な牡丹の花咲く |
斉藤フジヱ |
|
店先にサツキ二鉢かざりたり今日の客らが眺めるところ |
神谷 力 |
|
海風とともに茶を飲むこの窓より知多と渥美との半島ありあり |
山本恵子 |
|
家族三人揃ふを待ちて夕餉する吾の笑顔も美味のうちなり |
清澤範子 |
|
梅雨晴れのほてり残れるキャベツ畑わが手の青虫は草より青し |
林伊佐子 |
|
境内の畏れ多くも桑の実を一粒口にふくめば甘し |
水口汀子 |
|
わが植ゑしニガウリ二本のつる伸びて花咲かせをりこの荒畑に |
遠藤脩子 |
|
前庭に数多さき初む酸漿の真白き花が緑に映える |
半田うめ子 |
|
ロボットの交響楽団結成を願ひつつわれは諦めて去る |
伊与田広子 |
|
紅に細き一条棚引きぬ苑茜より今日のはじまる |
河原静誡 |
|
静かにふる雨月の雨のその雫光つつおつる一つ一つよ |
岡本八千代 |
|
暮れてなほ暮れ残りたる所あり片白草の茂る庭隅 |
白井久吉 |
|
鳳来寺のかの日のあなた「もう少し生きていたい」青風のなか |
小野可南子 |
|
今日こそは何かひとつは褒めやうと考え考え廊下を歩む |
杉浦恵美子 |
|
白雨とは俄雨のことと覚えたり雷の音頭上に響く |
弓谷久子 |
|
わがもとに来りてすやすや眠る子よまなぶたの下に目うごきつつ |
山口千恵子 |
|
幾山を越えて丹後の宮津山老鶯の一声はうれし |
足立とよ |
|
ねむごろに磨きぬかれし南天の清々しき箸のわが使ひ初め |
伊藤八重子 |
|
降圧剤の一つを今朝も飲み終へて我は次郎柿の摘果に出たり |
佐々木利幸 |
|
白き土に汗の一滴沁みてゆく葱にパイプを挿しゆく土に |
内藤志げ |
|
朝々の焼香打鈴には杏那ちゃんの健康成長の一つを加ふ |
伊与田睦子 |
|
うろうろと振り返りつつ万博の雨の中を一人行くなり |
新藤綾子 |
|
絨毯もこたつもしまひ衣替へ素足に触るる疊すがすが |
青木玉枝 |
|
譲られし座席に浅く掛けながら豊橋までの十二、三分 |
小野田c代 |
|
水たたへ植ゑ終りたる早苗田に風立ちくれば本宮山くづる |
大塚武夫 |
|
古里に帰りて思ふは亡き母のこと母には楽な時はなかりき |
吉見久世 |
|
山梔の純白の花に降る雨の優しく降りてよ此の純白に |
胃甲節子 |
|
駐車場とドコモの塔にて稲作をしなくても良い時代となりぬ |
近藤泰子 |
|
わが育てし曾孫の笑顔久し振り会ひてまじまじ見るはあごひげ |
山口てるゑ |
|
水路より遠き田中に水満てり老いの吾の安堵する時 |
石黒スエ |
|
久びさに子燕見上げ笑む夫を車椅子をば押しつつ見たり |
近藤映子 |
|
自然生えの葡萄に三房つぶら実のたれて日に日に太りゆく見ゆ |
榊原恵美子 |
|
伸び伸びし馬鈴薯の茎をかき分けて手さぐりに掘る二人の量を |
阿部フミコ |
|
納骨の供養の経の始まりぬ聞きもらすまじ母の戒名 |
平松裕子 |
|
頂きの花より数へ五節目の青き酸漿色付き始む |
堀川勝子 |
|
父であり母であり私の過去となりたる悲しみのまた |
今泉由利 |
|
満潮の潮が御津山あたりまで棚無し小舟よ万葉人よ |
夏目勝弘 |
|
|
|
|
三河アララギ 平成17年 9月号 |
|
|
ひとり居の吾にしあれば見飽くなく雨の行方を見つめつづくる |
大須賀寿恵 |
|
店の仕度終へて坐りぬ吾の吐く息一つ一つに安心をする |
神谷 力 |
|
けさの朝わが採りきたるミョーガひとつ小さく固きを酢みそにせむか |
遠藤脩子 |
|
夕焼けを見つつ内張川の堤ゆく帰りは昇る大きな満月 |
水口汀子 |
|
我が組の花火の番をするために神社の中の人込みにゐる |
山本恵子 |
|
峡渡る霧は流れ流れゆくわが手も足も濡らし過ぎゆく |
青木玉枝 |
|
リハビリは汗流しつつ自転車に吾の先導を夫にたくして |
清澤範子 |
|
葉桜の木陰に入りて汗ふかむニイニイ蝉のニイニイと鳴く |
足立とよ |
|
朝もやの田より飛び立つ知らぬ鳥キンキンと鳴き二羽旋廻する |
斉藤フジヱ |
|
目薬の頬つたひゆく感触を日課となして一日はじまる |
北川宏廸 |
|
蜩の鳴き止むを待ちて一斉に檜原をとよもす熊蝉の声 |
夏目勝弘 |
|
夏草は膝にかかりぬ藤白峠皇子の遺蹟に真近きところ |
堀川勝子 |
|
一つ朝一つ胡瓜を収穫し三朝ばかりを那須野にゐたり |
今泉由利 |
|
この夏の一番暑き日の暮て十三夜の月昇りて居りぬ |
榊原恵美子 |
|
ま夏日を毛布かつぎていねてをり空気足らざる思ひに堪へて |
山口てるゑ |
|
名も知らぬ草花が眼の下に群れてをり花より吾へと優しき香り |
胃甲節子 |
|
静もれる夕影の中にしろじろと木槿の花は落ちつきにけり |
新藤綾子 |
|
野いばらの花咲きて居り赤き実になる迄を吾は楽しみて待つ |
半田うめ子 |
|
こんなにも淋しきものか百姓の我に草取り出来ぬといふは |
伊与田睦子 |
|
病室を出でて向ひしバス停に汗か涙かあふれ止らず |
近藤映子 |
|
柚子虫をいとひ見て来しこの朝コスモスの花に黒揚羽蝶舞ふ |
吉見久世 |
|
生垣を高く抜き出でし若竹より枝先少しほぐれ初めけり |
内藤志げ |
|
奥伝を極めし弟子等が小習ひ点前それぞれ繰り返す師の前 |
近藤泰子 |
|
面白くもないのに笑ふ無理をして今日も疲れの溜まりてしまふ |
杉浦恵美子 |
|
朝晩に草取りせむと思ひをり暑き日続き家に籠るぬ |
伊与田広子 |
|
紫陽花の挿芽活きいきこの年も折り返したり十日の余り |
小野田c代 |
|
去年まで作り来りし山の田は半年を経ず草山となる |
白井久吉 |
|
螳螂は幼き鎌を身がまへて動かざればその草のこす |
林伊佐子 |
|
荒れし畑隅を小さく草取りて菊苗百本漸く植ゑたり |
大塚武夫 |
|
夏萩が地を掃く如く頭垂る徳衛の道を今日は登りぬ |
阿部フミコ |
|
それぞれの思ひのありて言葉なく若狭田面の緑の続く |
平松裕子 |
|
畦草の茎に紅の卵生み田螺は生きつぐ憎まれながら |
山口千恵子 |
|
節水の報のしきりの声聞ゆ吾が田の水は満々と満つ |
石黒スエ |
|
メヒシバの一もと扱ぎて方尺の黒き畑土にほひたちくる |
小野可南子 |
|
忽ちに草の庭となる草のなか五月桔梗のむらさきのいろ |
伊藤八重子 |
|
大いなる殿様蛙の厳しく吾と蛙と互に見つむる |
河原静誡 |
|
ガラス戸を鳴らし雷とどろきて雨降り出しぬ七夕の夕べ |
弓谷久子 |
|
次の旅は長篠城址へ行くべしといふ提案を諾ひて聞く |
佐々木利幸 |
|
ノボタンの花片舞ひつつゆれてをり台風一過の残りの風に |
岡本八千代 |
|
|
|
|
三河アララギ 平成17年 10月号 |
|
|
縁側の部屋に入りこむ日のひかり九月一日けふの日を踏む |
大須賀寿恵 |
|
水打ちてしづかに時間すぎて行くこの店を守り来た人生さ |
神谷 力 |
|
雷鳴の轟きわたる雨の中蝉の声止まずこの樟の大樹に |
遠藤脩子 |
|
職退きて菜園作る吾が夫は今朝も南瓜の受粉交配 |
清澤範子 |
|
母の住む屋根のみ眺めて幼き日会ふことなかりし生みし母恋ふ |
半田うめ子 |
|
圧倒的多数の声は時として大切なことを隠してしまふ |
北川宏廸 |
|
合歓の木の我が目の高さ蝉は今し背中ゆっくり割れ始めたり |
水口汀子 |
|
焼茄子の香り厨に満ち満ちて鬱と思へる一日の終る |
堀川勝子 |
|
しばしをも休まぬ団扇に正比例うなぎの煙りうなぎの匂ひ |
今泉由利 |
|
枝豆に茄子に冬瓜モロヘイヤ空芯菜と葱もついでに |
白井久吉 |
|
自らに課せしノルマを早く終へ摘果の青実踏みつつ帰る |
小野田c代 |
|
道畔のヱノコロ草に手触れゆく今日も日旱の田の中の道 |
山口千恵子 |
|
蝉声は衰へたると夫の言ふその声聴こえず蝉の死を見つ |
林伊佐子 |
|
幾つかの星座教へば喜びぬこの子等何時か誰に伝へむ |
杉浦恵美子 |
|
昨日蒔きし人参の畑に降る雨は隅なく土を潤して降る |
内藤しげ |
|
落ちてゆく日は見えざるも近江なる湖に浮べる小舟輝く |
平松裕子 |
|
わが庭の甲州葡萄小粒にて種のあるなり不揃ひにして |
伊与田広子 |
|
寒狭山を今日は撮らむと長江にきぬ降圧剤一つをザックに入れて |
佐々木利幸 |
|
八ッ手の葉に返す光りが窓にゆれ雨の上りし庭はさはやか |
青木玉枝 |
|
中干しに稗の一本除かむと今日の田の中歩きよきかな |
石黒スエ |
|
大勢の子供を集めて紙芝居カッパドキアの奇岩を背にして |
新藤綾子 |
|
機織りの音軽やかに響かせてみさとは織りゆく三河木綿縞を |
弓谷久子 |
|
子に非ず孫に甘えは禁物と気付くはややに癒えたるのちに |
山口てるゑ |
|
台風に未だ遭はざる極早生の美しき黄色の田圃に出遭ふ |
胃甲節子 |
|
季節をば楽しめる茶花の数々を稽古日毎に花択びする |
近藤泰子 |
|
残り世の幾許などと知らぬゆゑ抽出にしまふ新しき口紅 |
伊藤八重子 |
|
正面に満丸月の光りゐる我が八階の葉月の窓よ |
近藤映子 |
|
写真より実物の方が美人なり初対面の曾孫莉々子は |
阿部フミコ |
|
草を分け亀は庭土掘りはじむあのあたりは少し硬きところなり |
吉見久世 |
|
仄々と空気の中に香を放つ四時を待ち咲く白粉の花 |
伊与田睦子 |
|
農に生れ農に育ちし尼僧なり農道に稲穂の揃ふ中ゆく |
河原静誡 |
|
便り出し返信のこぬ妹を案じてまた出す往復はがき |
榊原恵美子 |
|
夕ぐれの散歩は廻り道になる盗人萩の白花にも触れ |
足立とよ |
|
窓被ふトロロ葵の咲く花を見つつの食事はたのしかりけり |
大塚武夫 |
|
大粒の貝と育ちぬ砂の面をゆっくり掻きて素早くひらふ |
小野可南子 |
|
はるばると持ち来しま赤き梅干を白粥に埋める我のブレックファースト |
岡本八千代 |
|
田の中の一本道をギンヤンマと我が自転車とが前後して行く |
夏目勝弘 |
|
|
|
|
三河アララギ 平成17年 11月号 |
|
|
吾の目の高さに朝日のぼりたり野におく露のしづけきひかり |
大須賀寿恵 |
|
妹よりつぶらな梨をもらひたり青き匂ひは吾のものなり |
神谷 力 |
|
やさしげに野にコスモスの揺れてをりただそれだけの秋となりけり |
北川宏廸 |
|
鬼灯は東南アジア生まれ食用は南米生まれとぞ万博にて知りぬ |
遠藤脩子 |
|
かのこ百合の蕾に止る抜殻の蝉は此より飛立ち行きし |
斉藤フジヱ |
|
側溝の割れ目より生えしピラカンサ今年も小さきを切り取りにけり |
清澤範子 |
|
今日涼し明日は暑きと天気予報又夏服に着替へむかとも |
伊与田広子 |
|
汗さえも拭へぬ母を悲しみてただ立ち尽すその傍らに |
平松裕子 |
|
右肩になべてなびける葦叢にひとりをりつつひとり直立つ |
今泉由利 |
|
危機感も持たざるままに集ひたり地域防災訓練の場に |
山口千恵子 |
|
ゆたゆたと石巻山に夕陽射す平穏に今日も過ごしきたりぬ |
佐々木利幸 |
|
連なりて標高二千を目ざす径己が吐く息己が吸ふ息 |
小野可南子 |
|
夕顔の開きて萎む露地をゆく厨に使ふ水音ききつつ |
青木玉枝 |
|
お庭草も行事も名のみとなり草取る場所なき八幡神社 |
石黒スエ |
|
一日の短かき命をつくし咲く花の美しトロロ葵は |
大塚武夫 |
|
びっしりと並びつきたる小さき珠ムラサキシキブ色付き初めぬ |
小野田c代 |
|
人参の種はテープに組み込まれ気遣ひもなく七糎間隔に |
内藤志げ |
|
彼岸花の朱きが映る鏡の中洗顔終へし顔を拭きたり |
足立とよ |
|
この子等が思い出すのは何時の日かおでん作りし二年の文化祭 |
杉浦恵美子 |
|
タイミング合はせ家を出で来たり帰り道なる正面に満月 |
水口汀子 |
|
ふり返り又ふり返り手を振りてみさと帰りぬ夏も終りぬ |
弓谷久子 |
|
こぼれ種の芽生えうれしも鳳仙花砂利庭の中すくすくの緑 |
吉見久世 |
|
丸々と西空高く朝の月庭の木の間に透きて麗し |
伊与田睦子 |
|
九州に上陸したる台風はわが八階の窓にも届きぬ |
近藤映子 |
|
永年の学校茶道勤続の表彰を受くお家元より |
近藤泰子 |
|
久々の孫の便りをポケットに入れてゐるなり時々読みつつ |
半田うめ子 |
|
遠く咲くクサギの花の山景色城下歩きし日々思ひ出す |
新藤綾子 |
|
婿やさし孫娘やさし曾孫やさし吾をかこめる顔顔やさしよ |
山口てるゑ |
|
昏れなづむ庭木の梢にいつ迄も励ます如く楽しき囀り |
胃甲節子 |
|
静脈の太く浮き出づ手の甲を見つつなぜつつ風邪に臥しつつ |
榊原恵美子 |
|
味噌汁に浮かぶ抜菜の青みさへ今年の秋の初ものにして |
白井久吉 |
|
彼岸花赤々咲ける墓原に吾声高きお十念を称ふる |
河原静誡 |
|
青柿の落ちてころがる所より何とはなしに引き返しきぬ |
夏目勝弘 |
|
をみなわれ今宵さんまを焼きてをり青きけぶりのもやもや出でつつ |
岡本八千代 |
|
|
|
|
三河アララギ 平成17年 12月号 |
|
|
心音のひとつひとつが響きくるこの暁を覚めてゐるなり |
大須賀寿恵 |
|
店やめて人の出入のなくなれば家の前をば掃くこともなし |
神谷 力 |
|
山並は険しく高く山の間より霧の湧き出で昇り行くなり |
伊与田広子 |
|
里山に草焼く煙たなびきて刈田の上を秋アカネとぶ |
阿部フミコ |
|
昼日中蝉しぐれは盛りなり夜は鈴虫少し涼しく |
清澤範子 |
|
朗読に関はりわが身につきたるか早口寿限無外郎売りの口上 |
遠藤脩子 |
|
中世はいかなる時代か恐らくは酷きデフレの千年なりき |
北川宏廸 |
|
日は暮れて見上ぐる夜空雲もなく月は煌煌と我が山里に |
斉藤フジヱ |
|
食むべきか土にかへすか惑ひありコオニユリの百合根を一つ |
今泉由利 |
|
針持ちて縫ひたくなりて布さがし小さき袋を一つ作りぬ |
榊原恵美子 |
|
いのちあらば来年もまた作らむと種籾を干す筵二枚に |
白井久吉 |
|
曲れるは曲れるままに束ねゆく雨に倒れし今日の青葱 |
内藤志げ |
|
毛虫にて裸木となりし桜木にに小さく小さく無数の返り花 |
水口汀子 |
|
ノボタンの一日の花の散りたまる夕べ夕べの紫の色 |
足立とよ |
|
胸に抱く深き祈りよ確実におしろいの花は黒き実となる |
胃甲節子 |
|
向山の長き坂道あへぎつつ銀杏並木の黄緑に降り立つ |
新藤綾子 |
|
夫々の十月の予定書き込みし居間のカレンダーわが色は赤 |
伊藤八重子 |
|
この路地が抜け道であると知る人と知らぬ人あり風ぬけてゆく |
青木玉枝 |
|
ふはふはに腐りし梨がただひとつ冷蔵庫の中形原の家の |
杉浦恵美子 |
|
東山に霧わく沢のいくところ霧湧くさまを眺めてあかず |
吉見久世 |
|
夜夜を我に来たりて餌をねだる黒きノラ猫また太りたる |
平松裕子 |
|
木津川と桂川とが合流をする淀川を我は双眼鏡を当てて |
佐々木利幸 |
|
飛石のくぼみの水面次々と南へ流るる白雲映る |
小野田c代 |
|
裏庭の音に目をやりその時に色付ける柿續きて落ちぬ |
石黒スエ |
|
カーテンに朝の光の差し込まず雀も鳴かず雨となるらし |
弓谷久子 |
|
蔓引くけば烏瓜五つ付きてをり朱の美し部屋に飾りぬ |
大塚武夫 |
|
朝の道に花梨の青実拾ひたり見上ぐるこの木に成りてゐしもの |
山口千恵子 |
|
葉緑素豊富にとらむと小松菜を厚手に蒔きて間引きしてをり |
伊与田睦子 |
|
まるのままひたひた汁に煮含めめぬ我の畑の終の秋茄子 |
小野可南子 |
|
静かさは父在りし日に重なりて布袋葵の青き紫 |
堀川勝子 |
|
早やばやと洗濯物を取り入れて日あし短かくなりしと思ふ |
半田うめ子 |
|
生きてゐる夫も私も生きてゐる一人家路のわれの足音 |
近藤映子 |
|
吾ひとり座る空間のこりゐて畑一面にコスモスが咲く |
林伊佐子 |
|
永しとも想はず過ぎにき八十年柿の一葉の赤く輝く |
河原静誡 |
|
けふも一日しをしをとして暮すごと西日の茜は淡くなりつつ |
岡本八千代 |
|
右せんか左に行かむか迷ふとこホウキグサの紅葉するとこ |
夏目勝弘 |
|
|
|