会員短歌 2006年

2006年
  三河アララギ 平成18年1月号掲載の短歌  
  空に鳥川面に鳥と音羽川水にも鳥は潜りゆくなり 夏目勝弘
  杖の音ひそめて足をはやめゆく鳥のこゑごゑ大恩寺より 大須賀寿恵
  秋風のそよろそよろと吹きそめる厨のガラスに平ぶるヤモリ 吉見久世
  前畑の玉蜀黍は夜盗虫に食われて次きつぎ倒れてゆきし 半田うめ子
  パソコンの電源入れてオンボロのわが記憶装置動きはじめぬ 北川宏廸
  吾が庭の紅白混じりの椿の木春に備へし堅き蕾見ゆ 清澤範子
  立冬も過ぎにしこの螳螂よ越冬するなら我が庭でせよ 水口汀子
  わが庭を巡り騒げる鳥の声巣立ちしばかりの鵯の群れ 伊与田広子
  晩秋の垣根の山茶花白く散り花の香りに息深く吸ふ 斉藤フジヱ
  妹への荷物の底に初成りの蜜柑を入れむ少し酸けれど 遠藤侑子
  カリン一つ購ひ帰る道中はカリンの匂ひ従えてゆく 今泉由利
  白菜もほうれん草も大根もただそれだけの豊かさにあり 白井久吉
  稔りたる大豆を畑に扱ぎてをり黄色に輝く粒こぼしつつ 山口千恵子
  つくばひの水静もりて秋の日に黄の石蕗の明るき小庭 伊藤八重子
  我が熱き手にて包みぬ父の手の包みきれざり大き冷たし 平松裕子
  鍬を持つ手を休ませて雲の縁染まりし西空しばし見て立つ 林伊佐子
  田の畦に低く小さく佛の座背に負ふ幼の眠りはじめぬ 小野可南子
  夕茜音なき流れの吉野川われも染まりて橋渡りゆく 青木玉枝
  渦巻きに皮を垂らして柿を剥く剥きたる実よりその皮赤し 小野田てる代
  冬の日の夕陰軒にかかりたりひとときは白しダチュラの花の 伊藤八重子
  三つ池に渡り鳥かと双眼鏡の丸き視界に木の葉たゆたふ 吉見久世
  仄々と平たき月の登りをり五つ残れる猩々柿の上に 伊与田睦子
  牟呂用水の森を眺めて歩みゆく小鳥の落とせし千両数多 胃甲節子
  竹筒に小菊さまざま乱れ挿し格子囲ひに菊の香の満つ 近藤泰子
  一粒のこぼれし朝顔霜月にピンクの小さき花の咲きたり 近藤映子
  腕時計つけいるときも幾十たび動かぬ柱時計見上げゐるなり 伊与田広子
  喜捨されし次郎柿一つを掌にうけて阿弥陀如来の御前に座す 河原静誡
  噴水の上り切る所に淡き虹たまゆらに立つラグーナに来ぬ  新藤綾子
  今朝もまたいつもの電柱に鴉鳴く声も昨日と同じと聞きぬ 石黒スエ
  三度まで鹿に若芽を食うはれしのち実りし黒豆豊作にして 阿部フミコ
  はるばると相差に旅して伊勢海老の動きて哀れ老いわれ食まず 大塚武夫
  もみじ葉の蔦の葉二枚を瓶にさし机に置きて私の秋 榊原恵美子
新顔の野良が一匹太りゐて白くよごれて離れて坐る 山口てるゑ
  夕顔の蕾は白くふくらみつつ咲かず萎えをり今朝の露霜 弓谷久子
  五つ六つ柚子をもがむと戻りゆく道辺の草より夕闇のぼる 小野田c代
  園児等の膝を揃えて正座する可愛い膝小僧一列に並ぶ 近藤泰子
  お父さん一緒に描こうよ山葡萄ホームの窓の外は錦秋 杉浦恵美子
  カタバミの黄色き花にしじみ蝶小さな花には小さな蝶が 新藤綾子
  ほうれん草は高値と聞きぬ短かきも短きままに束つくりゆく 内藤志げ
  我が夫に諦めないよと声掛ける頷く夫の声はうるみて 近藤映子
  さらさらの音に斜めに舞ひて来る赤き木の葉を拾ひあげたり 河原静誡
  上弦の月は南の空高く朧に霞み夕暮れにけり 伊与田睦子
  砂浜の楓也の足跡大きいねと喜ぶ楓也走り出だせり 石黒スエ
  ノイバラの実の色朱し冬枯れの中に艶めく其の色朱し 胃甲節子
  青空にちぎれ雲一つ浮きてをり形変ヘつつゆるりと動く 阿部フミコ
  次郎柿を収め終へたる夕餉の後に我は朝刊を時かけて読む 佐々木利幸
  吾をめぐる子孫ひこら言葉仕草みなやさしこみあぐるもの 山口てるゑ
  指先に黒き柿渋付けしまま夕餉の菜の大根刻む 堀川勝子
  木の高きに柿は熟れをり鳥食めよ我は低きを楽しみ取らむ 大塚武夫
  鬼瓦照らす夕陽の美しさこの家も間もなくこはさるる家 青木玉枝
  紅葉を見に行かずともよし街路樹の色づく道を車にてすぐ 榊原恵美子
いづくよりおほき紙魚の走り出づその銀色の光のはやし 岡本八千代
 

三河アララギ平成18年 2月号

  うらうらと新春の日の射しきたり足もとに萌ゆる青草黄草 大須賀寿恵
  店しめし吾を今でもうどん屋と呼ぶ人ありて日のすぎてゆく 神谷 力
  自転車の右に廻るも上手なりリハビリ日々に楽になりたり 清澤範子
  風情などと言ひてもをれず落ち葉掃くそれにつけても今日の寒さよ 北川宏廸
  夕方の勤行なるか僧坊より拍子木の音聞え来るなり 伊与田広子
  診療を終へて出でたり雨の止み茜の空に向ひて帰る 半田うめ子
  ヘッドライトの先は轍無き雪の路夫待つわが家はこの坂の上 遠藤脩子
  太白の光眩しと仰ぐ時吾がほほなぜ行く風の冷たし 河原静誡
  雪国に雪降りつづき雪積り積れる中のひとりのことを 今泉由利
  掛声をかけつつ歩む老い姉の背につき行く声合せつつ 弓谷久子
  白々と激しく降るはボタン雪昼寝の幼の睡りはつづく 小野可南子
  雪降れる今日は次郎柿の剪定に使ふ鋏を研ぎ始めたり

佐々木利幸

  一鉢に一本植ゑしオーシャンブルー幾百咲き終へ師走となりぬ 伊藤八重子
  我が老いのかくも衰へすすみしかせめて怒らず怒られずに居たい 新藤綾子
  日溜りに増えつつ猫や鳩も来て独りのわれも仲間入りして 青木玉枝
  日を重ね歳を重ねて三三忌この悲しさに耐えし三三年 足立とよ
  夕餉終へ部屋に独りの灯を点す静かに生き来て我は老いたり 大塚武夫
  一ヶ月雨の降らず玉葱の植ゑし苗の細りしと見ゆ 吉見久世
  はらはらと公孫樹黄葉の舞ひおつる黄金の路を吾はふみゆく 石黒スエ
  アメ色にぽったり熟れたる渋柿を日毎ながめて何もせず過ぐ 水口汀子
  音もなく静かに雪は降り続き積るでもなく日暮れは青空 近藤泰子
  二時半を過ぎれば山の陽はおちる我が山里も師走となりぬ 阿部フミコ
  まゐるより墓にすがりてまづ撫づるなでつさすりつものを言ひつつ 山口てるゑ
  我が窓の曇り硝子に紅映えし紅葉は早も終りとなりぬ 伊与田睦子
  収穫を終へたる今日は老い二人連れ立ち遊ぶ一日たふとし 林伊佐子
  本宮山雪に霞みて姿なし早々北の雨戸を閉す 内藤志げ
  見下ろしの屋根に残れる雪にまた新たな雪の降り積りゆく 近藤映子
  音立てて坂をころがる柿落葉子犬しきりに尾を振り吠える 堀川勝子
  採りためし射干の実は何処に埋めむ踏まれぬところ日当たるところ 小野田c代
  底冷えの体育館は全校が集へど少しも暖まらない 杉浦恵美子
  花のなき季と諦めゐし時にお隣よりのバラの花束 胃甲節子
  一人居の隣りの家に夕の灯のともればなぜか心安らぐ 榊原恵美子
  眼裏に寒し寒しと言う父の姿見てをり粉雪の舞ふ 平松裕子
  温かに冬を過ごせと送り来し心うれしく年あらたまる 白井久吉
  冬の日の入り日の光受けながらちぎれ雲一つこがねに光る 山口千恵子
巡り来し一陽来復の日の光雪の銀を雫にしつつ 岡本八千代
  三河アララギ 平成18年 3月号
  のぼりそめし朝日にわが影長し長し丘の上より田にも届きて 大須賀寿恵
  冬の雨降り出す空の下かなしすべての草は素枯れてをりぬ 神谷 力
  夫病みて七草粥も一人分一人で食みぬ味気なくして 阿部フミコ
  庭先の椿の枝に青あをと二つ三つの春待つ蕾 清澤範子
  豆腐のラッパ聞こゆ頃夕食の支度に忙し母のゐし家 伊与田広子
  門松も雑煮も無くして正月の三日間過ぐ独りの生活 半田うめ子
  正月は皆それぞれに出かけ行き~仏まつるは我れの役なり 斉藤フジヱ
  毎食を夫に減塩をつとめ来てわが血圧も正常となる 水口汀子
  二桁の掛け算教えての孫の電話たちまち夫は先生ことば 遠藤脩子
  幾重にも幾重にもあり山脈の一番奥の真白山脈 今泉由利
  墓の雪払ひやりたし灯して温めやりたし動けぬ吾は 山口てるゑ
  何せしといふこともなき一日なり濯ぎし布巾きつく絞りぬ 小野田c代
  曲がりたる腰も見えねば整ひし顔立ちのみが瞼に残る 杉浦恵美子
  話しくるる声の次第に遠のきてストーブの炎の揺るるを見てをり 平松裕子
  美しき小麦畠の若みどり寒の季節に輝く生命 胃甲節子
  川岸に植ゑて幾年初釜の茶会の席を寿ぐ柳 近藤泰子
  さらさらと光りて流るる千束川柳も胡桃もまだ冬の姿 伊与田睦子
  玄関を開けても楓也出でて来ず昨日より遠き長野に住まふ 石黒スエ
  写真には麻痺も失語も写らねば夫のいい顔やさし顔 近藤映子
  足指の爪まで大きく在はします財家寺守る仁王様は 山口千恵子
  自らが忘れしことに苛立ちて鬱深むを長生きといはむ 北川宏廸
  産着より覗く小さな指先にためらひつつも吾が手を重ぬ 堀川勝子
  兄様に正月の言葉ためらひて布団の中の足さすりをり 内藤志げ
  冠雪にみちしるべとなる野仏を目途にして行く山清水くみに 林伊佐子
  暗やみに月の光が足照らす山の端の太陽拝み歩き終ふ 山本恵子
  ひたすらに只称へなむお念佛朝昼夜と食事するごと 河原静誡
  おだやかな日和になるぬ初光り温もりたのしみ日向ぼこする 大塚武夫
  菩提寺の御堂の疊ふるはせて年改まる鐘は鳴りつぐ 小野可南子
  大寒の大空つらぬき一直線飛行機雲は尚も伸びゆく 弓谷久子
  ニュージランドの鳥の如くに棚に成る百の実嬉しわが家のキュウイ 伊藤八重子
  手の足の力萎えし我が持ち分背負ひみるなり地震グッズ 新藤綾子
  二〇〇六年明けゆく初日拝みて遠景はやさし近景もやさし 青木玉枝
 

次郎柿を今日も剪り居るわが畑の何処に鳴くか尉鶲の声

佐々木利幸
  雲一つなき青空よりひらひらと雪は舞ひ来る年の終りに 榊原恵美子
  この冬は野菜の高値聞きをれど買はずともよし売る物もなし 白井久吉
  ほのぼのと夜庭普くほのあかり恰も曇りの中の十六夜 岡本八千代
畑隅に捨て集められし人参に雪が今日も残りてをりぬ 夏目勝弘
  三河アララギ 平成18年 4月号
  雨はまた小雨ながらも砂利打ちてひとりの吾を慰めむとす 大須賀寿恵
  この鉢に今年は何を植ゑようか考へている一時間なり 神谷 力
  馬鈴薯の種は来れど夫いなくどうしたものかと思案にくれる 阿部フミコ
  休めたる畑の黒土に霜柱立つ今頃は三寒四温 清澤範子
 

朝日さす輝く空に雲きたり雪はこびこし夜に積れり

斉藤フジヱ
  探しゐる茶匙の一本見付けたり庭の枯葉の下にありたり 伊与田広子
  これまでのすべてがありて今があるすべての後に今日がはじまる 北川宏廸
  福寿草黄の色の花咲き出でし黒々としたる土の中より 半田うめ子
  青空に飛行雲ひく一機見ゆ吾は水面に水脈を引くらむ 堀川勝子
  毎日が毎日毎日続きつつ毎日逢へるひとりのひとに

今泉由利

  汝を送る四五日間は晴れつづき今宵静かに雨の降る音 榊原恵美子
  吹きだまる落葉を指に掻き分けて寒き小庭の春を探せり 伊藤八重子
  般若図に集る動物多き中吾の愛する猫の無かりき 河原静誡
  うたたねのまに一雨の降りゆきししまひ忘れし自転車濡らし 弓谷久子
  落葉寄す熊手の先にほろほろと転げて散りぬ蝋梅の花 内藤志げ
  幾年を夫の病を盾にしてわが果たすべきを果たさず来しかも 遠藤脩子
  幾曲り曲り来にける田なか道黒き我が影みぎひだりする 小野可南子
  留守居する思ひに長き冬の間を部屋にこもり来て三月となる 大塚武夫
  えも云はず喜び自から湧き出でて三幅の軸に離れ難し 新藤綾子
  枯芝の中に青青雑草の草引く時は無心となりをり 水口汀子
  川向は何処にありやと思ひながら設楽大橋を初めて渡る 佐々木利幸
  蕾だつ梅の諸枝をうつろひて鶯なかず鵯が啼く 林伊佐子
  黒々と鋤きし畑一面にもや立ちゆらぐ息づくごとく 山口千恵子
  舟に乗れば大島小島の位置変る沖まで出でて海苔とりたりき 石黒スエ
  単調なるわれのひと日よ夕茜厨にさして片頬を染む 青木玉枝
  この朝は冷えの緩みて生徒等の挨拶多し交通立ち番 杉浦恵美子
  先頭をゆく鳥ありて一群は従ひゆきぬ城の森へと 平松裕子
  如月の凍てつく朝に見送りし娘を待ちぬ遅き夕餉に 近藤映子
  時に来て香焚く子供も孫もをり後姿に心なごめり 伊与田睦子
  月一度お茶の稽古をたのしみて集へる子等の今日晴れ舞台 近藤泰子
  白玉の露の花咲く裸木に今日降る雨の優しかりけり 胃甲節子
  大根を扱ぎたるあとに穴丸し雨にも凍てにも保つまんまる 小野田c代
  ワカサギに公魚と当つる由来知り今宵炬燵にひとり喜ぶ 白井久吉
  寄り添ひてレモン二つが並びゐる私の机の上のさびしさ 岡本八千代
ガラス戸を鳴らし過ぎし風のありそれより音なき闇にゐるなり 夏目勝弘
  三河アララギ 平成18年 5月号
  雨なれば雨をよけつつ雀らは庇に声ごえ遠く聞こゆる 大須賀寿恵
  靴をはく長くかかりて靴をはく今日の一日のはじまりてをり 神谷 力
  わが松の切られし庭はさびしけれ真白き雪柳の花を待ち待つ 青木玉枝
  枯草にまじりて蓬の小さき芽今朝の寒さに霜白く光る 斉藤フジヱ
  雪にたへ風雨をしのぎ軒下に今年も咲きぬ春らんの花 半田うめ子
  休耕の畑に生えしはこべらは白く可愛く花をつけたり 清澤範子
  沿道のところどころに開花あり彼岸桜かとわれは思ひぬ 伊与田広子
  朝に夕に目白は庭に飛び来たり今蜜吸ふは枝垂桜よ 水口汀子
  孫と来て子と孫と来て妻と来て同じ桜を三回ながむ 北川宏廸
  花びらのひとつ迷ひて入り来たり参加してゐる今年の花に 今泉由利
  青麦の田の面を雲の影疾し奥の三河は雪降りてゐむ 小野田c代
  四五回は採りて料理に使ひしか水菜はすでに花ざかりなり 白井久吉
  枯れて立つオナモミの実付かぬやう白川堤の菜の花の道 山口千恵子
  金色の茶の色清し烏龍茶春の夜の憂さ暫し慰む 杉浦恵美子
  我が内を占める迷ひの増しながら朝に昼に夜に離れず 平松裕子
  生育の遅れてゐたるほうれん草春の雨にて緑増し来ぬ

石黒スエ

  雑草の中になよなよ伸びてをり福寿草の花空に向きて咲く 阿部フミコ
  桜花重なり咲きて日の届かず花見る我の影をうつさず 大塚武夫
  あなたへと思ひ続けて三度目の芽吹きなりけり風草の鉢 小野可南子
  抜き採りもせずに野蒜に指を触れ春の野の香を持ち帰りたり 胃甲節子
  春しぐれ芽おこしの雨春嵐と言葉浮かび来る冷たき雨に 弓谷久子
  物干しに一寸程の蜂の巣の淡きねずみ色早や見付けたり 新藤綾子
  赤竹も青葉の竹も縺れあふ寒のもどりの西風荒ぶ 内藤志げ
  うっすらと緑の見えて芝板も根付きたるらし弥生の雨に 遠藤脩子
  強面の戦還りの夫はいま甘酒すする柔和な翁 伊藤八重子
  村居にて新聞のなき数日は世界が遠くなりゆく思ひ 林伊佐子
  おろおろと我が撮らむとす千枚田鞍掛山の山腹にあり 佐々木利幸
  正月菜に花見え初むる仄々と我が散歩道にして心安らぐ 伊与田睦子
  歩き行く東海道の難所道急坂の枇杷袋かけられて 山本恵子
  兎に角も蛤雛の1対を飾り置きたりひなあられ添へて 近藤映子
  菜を刻む音も幾重に響き合ふケアーハウスの今日の始まり 堀川勝子
  雲一つなき早朝の空低く白き半月沈みゆくところ 榊原恵美子
  春よ来ひ鼻うた歌ひ歩み行く農道に黄のタンポポの咲く 河原静誡
  けふもまた春風冷たくわれに吹く海辺の君の家を訪ねむ 岡本八千代
風ふけば揺げるものの多くして我の心はゆらぐことなし 夏目勝弘
 

三河アララギ 平成18年 6月号

 

六日の月高くのぼりて清けかり尋ねくる人今宵おはさず

大須賀寿恵
  一日にいく度もいく度もかけ声をかけて立つなり腰下すにも 神谷 力
  作手にも花の季節の訪れて梅に桜に心も華やぐ 斉藤フジヱ
  剪定を明日はやらむ又明日と柿は芽を出し枝伸びに伸ぶ 伊与田広子
 

限りなく続けり麦と菜の花と畑の向ふに始皇帝墳墓

山本恵子
  わが庭の赤白混じりの椿花真紅の一輪下向きに咲く 清澤範子
  齢とは仏に近づくことならむ足もとに咲く仏の座を摘む 北川宏廸
 

日輪の出でし空を見上げつつ広き池の回りを歩む

夏目勝弘
  中心に向かひ挿されし枝々はまろくまろくつひに杉玉 今泉由利
  見つければ逃ぐることなし焦らずに筍掘りをひとり楽しむ 白井久吉
  文殊岳も真富士の山も見上げつつ今日は撮りたり蕗の若萌 佐々木利幸
  振り返へれば鳶去り人去り満開の桜並木が土手道に続く 遠藤脩子
  この峠越えれば雨の静まるか本坂トンネル入口近し 内藤志げ
  片言の幼の説明聞きて居り四十階より見放くる東京 堀川勝子
  紫のやさしかりけりすみれ咲くうすら寒し衣街道 半田うめ子
  針箱も久しぶりなり腰曲がりズボン丈少し短くせむと 伊与田睦子
  八階に舞ひ上り来る花びらはベランダを走り又舞ひ落ちぬ 近藤映子
  花びらを幾ひら付けて走り行く黄砂にけむる海沿ひの道 伊藤八重子
  ぼんやりと空中漂ふ砂漠の砂土の埃のかすかなるにほひ 水口汀子
  鶯の初鳴き真似てわが夫が耳廃ひ吾に幾たびも告ぐ 林伊佐子
  裸木のツンベルギアの細き枝その節々に小さき春が

小野可南子

  山道を迷ひたるらし行き止まりヘッドライトに浮かぶ夜桜 杉浦恵美子
  土に還る色となり来し落椿遅れし花のま白重なる 小野田c代
  野も山も沈む夕陽も霞の中黄砂の一日暮れてゆくなり 弓谷久子
  御正当の祭の太鼓の音きこゆ家より大師をおろがみにけり 石黒スエ
  軒を越し紅柏の耀へり亡き母の愛で居しこと想ほゆ 新藤綾子
  種芋を埋めたる畝の土の上規則正しく紫の芽出づ 山口千恵子
  三ツ葉つつじの花の寺小雨も晴れて客足賑はふ 近藤泰子
  勢ひて生命輝く春の山弓張山系遠景にあり 胃甲節子
  線香の花火がはじけた如くにて樒の花は仏間に咲けり 阿部フミコ
  高遠の桜に賑はふ人の群れ縫ひゆくやうに車椅子の我 大塚武夫
  雲厚く風も吹かず雨降らず鳩も舞ひ来ず今日の日暮るる 榊原恵美子
  朝の日は高くなりたり百あまりアマナの花はすべて開きぬ 平松裕子
  窓の雨音のみの強くして雀さへ来ず一日を寝ぬる 河原静誡
コメ花を活けてま白にまた思ふ東京の子らの音沙汰なきを 岡本八千代
 

三河アララギ  平成18年 7月号

  何置きしと手をやりにけり椅子の上掴めざりけりああ日の光 大須賀寿恵
  朝顔の苗を移して植ゑてをりまだ見ぬ花の色を思ひて 神谷 力
  ガレージの女性弁護士の車には犬の親子のぬいぐるみあり 伊与田広子
  木犀の葉の散りばふを掃く吾は足腰重き副作用残る 清澤範子
  走り書きの妻の伝言われ見事解読したり夫婦なるべし 北川宏廸
  一輪の芍薬咲きぬ淡紅に亡父と繋がる命ときめく 堀川勝子
  ユスラウメの赤実いよいよ色濃くて昼のひざしにつややかに光る 遠藤侑子
  一輪草咲きてゐたりき広くして御津先生の思ひ出のお庭 半田うめ子
  朝の空気すひながらゆく林道に野うさぎに遇ふこんな日も好き 林伊佐子
  玄米を傷めぬ様にすり鉢に入れてゴリゴリ精米とする 水口汀子
  朴の花高きにひとつ真白くてそこより山は白雲に消ゆ 今泉由利
  囀りは緑ゆたけき木末より「一筆啓上つかまつりそろ」 小野可南子
  花盛るシロツメ草を踏み潰し太き轍を残してゆけり 小野田c代
  降りもせず晴れるでもなき今日一日動かぬ雲を眺めて居りぬ 榊原恵美子
 

マーガレットの花一面に咲きてをりその中を登る父母の墓

弓谷久子
  卯の花の蕾重たく撓む枝ひねもす雨のふり続きをり 胃甲節子
  六甲の山並染めし夕茜三河の海と同じ色して 青木玉枝
  舞台に立ち吟道精神朗唱す声はおのずと震へてしまふ 石黒スエ
  わが家の護り神とふ青大将動ぜぬ庭にシャガの花の白し 伊藤八重子
  ひとり坐し床に向ひて今掛けし軸の歪みの無きを確かむ 近藤泰子
  種籾を手押し播種機に掬ひ入れいざ蒔かむかな息ととのへて 山口千恵子
  ゆたゆたと五平餅を喰う満光寺に無病息災の祈願を終へて 佐々木利幸
  槙垣の雨の雫に丸き葉の二人静の時をりゆるる 内藤志げ
  常は誰も暮らして居らぬ形原の庭にひっそり桜桃ふたつ 杉浦恵美子
  忽ちに又一年の夏に入る野にも山にも若葉茂りて 伊与田睦子
  霧雨に風の加はり白濁の世界となりし八階の窓 近藤映子
  明るくねただ前向きに全脳の神経動かせ手にも足にも 新藤綾子
  厨より物刻む音の聞こへ来る今暫くと我はい寝をり 大塚武夫
  思ひ出を語ることなく川の辺に水音聞きつつ今の話を 平松裕子
  明日よりは六月なりと独り言緑に光る小庭まばゆし 河原静誡
  耳うとき君とわれとの語らひは通ずるもよし通ぜずもよし 白井久吉
  朝明け朝明けつつまたけさも卯の花曇りの灰色の空 岡本八千代
広辞苑に植物図鑑の数センチ重ねて今日の昼寝の枕 夏目勝弘
  三河アララギ 平成18年 8月号
  何も彼も不思議と思ふ朝なり独りの部屋に沈香を焚く 大須賀寿恵
  朝顔の一つが枯れてゆきし日よ何ごともなき夕まぐれなり 神谷 力
  外出は極力避けて夫ぞれの時間を普段と変はらず過ごす 水口汀子
  つぎつぎと新しき品出て来る歳とともに店番も出来ぬ 斉藤フジヱ
  コンクリートに固められたる目黒川流れを急ぐ若葉幾枚 北川宏廸
  わが畑の伸び放題の笹竹を横目に見つつ動けずにゐる 遠藤脩子
  風もなく消毒作業は終りたり青虫つぎつぎ庭に落ち来る 清澤範子
  前畑の雑草の中の十薬を刈り取りにけり陰干しにする 半田うめ子
  咲きし花の数だけ蝋梅実となりてそれぞれ雨のしずくを落す 榊原恵美子
  何となく待ち居し文の届きたり色とりどりの百合に水遣る 伊藤八重子
  逆らふは一草もなしススキの原吹き巻く風の吹き巻くままに 今泉由利
  光れども辺りを照らす光ならずただただ己のために光りて 平松裕子
  水張田に山の木立はさかさまに時に吹き来る風にゆらぎぬ 安部フミコ
  澄み広ごる田面にうつる空見乱し機械は忽ち植ゑ終りたり 石黒スエ
  撮りに来ぬ深野の棚田は白猪山の鋭き斜面に幾百もあり 佐々木利幸
  雨蛙跳び行く方に五月の陽の燦燦として稲田のまぶし 新藤綾子
  六月の緑の木々の裾を飛ぶ蝶は紋白二つ並びて 伊与田睦子
  唯一人背筋を伸し線香を手向けし静かなるこの一時よ 近藤映子
  芥の中に花咲きをりしと馬鈴薯の花を摘み来ぬ今朝の吾が夫 胃甲節子
  中学のお茶の稽古は半円を描きし舞台の畳の上なり 近藤泰子
  テーブルにめざめも嬉しこの香り日毎この家に馴れてゆくかな 青木玉枝
  種を蒔くわれの西瓜は友よりも遅れて受粉する梅雨の晴れ間に 林伊沙子
  黒き雲速き流れは北に行く雨の静かに降るを願はむ 内藤志げ
  またの名はザ・タカラヅカ紫の小花デュランタ一株植うる 弓矢久子
  梅の実と塩と紫蘇との作りなす色と香りにまためぐり合ふ 白井久吉
  朝あさに水草分けて確かむる光含めるメダカの卵 堀川勝子
  麦藁帽子かぶりて庭の草を取る時折り雲のかげりがうれし 大塚武夫
  我が脳をMRIの音の波押し寄せきては通過してゆく 小野可南子
  淡あはと新芽は風になびき居り吾が老樫さゑ若がへるもの 河原静誡
  一斉に姫女苑咲く堤の道下校の自転車に道を譲りて 小野田c代
  また雨の降るかもしれぬ空の下自転車に乗りて松屋までゆく 岡本八千代
ドアにある差入口を押ししとき冷気出できぬ瞬時のよろこび 夏目勝弘
  三河アララギ 平成18年 9月号
  白々と露つむ杉菜の道をゆく杖つく音を響かせながら

大須賀 寿恵

  朝顔の大きな葉にも小さきも今日降る雨を受けとめてをり 神谷 力
  死ぬまでは生きねばならぬこのわれの手持ち時間に雨ふりしぶく 北川宏廸
  年金の一日当りの額を決め喫茶に夫と憩ふも予算に 清澤範子
  自生して庭をうるほす黄の色の花大根の花眺めゐつ 半田うめ子
  広々と海見渡しぬエーゲ海観光客の群れに加はり 新藤綾子
  木もれ日のだんだら模様のゆらゆらの私も同じだんだら模様 今泉由利
  わが影はわれより長く先を行く青田の中の一本の道 山口千恵子
  目の前にふいに近づく蛍ゐて最も小さき光美はし 林伊佐子
  梅雨明けも真近と思ふこの朝短かく小さく蝉のひと声 弓谷久子
  六月の暑き朝なり鶯は短く鋭くわが藪に鳴く 内藤志げ
  幾通り緑の稲田を靡かせて梅雨の嵐が通り過ぎゆく 杉浦恵美子
  涼風に千草川べり川づたひこのままずつとこのままでいたい 青木玉枝
  命延ぶ思ひに我は眺めをり土の香のするその色彩を

伊与田睦子

  つくばひの傍らに万両の白き花去年の赤実を未だもちつつ 伊藤八重子
  昼下りひとしきり啼く鶯の音に聴き入りて他は思はず 胃甲節子
  垣根より歩道にはみ出す紫陽花は私の傘の滴を吸取る 近藤映子
  荒草の興亡はげしきみかん畑メヒシバの後に強きオヒシバ 小野田c代
  散れば咲き散れば咲きして淡桃の百日紅あり淡き思ひ出 堀川勝子
  伝へ聞く小夜の中山夜泣き石子育て飴の今に残れる 大塚武夫
  掌を清め暫し茶庭に水を打つ今日の朝茶に客を招かむ 近藤泰子
  大正の初めに生れ昭和過ぎ平成もはや十八年を生く 榊原恵美子
  つやつやと紫ひかる茄子ひとつ我が初茄子は鈴虫のもの 小野可南子
  世の中の愚かが一人この夏もアカザを植ゑて楽しみてをり 白井久吉
  空は雨室内は暗く夜昼のわからぬままに時の過ぎたり 河原静誡
  時に強く鍵盤を叩く指の細し今日より吾子となれる男の子の 平松裕子
  どうしたらよいかもわからずわが心ただそのままに海の靄の中 岡本八千代
雨に濡れし木下暗がりつづく道ころりころころ紅落花 夏目勝弘
  三河アララギ 平成18年 10月号
  草長けし中よりひと本ぬきん出て白々咲ける浜木綿の花 大須賀寿恵
  ふりつづく雨の下なるこの空間朝顔の葉は広がりてをり 神谷 力
  柄を残し刀の刃先供出させいかなる兵器になりたるならむ

北川宏廸

  土手の草草刈機にて刈られをり草の匂ひにつつまれにけり 清澤範子
  構内より乗り替へ行きぬ東京駅外観未だ見たこともなし 伊与田広子
  語りつつ杖をたよりに歩みゆく足なみそろへる友のやさしさ 半田うめ子
  ブロック塀の傍に植ゑし茄子苗に小さき実二つ曲りて成れり 中井美恵子
  ひとしきり泣きて見開く瞳には見えぬ何かを見つめゐるらむ 山本恵子
  まんまるの水平線のまん中に私がゐてそんなことあり 今泉由利
  約束の野草キツネノカミソリを掘りて送らむ花あるうちに 白井久吉
  アンテナに電線に今日は雀のよく止る空青き時も夕焼け時も 榊原恵美子
  消えてゆく声を追ひかけ鳴き続く峡に響くける朝の蜩 平松裕子
  一つだにその実を穫りし事はなしビックリグミの茫々の枝 小野田c代
  幾度も見てこし正当笹踊り今年の若人とみにすばらし 石黒スエ
  十数個実りし南瓜猿どもは採りてゆきたり一つもなしに 安部フミコ
  みさとより来たる綿の木丈ひくく今朝始めての淡き黄色の花 弓谷久子
  綿の木に綿の花咲く柔らかきクリーム色の綿の花咲く 胃甲節子
  朝顔に支柱二本を増し立てて伸びたつ蔓を巻きつけにけり 大塚武夫
  ほのぼのと会話の余韻続きゐて御馬の花火のとどろき聞こゆ 堀川勝子
  万葉の歌のリズムに合はせむとわが歌のせて口ずさみみる 遠藤脩子
  母らしき仕舞ひ方なり食器棚整然と三十年そのままに在る 杉浦恵美子
  石仏の朽ちたる目鼻が万緑に染まりて並ぶ六甲道へ 青木玉枝
  一日の眩む暑さに堪へながら畑を耕すは生きる喜び 林伊佐子
  年どしの人間ドックの問診欄薬の数のまた一つ増す 内藤志げ
  精精と心のままに飛石を渡りて進むにじり口へと 近藤泰子
  散策が出来るをよしと我はせむカメラを持ちて神田の堤 佐々木利幸
  やゝ異なる田毎のみどりの稲の色吹きくる夕の風の涼しき 山口千恵子
  体温に近き暑さの舗道行く日傘にはみ出す靴の熱さよ 近藤映子
  何願はむ歩き戻りて心冴ゆ夫とのあゆみの嬉しかりけり 新藤綾子
  体温と等しきばかりの暑き日々本尊如来にうちはを捧ぐ 河原静誡
  夜をとほし鳴きつづけゐし鈴虫に露をふくめる朝どりの茄子 小野可南子
  けふ咲きし野牡丹の花を生徒らに見せて私流の短歌の手解き 岡本八千代
日々同じ時間に起き出づ習も時々狂ひの出来るこのごろ 夏目勝弘
  三河アララギ 平成18年 11月号
  音もなく川は流れつづけゐて清々しもよ今朝ゆく水も 大須賀寿恵
  地下鉄の窓辺に映るわが姿闇の自画像はげしく揺るる 北川宏廸
  想ふ日も想はざる日もありながら四年目の検診クリアしにけり 中井美恵子
  すっきりと気持の晴れる事のなし何時もどこかの痛さに悩む 斉藤フジヱ
  モーツアルトの生い立ちに興味ありどうして天才になり得しかと 伊与田広子
  甘樫の丘よりきこゆ声にしてそのひとことも聴き逃すまい 今泉由利
  生垣の蔓に零余子をとらむとす触るればこぼるるこぼさぬやうに 山口千恵子
  雨晴れて清しきあしたわが庭に銀木犀の香りただよふ 白井久吉
  一本の小さき蝋燭つくるまで暮れゆく西空眺めて居りぬ 榊原恵美子
  丈高き大犬蓼のくれなゐの色さえざえと雨上がりたり 弓谷久子
  意志弱きこの子の未来を憂ふれど手助け出来ぬこの子の人生 杉浦恵美子
  手首には反射リストといふバンドをはめて夕べの買ひ物に出る 佐々木利幸
  幼等はお客様にて行儀よく抹茶頂くことがお稽古 近藤泰子
  白菜の移植を終へし山畑に久しぶりなり雨ふりそそぐ 林伊佐子
  結婚の指輪をはずし入院す皺の吾が手に光るものなし 清澤範子
  黄緑の稔り田拡ごる青竹町見下ろす部屋にいのちを委ぬる 伊藤八重子
  ”温かい”とセラピー犬を抱く夫の安らか笑顔にわれも安らぐ 近藤映子
  あきあかね稲穂の上を飛び交はし朝陽をうけてきららきららと 石黒スエ
  巴川のせせらぎの音さへぎりてはげしき音に夕立の降る 安部フミコ
  虎杖のみどりの花を活けし後夫が露草添へてありけり 胃甲節子
  丘をなす広原なりぬ国分尼寺の遺跡は静もる芝草の中 平松裕子
  朝早く野鳩の声のしき鳴けり我も人恋ふ一人の留守居 大塚武夫
  鰯雲に窓を開くればこころよき風ぬけ通る夫の遺影まで 青木玉枝
  槇垣に細葉小僧の円ら実を見つけて今朝の立ち番たのし 堀川勝子
  岩村の鬼ころしは味よき酒眠れぬ夜は一合を呑む 半田うめ子
  北窓を少し明けし所より秋明菊に白の見え初む 内藤志げ
  照り翳る秋日に眼疲れつつ仕上げ摘果の早生みかん畑 小野田c代
  草々の緑に日日を癒やさるるそして幼なのやはらかき掌に 小野可南子
  おしろいの花の香の漂ひ来ぬ午后も三時か夕の支度せむ 河原静誡
  夕べの風北の窓よりかすかくる廂の風鈴一つ二つの音 岡本八千代
道なかの澄め水面の広さにて小さき蛙は命をつなぐ 夏目勝弘
  三河アララギ 平成18年 12月号
  ゆらゆらと宙に求むるものは何右に左につる先ゆらら 大須賀寿恵
  元気かなと声をかけなば元気だよと答うる人のゐて美しい国 北川宏廸
 

秋空に太鼓笛の音響きつつ十二所神社の神興練りゆく

斉藤フジヱ
  生け垣に植ゑし櫟の赤き実を口に含めばいと甘くして 清澤範子
  小鳥らの鳴き声聞こゆ明けたらし庭の柿の実啄ばみゐるや 伊与田広子
  川風は心地よく吹くレストラン壁のヤモリに睨まれつつも 山本恵子
  庭隅に細々咲き立つ彼岸花花のいはれを想ひ出しつつ 中井美恵子
  ずぶずぶと沈みゆけると不忍の池ひとつはちすを盗るを諦む 今泉由利
  石蕗の花茎太く咲きはじめ庭の一隈明るくなれり 白井久吉
  庭土の浅きに埋めやる甲虫この一夏の幼の宝 小野可南子
  この翅にて遠く南へ旅立つかアサギマダラはたをやかに舞ふ 弓谷久子
  虎杖の花咲く下に腰下ろし雲のゆくへをみつめゐたりき 堀川勝子
  今暫し夜を更さむと剥くリンゴ香り立ちつつ一つ灯のもと 小野田c代
  ひとひ一日今日をみつめて明日に生くる伊丹の街の住人として 青木玉枝
  澄みわたる空に十六夜の月昇る夫の窓にも見えてゐるらし 近藤映子
  牟呂用水の草刈作業の進む路もうすぐ堤の茶の花が咲く 胃甲節子
  教壇の一角を「床」に見立てむと屏風を立てて即席の床 近藤泰子
  庭中に赤と白と小さくして夏より咲きつぐ朝鮮朝顔 半田うめ子
  知らぬことあまりに多し生活に支障なければ吾よしとする 新藤綾子
  六人の兄弟姉妹欠けるなくその連れ合ひも子も又欠けず 伊藤八重子
  嘴太の羽黒々とかがやくも吾の法衣は色あせにけり 河原静誡
  豊川より天竜川と名を変へて川は続けりそに沿ひてゆく 平松裕子
  そつと手に持ちて運べどはかなくて秋明菊は花びら散らす 杉浦恵美子
  ひと雫またにと雫瓶に落つ糸瓜の水の真澄める一滴 内藤志げ
  白菜の葉に紛れ来し蟷螂が夜の厨にひっそり歩く 林伊佐子
  音羽川の水面静かに流れつつ今日は多くの魚はねとぶ 石黒スエ
  花の季すでに終れる夜顔は秋の日差しにその実熟れゆく 山口千恵子
  動くともなき白雲は呼ぶ声にふりむきし間に形変はりぬ 榊原恵美子
  コネリ柿今は食むこと無き我も衰へもなく実のなるは嬉し 大塚武夫
  糸瓜忌もすぎゆきにけり吾はまたただ淡々と君を忘るる 岡本八千代
  風の付く言葉諺多くして正しく使へるが少なくなりぬ 夏目勝弘


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