|  | 三河アララギ平成一六年 二月号 |  | 
	
		|  | 一陣の風の来たりて吾が庭の落葉持ちゆく夕べなりけり | 大須賀寿恵 | 
	
		|  | 長靴にはきかえ足あと残しゆく砂丘は続く一歩一歩と | 青木玉枝 | 
	
		|  | 小さき柿成りてゐるなり十あまり落柿舎の庭にてしばらく仰ぐ | 半田うめ子 | 
	
		|  | 寒さの夏嘆く賢治を思ひつつ賢治の国の新米を食ふ | 北川宏廸 | 
	
		|  | 風の出で空の明るくなりてきぬ店番の手を止めて見てをり | 神谷 力 | 
	
		|  | 土色に鎮守ゐたり冬の日を土色にして陶兵陶馬 | 今泉由利 | 
	
		|  | 山の秀に棚引く薄き雲透かし今日の入り日のその赫き色 | 今泉桂子 | 
	
		|  | オーブンのブザーにも吾ははいはいと返事をし居り一人居なれば | 榊原恵美子 | 
	
		|  | 聞こえざるに徹すれば老いは苦も楽も心波立つ何物もなし | 山口てるゑ | 
	
		|  | 初雪は大雪にして配られし牛乳のふたに半円なせり | 阿部フミコ | 
	
		|  | ひたすらに柿の栽培を続け行く不惜身命を心に持ちて | 佐々木利幸 | 
	
		|  | 幾度もマッチ棒パズル試みる未だ宵の口独りの聖夜 | 杉浦恵美子 | 
	
		|  | トルコにも三猿の彫刻立ちて居り見やう聞こうと歩き廻りし | 新藤綾子 | 
	
		|  | 菜花の葉を網目状に虫の喰ふその葉に朝露光りてをりぬ | 吉見久世 | 
	
		|  | 夕光の傾く頃は京ヶ峰山襞深く影をつくりぬ | 伊与田睦子 | 
	
		|  | 新聞を読みゐる夫の目の位置は「老の風景」の欄を離れず | 小野可南子 | 
	
		|  | 三の丸師走六日の懸釜に心ばかりが慌ただしかり | 近藤泰子 | 
	
		|  | 正月に訪ひくるる当のなし馳走作らず一人過さむ | 伊与田広子 | 
	
		|  | 寒風の田中の道は晴れ渡り日の出る前の雲の紅色 | 山本恵子 | 
	
		|  | 水面よりかすかに靄の動く見ゆ金鱗湖には温泉湧きをり | 水口汀子 | 
	
		|  | 雨の降る師走の窓は灰色に我が八階にシクラメンの紅 | 近藤映子 | 
	
		|  | 千切れ雲つぎつぎ去りゆく冬空に消えむばかりの月影のこる | 伊藤八重子 | 
	
		|  | 先頭を夫が引きゆき嫁が次手許のビニール吾れが見守る | 内藤志げ | 
	
		|  | 風もなく静かなるかも御津の海この静かさよいついつまでも | 石黒スエ | 
	
		|  | 吾子と来て伊勢路の旅の車椅子我の至福の一泊二日 | 大塚武夫 | 
	
		|  | 大声にて笑ふ事さへ出来ぬ性嘆かひつつも今更変れず | 胃甲節子 | 
	
		|  | 田の隅にとり残されし捨大豆その幾本を拾ひて帰る | 山口千恵子 | 
	
		|  | 眩しさの極みとなれり冬の日は五井に傾く帰りて行かむ | 平松裕子 | 
	
		|  | 去年の夏今年の夏の区別なし思ひは茫々今年も逝きぬ | 弓矢久子 | 
	
		|  | 時かけて煮る油揚の火を見守る甘き匂ひに包まれ乍ら | 小野田てる代 | 
	
		|  | 庭に飛ぶ小鳥の影は仏間まで畳の上にその影はやし | 足立とよ | 
	
		|  | 庭松の白雪はやも雫する巽の方より光りのさし来て | 岡本八千代 | 
	
		|  | 千両も万両もまた十両も花なき冬の庭を彩る | 白井久吉 | 
	
		|  | 牽引も点滴も今日解かれたり手脚動かすしばらくの間 | 河原静誡 | 
	
		|  | 広縁に日の差しゐるは一時間正月三日を静かに籠る | 夏目勝弘 | 
	
		|  | 三河アララギ 平成一六年 三月号 |  | 
	
		|  | 朝の陽は網戸に三筋透るありよぎりゆきたり一羽ひよどり | 大須賀寿恵 | 
	
		|  | 葦影に羽ばたき躍り水くぐり餌漁りたる不忍の鴨 | 北川宏廸 | 
	
		|  | 老い呆けて独りの今宵雑炊を作らむとしてニラをつむなり | 半田うめ子 | 
	
		|  | 初日の出嶺より登りぬ高里のしじまに光輝く | 斉藤フジヱ | 
	
		|  | お座敷の鴨居に刀の傷のこる霙降りつぐ八木庭に向ふ | 山本恵子 | 
	
		|  | 木材を曳き出す山に去年のまま野苺の実の朱き点在 | 林 伊佐子 | 
	
		|  | 雨上りの堤歩めり川面には茶鴨の二羽が水浴びてをり | 清澤範子 | 
	
		|  | あたたかく冬を過ごせといたはられ名実ともに老人となる | 白井久吉 | 
	
		|  | 吹きつくる風痛くして長城に今の世の音聞こへはしない | 今泉由利 | 
	
		|  | また常の二人となれり二人だけの白きもの干す冬の光に | 岡本八千代 | 
	
		|  | 綿入れのわがはんてんも孫頼み心も酌みてぬくぬくと着る | 山口てるゑ | 
	
		|  | 散り残る黄葉丹念に摘み取りぬ素心蝋梅の透ける黄のいろ | 小野田てる代 | 
	
		|  | 仏飯は我の食なり食べ残せば粥にして食む命の糧なり | 大塚武夫 | 
	
		|  | 菩提寺のひとつめの鐘鳴りわたる冴え冴えと清しオリオン星座 | 小野可南子 | 
	
		|  | 取り分けて皿に溢るるお節料理牛蒡人参わが畑つもの | 堀川勝子 | 
	
		|  | 冬の青に透れるまでの白き雲わだかまりなくほぐれゆくなり | 平松裕子 | 
	
		|  | 霜焼けし人参の葉の連なれる畝より抜き出す人参ま赤 | 山口千恵子 | 
	
		|  | 十三夜の月の光のあはあはし庫裡の半ばの白々あかるむ | 河原静誡 | 
	
		|  | 九尺の窓淡雪ふり消ゆる折鶴蘭の鉢少しゆれをり | 足立とよ | 
	
		|  | 夕日未だ残れる空に白じろと満月出でぬ寒に入りたり | 弓谷久子 | 
	
		|  | 清々しき心となりて次郎柿の剪定をし居り雪後の今朝 | 佐々木利幸 | 
	
		|  | 裏庭の流し台に落つ雨の音小床に聞きぬ耳をすませて | 阿部フミコ | 
	
		|  | 湯を上りお茶を呑みをり遠くより火の用心の鈴の近づく | 石黒スエ | 
	
		|  | 深々と濃霧の朝は野も街も音無き世界となりて静まる | 胃甲節子 | 
	
		|  | 正月に客は無けれど祝い箸用意しておく母せしごとく | 杉浦恵美子 | 
	
		|  | 枝垂れ梅の枝の丸みに雨の玉丸く並びぬ朝のわが庭 | 内藤志げ | 
	
		|  | 龍の髭のあはひの小草ぬきてをり指にふるるよ紫紺の玉実 | 吉見久世 | 
	
		|  | 瑞雲の軸の前には大き輪をひとつ結びし柳這はせり | 近藤泰子 | 
	
		|  | 空池の寒寒湛へる水の底に黒きが動く何とは知れず | 水口汀子 | 
	
		|  | 岩を打つ龍神岬に荒き波白き波なり初日に輝く | 青木玉枝 | 
	
		|  | 朱き色と思ひゐたりし珊瑚の色鼠色に揺れてゐるなり | 伊藤八重子 | 
	
		|  | 大釜を囲み若者は踊り始むハッピの鷲の絵の舞ひ動く | 新藤綾子 | 
	
		|  | 目覚むれば青きドナウの始まりをりわrうぁいつしか居眠りてをり | 伊与田広子 | 
	
		|  | カーテンを開きし窓の水滴に指文字描く大寒の朝 | 近藤映子 | 
	
		|  | 午後の陽の明るき窓に近寄りて十針ほどなる綻びを縫ふ | 今泉桂子 | 
	
		|  | 細き枝小さき葉にもそれぞれに雪はこんもり積りて居りぬ | 榊原恵美子 | 
	
		|  | 山のあり麓をめぐれる御津川に春の瀬音の立ちたつ近し | 夏目勝弘 | 
	
		|  | 三河アララギ 平成一六年 四月号 |  | 
	
		|  | 書を持ち頁繰る指ともどもに暁の冷え冷えまさりくる | 大須賀寿恵 | 
	
		|  | 開発に取り残されし日溜によもぎ萌え出づ粉吹の緑 | 堀川勝子 | 
	
		|  | 藪中に自生なるまま今年又夏蜜柑二個成りてゐるなり | 半田うめ子 | 
	
		|  | 寒々と草生の中に芽ぶきをり春の気配の草ぐさの色 | 山本恵子 | 
	
		|  | 寒風に乾ける甘藷の切り干しが飴色に透きて日の匂ひする | 林伊佐子 | 
	
		|  | 頂上にやっと着きたり辺り見る万作の花見当らずなり | 伊与田広子 | 
	
		|  | 寒き日も春の陽ざしを感じつつ庭に待つ花福寿草咲く | 斎藤フジヱ | 
	
		|  | 吾が撞きし鐘の余韻が消ゆるまで合掌をして心清しも | 清澤範子 | 
	
		|  | ただ歩く習慣としてただ歩くただ歩くことが目的だから | 北川宏廸 | 
	
		|  | 満身の力をこむることもなしひとつ言葉に託していたり | 今泉由利 | 
	
		|  | この冬は目白の来ぬと云ひし時咲きそむ白梅を啄む一羽 | 榊原恵美子 | 
	
		|  | 赤細く伸びし楓の枝先に降るともなしの雨の粒つぶ | 山口千恵子 | 
	
		|  | 部屋隅の衣桁に掛かる冬物の多くを着ずに春は近づく | 白井久吉 | 
	
		|  | 南国に合ふかダオへの餞別に十二単にくるまる豆雛 | 杉浦恵美子 | 
	
		|  | 吾が部屋の畳に坐り暫くを霙の向ふの虹を眺むる | 内藤志げ | 
	
		|  | 熱きもの欲る老い夫に輪飾りの餅を開きて熱き甘酒 | 伊藤八重子 | 
	
		|  | 夕日落ち茜の残る遠き峰窓辺は竹林の大きなゆらぎ | 新藤綾子 | 
	
		|  | 諦むると決めたれば夜も昼もあるがままにてやすらぎていむ | 山口てるゑ | 
	
		|  | 葉を全て落せるバラの鉢植ゑに少し多めの寒の置肥 | 小野可南子 | 
	
		|  | 風出でて積れる雪を落し過ぐ南天の朱実の朱の輝き | 大塚武夫 | 
	
		|  | この朝電気釜より匂へるは赤々赤飯弥陀に手向けむ | 河原静誡 | 
	
		|  | 吹きおろす風の道のその幅に黒き漣水面を走る | 平松裕子 | 
	
		|  | 朝々に小鳥らの声に目覚めをり裏庭の梅ほころび初めぬ | 阿部フミコ | 
	
		|  | 五日たち十日たちしてほうれん草は二月中ばに漸く二葉 | 石黒スエ | 
	
		|  | 三差路の脇に在はします道祖神を目印に向ふ大王わさび園 | 佐々木利幸 | 
	
		|  | 生命ある日々と自然の明け暮れを今日の夕空感動しをり | 胃甲節子 | 
	
		|  | 何もせず静かにベットの上にをり自分を治す方法として | 神谷 力 | 
	
		|  | ただ一人ただ一人にての一人旅足は自づと奈良をめざして | 青木玉枝 | 
	
		|  | 物干しし吾の背中に当る日のこの温もりも如月のうち | 近藤映子 | 
	
		|  | 弓張の山越ゆる朝日のきらきらと光りのまぶし三つ池の水面 | 吉見久世 | 
	
		|  | 消毒を怠り御免ねと夜盗む虫つきたる白菜にわが謝りぬ | 伊与田睦子 | 
	
		|  | 大般若心の底まで響く声私も小声にて般若心経 | 近藤泰子 | 
	
		|  | いと小さく細かく細くキラキラと雪に陽の映ゆ眩しかりけり | 水口汀子 | 
	
		|  | 立止りまた立止りして息鎮めお薬師の山の近道をゆく | 小野田てる代 | 
	
		|  | 金星の一日回りて海つ方夕べの空にサファイアの光 | 岡本八千代 | 
	
		|  | 音羽川の流れ細くなりてきぬ浮きゐし鴨の歩み始めり | 夏目勝弘 | 
	
		|  | 三河アララギ 平成一六年 五月号 |  | 
	
		|  | 赤々と染まりつつ夕べくれてゆく斯くして確実に一日の終はる | 大須賀寿恵 | 
	
		|  | 子の刻も寅の刻にも通ふ小屋の火を守ることわが責務にて | 林 伊佐子 | 
	
		|  | すれ違ふ人もなくしてゆつくりと賢治記念館の坂道歩む | 水口汀子 | 
	
		|  | 紫の小さき花咲く線路沿ひ歩きゆくなり小雪舞ふ中 | 半田うめ子 | 
	
		|  | 夕食の仕度出来たり会議ある夫も娘も帰るは遅く | 清澤範子 | 
	
		|  | 朝まだき春一番に荒ぶ海渥美半島見えかくれして | 青木玉枝 | 
	
		|  | 川の面を流るるものの寄りゆく所即ち魚も集まるところ | 夏目勝弘 | 
	
		|  | ストーブの青き炎のゆれてをり子規という人読みゐる傍ら | 岡本八千代 | 
	
		|  | 冬ごもる浜木綿の葉も私も埋もれかゆかむ吹きあぐ砂に | 今泉由利 | 
	
		|  | 三月の真昼の光受けて入る秋篠寺の苔のさみどり | 平松裕子 | 
	
		|  | 久し振りに机に向かふゆとりあり心静かに墨を摺り始む | 近藤泰子 | 
	
		|  | 襖絵を描きし職人名を知らず白き花のぼかしの巧み | 新藤綾子 | 
	
		|  | 一枚とまた一枚の積重ね写経はつひに百八巻を過ぐ | 近藤映子 | 
	
		|  | 糸の如き枝々強く芽吹かむと力満ち満つなんじゃもんじゃは | 伊与田睦子 | 
	
		|  | リハビリにてにぎはふ人の中にをり昨日より前に多く歩かむ | 神谷 力 | 
	
		|  | 東方の尾根に沿ひついつ霧の立ちやがて雨の上り始めり | 吉見久世 | 
	
		|  | 明治生まれがいつまで生きて目出たきよ赤ちゃん茶碗に飯を残して | 山口てるゑ | 
	
		|  | 風はまだ冷たけれども背を正し足を早めて街の中ゆく | 伊藤八重子 | 
	
		|  | 市電にて赤岩口へ友と行く土筆取らむと誘はれにけり | 伊与田広子 | 
	
		|  | 目の覚めて今日も生きゐる己が身を喜びにけり朝の経誦す  | 大塚武夫 | 
	
		|  | 遠く遠く笹の葉ゆりて来る風の心地よろしも朝の春風 | 石黒スエ | 
	
		|  | てのひらにふんはりふたつふきのたうあはきさみどりわが畑つもの | 小野可南子 | 
	
		|  | ここまでとノートパソコン閉じるとき目覚し時計がわれを起しぬ | 北川宏廸 | 
	
		|  | 次郎柿の幹にはびこる貝殻と名付く虫を幾枚もとりぬ | 佐々木利幸 | 
	
		|  | 弓張りの山並隠す春霞或いは遠くより飛来の黄砂か | 胃甲節子 | 
	
		|  | 植ゑしこと記憶になけれどクロッカスの二花咲きぬ薄紫の | 阿部フミコ | 
	
		|  | 夜の道のほのかに明るし高ぐもる雲に月のありど分らず | 弓谷久子 | 
	
		|  | 年度末の片付けられし教室にぽつんと残る金魚鉢ひとつ | 杉浦恵美子 | 
	
		|  | 椿の花赤く散り敷く道の上のその紅を踏まずに行きぬ | 山口千恵子 | 
	
		|  | 朝の陽に裏の畑に竹の陰のかたちに白く霜は残れり | 内藤志げ | 
	
		|  | 野仏に一輪さしある黄水仙設楽の里の春の彼岸会 | 足立とよ | 
	
		|  | 古き花新しき花それぞれに朝の影あり紅落椿 | 小野田てる代 | 
	
		|  | 畑にある分葱はいまが旬なれば急ぎ取りきて客に渡さむ | 白井久吉 | 
	
		|  | 傘を打つ雨の音こそたのしかり木蓮の花ただに真白し | 河原静誡 | 
	
		|  | 鳥も居ず人影もなく吾が歩む足音のみの萩原の宮 | 榊原恵美子 | 
	
		|  | 三河アララギ 平成一六年 六月号 |  | 
	
		|  | 幸せといふは何かと問ふ吾に吾は答へき不幸とは思はぬ | 大須賀寿恵 | 
	
		|  | 庭隅のピンクにあかるむひとところ幾千万の梅擬の花 | 水口汀子 | 
	
		|  | 踏みさうなすみれを避けて土手の上小さき流れの水音をきく | 青木玉枝 | 
	
		|  | 春の雨雪に変りて名残雪梢高くにマンサクの花 | 斉藤フジヱ | 
	
		|  | 里芋と葱の味噌汁作りたり安曇野より送りこしもの | 清澤範子 | 
	
		|  | 花冷えに長持ちしたる花の香を胸一ぱいに吸ひ込みにけり | 山本恵子 | 
	
		|  | 朝明けに鶯が鳴くと友のいふ聞きて育ちし少女期おもふ | 林 伊佐子 | 
	
		|  | お茶を出し客にうどんを運びゆく回復したる吾の一日 | 神谷 力 | 
	
		|  | 黄の色に群れて咲きゐる畑の中細茎長しひなげしの花 | 半田うめ子 | 
	
		|  | 風圧に押し出だされぬ東京ドーム先端技術の風神ゐたり | 今泉由利 | 
	
		|  | 樹木医を招きて友の護りゐる古き桜の花も見るべし | 白井久吉 | 
	
		|  | たをやかに春の朝の巡りきぬ日溜まりにゐて花冷えのなか | 北川宏廸 | 
	
		|  | 我が乗れる電車の窓と平行に烏飛びいくこの一瞬を | 足立とよ | 
	
		|  | 古今集の仮名序音読にて始む三年古典の最初の授業 | 杉浦恵美子 | 
	
		|  | 清水の舞台の桜のこのあたり子等と夫との写真に残る | 弓谷久子 | 
	
		|  | 三粒の種より芽生えて三本の蔓はしっかり支柱にからむ | 山口千恵子 | 
	
		|  | 黒百合の新芽出で来ぬ我が庭に北の国より子の持ちて来し | 平松裕子 | 
	
		|  | 介護師の優しき眼差し背に受けて車椅子の我桜の下巡る | 大塚武夫 | 
	
		|  | ハルジョヲン薄紫も白もよし帯びと連なるわが畑の辺に | 内藤志げ | 
	
		|  | 早く来よ早くこよとそこここの庭木に刺ししみかんに鶯 | 吉見久世 | 
	
		|  | 花絵式病平癒の祈願祭梅桃桜椿藤山吹牡丹百合菊杜若 | 近藤映子 | 
	
		|  | 玄関のかすかな気配は落花らし今年最後の白玉椿 | 伊藤八重子 | 
	
		|  | 稽古日のあればこそ書く今日も亦紀貫之の寸松庵色紙 | 近藤泰子 | 
	
		|  | 芭蕉の葉は三尺余りにて開き初む青空の中匂ひ立ち居り | 新藤綾子 | 
	
		|  | 静かなる吾のさ庭べ紋白蝶は舞ひ上りゆき舞ひ下りくる | 石黒スエ | 
	
		|  | 青麦の田の原を一日吹く疾風出揃ひし穂の靡きうねりつ | 小野田てる代 | 
	
		|  | パソコンへ歌稿二十首を印字するを作家気取りに暫くはなりて | 佐々木利幸 | 
	
		|  | 人と会ひ人と語ればわが心晴るる思ひす美容院に来て | 阿部フミコ | 
	
		|  | ゆづり葉はその木の下に落ち初む艶めき細く静まりゆきぬ | 伊与田睦子 | 
	
		|  | 気弱なる事など書きても術も無し手紙二通に元気と書きたり | 胃甲節子 | 
	
		|  | 今日も又三途の業を重ね居り草とる手許に蟻逃げまどふ | 河原静誡 | 
	
		|  | わが家の柱時計は百年の時を刻みて今に至れり | 伊与田広子 | 
	
		|  | いよいよに見えずまりたり何も彼も頼むと決めぬ遠慮はせずに | 山口てるゑ | 
	
		|  | 紅椿の花の落つればそのままに花瓶の前にしばらく置きぬ | 榊原恵美子 | 
	
		|  | 穀雨の雨穀雨といふ日に降りにけり夕べとなりつつ激しきその音 | 岡本八千代 | 
	
		|  | 尺余りの雪に配達せしことが郵便局員の仕事の始め | 夏目勝弘 | 
	
		|  | 三河アララギ 平成16年 7月号 |  | 
	
		|  | 満潮の川は音なく流れゆくただ流れゆくを不可思議とせず | 大須賀寿恵 | 
	
		|  | われといふ不倶戴天の自意識が六十四年も在りつづくなり | 北川宏廸 | 
	
		|  | 今を咲くサツキ一つを店先に置きて飾りてうどん売るなり | 神谷 力 | 
	
		|  | 畑中の芹を摘みをり雨上り四月の半ば雉の二声 | 半田うめ子 | 
	
		|  | 薄っすらとピンクに染まるカタクリの所々に白樺の白 | 水口汀子 | 
	
		|  | 豌豆に朝露ありて袖口を濡らしつつ摘む二人の量を | 林伊佐子 | 
	
		|  | さわさわと初夏の風立ち柿若葉ひらめき薫り雀飛び立つ | 斉藤フジヱ | 
	
		|  | 堤防の桜のがくを踏みしめて新緑見上ぐる爽やかなる風 | 清澤範子 | 
	
		|  | 宮峠今だこぶしの花盛り雪のアルプス見えかくれする | 青木玉枝 | 
	
		|  | スペインにて求めし小さき置時計いまもスペインの時刻みつづくる | 中井美恵子 | 
	
		|  | 進みゆく我にまともにツバクラメ尺を切らずに急上昇す | 夏目勝弘 | 
	
		|  | 雨にそぼつ草原の草にわが歩む半歩一歩のふれつつぬるる | 岡本八千代 | 
	
		|  | 庭草を取り進みゆき三本の蕨の萌を吾が見つけたり | 榊原恵美子 | 
	
		|  | 巻貝の命なりけり紫を今日の私の命に纏ふ | 今泉由利 | 
	
		|  | 貝染めの紫色のスカーフはほのかに海の香の匂ひあり | 平松裕子 | 
	
		|  | 屈みつつ畑の草引く目の高さ白じらとして馬鈴薯の花 | 小野田てる代 | 
	
		|  | お坐りをして待つチビに菓子が無いご免ねと我は頭を撫ぜる | 大塚武夫 | 
	
		|  | 若緑も薄きも濃きも輝けり野点の席に木もれ陽ゆるる | 新藤綾子 | 
	
		|  | 朝々にオクラの苗に声かけて今日一日の始まりにけり | 阿部フミコ | 
	
		|  | あまねかる陽の中歩みつつをりて両の手ひろげて深呼吸する | 石黒スエ | 
	
		|  | さはさはと流れの音のリズム良き一夜の眠り「きぬ川不動滝」 | 近藤映子 | 
	
		|  | 瓶にさす令法の花房いと白しことばやさしき君にてありき | 伊藤八重子 | 
	
		|  | 広重の描きし江戸にビル建ちて車行き交ふ首都に変身 | 伊与田広子 | 
	
		|  | 穂を広げ鈴花揺るる玉蜀黍ゆめのコーンは花の真盛り | 内藤志げ | 
	
		|  | カメラぶれもピンぼけも我は防がむと重き三脚を蓼科の旅に | 佐々木利幸 | 
	
		|  | 陽気盛ん万物ほぼ満足すると今日は小満五月二十一日 | 伊与田睦子 | 
	
		|  | べた凪ぎの池面乱るる波ひろごる今し川鵜の潜りしならむ | 吉見久世 | 
	
		|  | 八帖間角度を変へて風炉ふたつ今日より夏の稽古場となりぬ | 近藤泰子 | 
	
		|  | 此の性の変れるならば七十路は明るく笑ひ笑まひて生き度し | 胃甲節子 | 
	
		|  | 時空越え伝はりし色か貝の中のこの黄なるもの紫と変る | 弓谷久子 | 
	
		|  | 朝食よりいぬる迄母子二人茶の間にて話題なし異和感もなし | 山口てるゑ | 
	
		|  | 裏の田に蛙の声の喧し夜更けに独り父の居ぬ家 | 杉浦恵美子 | 
	
		|  | 微かなる音の迫りて雨が降る軒に鴉の雨宿りをり | 足立とよ | 
	
		|  | 太鼓の音鈍りて響かず雨の今日般若心経を吾が誦み続く | 河原静誡 | 
	
		|  | おだやかにわれに向へる今日の母湯気立つ粥を小匙にすくふ | 山口千恵子 | 
	
		|  | 豌豆に続き玉葱じやがいもとただそれだけの豊かさにあり | 白井久吉 | 
	
		|  | 我が胸に安けく睡る嬰児よ小さき命の確かな重み | 小野可南子 | 
	
		|  | 三河アララギ 平成16年 8月号 |  | 
	
		|  | 東の白雲の間をのぼりつつ囀づり続くる揚げひばりかも | 大須賀寿恵 | 
	
		|  | きのふ今日探しつつゐて探し得ず空ろなりけり何をなすのも | 平松裕子 | 
	
		|  | 昼すぎてわが町中はしずかなり手押し車の吾のみの音 | 神谷 力 | 
	
		|  | あのときにすべてが終はりそのときにわが自意識は生まれ変りぬ | 北川宏廸 | 
	
		|  | 満開の桜の古木に風通る夫とのリハビリ何時までつづく | 清澤範子 | 
	
		|  | 名も知らず取りて遊びし忍冬香りは昔と同じならずや | 水口汀子 | 
	
		|  | 四季青き杉森の中を散歩する風の姿を見せて波打つ | 林伊佐子 | 
	
		|  | 馬鈴薯の花の咲きたり前畑に捨て置きしまま肥料もやらず | 半田うめ子 | 
	
		|  | 七ツ山離り来たれば背より射す夕影父母の温みにも似て | 堀川勝子 | 
	
		|  | 渡りする鳥のたしかな方位もち常に我等を導きくれにき | 夏目勝弘 | 
	
		|  | 君が見しこの海この木々この風を私に見する深々見する | 今泉由利 | 
	
		|  | 今もただ塩浜の風吹きをらむ君の棟の花も散りしか | 岡本八千代 | 
	
		|  | にしひがし教へてくれてありがとう支へてくれてありがとう | 小野可南子 | 
	
		|  | 植ゑ時をすでに過ぎたるナス苗を十本あまりこぎて渡しつ | 白井久吉 | 
	
		|  | 事後承諾は気に染まねども詮もなし医師の甥と子が決めしもの | 山口てるゑ | 
	
		|  | 簡潔に松の手入れの済みし庭梅雨に入らむ予報きこゆる | 伊藤八重子 | 
	
		|  | くろ雲の間より射せる日の光早苗そよげる田水にきらめく | 山口千恵子 | 
	
		|  | 覚めゐつつ夜のしじまに側溝より吾が田に落つる水音すずし | 石黒スエ | 
	
		|  | 甘えん坊なりしこの子が数学の実習生として母校に来たる | 杉浦恵美子 | 
	
		|  | 御台場はどこにあるかと尋ねればここがそうだと高層ビル建つ | 伊与田広子 | 
	
		|  | 車椅子背を向けしままの花の道押しゐる女の見えぬは淋し | 大塚武夫 | 
	
		|  | 豊川の岸を打ちゐる波の音遥かに段戸山の青き山並 | 新藤綾子 | 
	
		|  | 早苗の列かそけく並ぶ張り水のまだ濁りつつ白雲のかげ | 小野田てる代 | 
	
		|  | 庭中に摘む韮の葉の少なくとも吾の昼餉の韮卵に合ふ | 中井美恵子 | 
	
		|  | 新じゃがを煮てゐる夕べの厨辺に河鹿の鳴く声澄みて聞こゆる | 阿部フミコ | 
	
		|  | 夜の更けて又鳴き始む牛蛙雨音の中まどろみて行く | 近藤映子 | 
	
		|  | 長らへてあればかくまで痛き足膝を撫でつつ耐へてゆかむよ | 伊与田睦子 | 
	
		|  | 摘果をする次郎柿の木に夕の陽が今日の一日も何事もなく | 佐々木利幸 | 
	
		|  | 神主の祝詞を耳に亡き兄の優しき顔の瞼にうかぶ | 近藤泰子 | 
	
		|  | 砂時計の砂さらさらと落ちゆくをこの目でみつめ安らぎてをり | 青木玉枝 | 
	
		|  | 聞き馴れぬ野鳥の声に補聴器をつけて窓辺によりてゆきたり | 吉見久世 | 
	
		|  | 合歓の木ははやも眠りに入りたれど子等遊ぶ声高々聞こゆ | 胃甲節子 | 
	
		|  | 庭を掃くわが目の前に舞ひ落つるふはりふんはり小鳥の胸毛 | 内藤志げ | 
	
		|  | 梅雨に入り眩暈少なき日々にして目標の米寿の今日の一日 | 足立とよ | 
	
		|  | 故郷の古戦場跡の一面の笹百合今もまなかひにあり | 弓谷久子 | 
	
		|  | 側溝を流るる水の音たのし青一面の田の広ごれり | 河原静誡 | 
	
		|  | 0歳と九十歳と合並び三十三歳の誕生祝ふ | 榊原恵美子 | 
	
		|  | 三河アララギ 平成16年 9月号 |  | 
	
		|  | 鈴虫の声澄みとほると思ひゐしいつか雀の声のまじれる | 大須賀寿恵 | 
	
		|  | 右の手の動き悪くも歌をかく紙に向ひてしせいを正す | 神谷 力 | 
	
		|  | 山百合の強く匂へり一つ灯に夫と共に書に親しむ | 林伊佐子 | 
	
		|  | 電灯の無き世に戻りふかぶかとアルプスの闇につつまれて寝ぬる | 北川宏廸 | 
	
		|  | 黄昏て歩む歩道にラベンダー花にふるれば夕風匂ふ | 斉藤フジヱ | 
	
		|  | わが庭に浜おもと咲くひともとの花を眺めてしばしたたずむ | 半田うめ子 | 
	
		|  | 病室の窓に寄りゐて貨物車は六十輌と数へゐるなり | 清澤範子 | 
	
		|  | 癒ゆる日を信じてゐたり二鉢に風草分ちて待ちてをりしに | 小野可南子 | 
	
		|  | 咲くならむ散り落つならむただただに思ひのなかの蓮華とすごす | 今泉由利 | 
	
		|  | 御津山のヒメハルゼミの声のせて夕風渡る青田の原を | 小野田てる代 | 
	
		|  | 針も管もすべて体より抜かれたり支へられつつの一歩二歩三歩 | 弓谷久子 | 
	
		|  | 庭苔に白米播きしごとく散る夫の愛せし白南天の花 | 足立とよ | 
	
		|  | 葉の裏を返して風の吹き渡る裏山の合歓の木花終はりたり | 阿部フミコ | 
	
		|  | 舟を降りモネの世界に入りてゆくモネの家あり睡蓮の庭 | 水口汀子 | 
	
		|  | 流れ藻に付く餌あさる海鳥が海面に細き波を曳き寄す | 青木玉枝 | 
	
		|  | 掌の硬きむくろは水色に青に緑に耀ふ玉虫 | 内藤志げ | 
	
		|  | 体重を減らさねばならぬ夫の膳肥えたき吾は何を作らむ | 中井美恵子 | 
	
		|  | まだ登るかあへぎあへぎてつきてゆくに急に下りぞ小さき橋あり | 伊与田広子 | 
	
		|  | 幼穂はまだ茎の中ふつくらと花粉つくるか出穂を待つなり | 伊与田睦子 | 
	
		|  | 届け度き告げ度き念ひ炎天の暑さにも似て胸を焦がしぬ | 胃甲節子 | 
	
		|  | 早朝に見降す葉陰に見えかくれ風吹く度の白むくげの花 | 近藤映子 | 
	
		|  | 流れ橋渡りてゆけば月のぼり蝙蝠の群飛び交ひてをり | 山本恵子 | 
	
		|  | 金銀の色紙短冊描かれし真塗の水指に梶の葉の蓋を | 近藤泰子 | 
	
		|  | 大木のタブの実に来る小鳥らに飯夷盛塚は真夏日賑ふ | 伊藤八重子 | 
	
		|  | 庭なかにいまだ鳴きつぐ鶯のとぎれとぎれの声の哀れさ | 吉見久世 | 
	
		|  | 炎暑の日もトロロ葵の花咲きてうすき花びら大きくひらく | 大塚武夫 | 
	
		|  | ここに立ち地球の丸さを実感す遥か連山にさえぎるものなし | 新藤綾子 | 
	
		|  | この夏は岩鏡という花を撮りぬ蓼科にても裏木曽にても | 佐々木利幸 | 
	
		|  | 片付けば片付くるほど虚しさの募りて来たり父の居ぬ家 | 杉浦恵美子 | 
	
		|  | 汗流し草取りし後の一休み我に吹きくる極楽の風 | 石黒スエ | 
	
		|  | 浜松より二万三千余歩を歩み新居町駅のベンチに縋る | 平松裕子 | 
	
		|  | わが子より齢若しとぞ逝きまししも残されまししもただ涙なり | 山口てるゑ | 
	
		|  | あそこにもここにも咲ける合歓の花梅雨の晴れ間の木曽路に入りぬ | 山口千恵子 | 
	
		|  | 山畑に挿したるイモがことごとく猿に抜かるる現実となる | 白井久吉 | 
	
		|  | 貰ひたる電子辞書より使ひなれし用字便覧が吾使ひよし | 榊原恵美子 | 
	
		|  | ま青なるけふの空より天照らす光の中を歩めるうれし | 岡本八千代 | 
	
		|  | 三十度三十六度ととどめなし人間のみが「暑い」と告らす | 夏目勝弘 | 
	
		|  | 三河アララギ 平成16年 10月号 |  | 
	
		|  | しみじみと痛みは背骨にこもりをり夜半に流るる涙いとほし | 大須賀寿恵 | 
	
		|  | 手の上に客よりもらふ百円の玉の重さを知りたり今日は | 神谷 力 | 
	
		|  | 久し振りに降りだす雨に向日葵は広葉の重きに傾きゆきぬ | 水口汀子 | 
	
		|  | 夕風に心地良く歩む畦に咲く薄紫の擬宝珠の数多 | 斉藤フジヱ | 
	
		|  | 物干しの高きを仰ぎシーツ干す空に一はけ白雲流るる | 清澤範子 | 
	
		|  | われの影われの身体が動くたび老いの猫背の正体さらす | 北川宏廸 | 
	
		|  | ふる里に帰りて語る媼たち農民ばかりの太指したしき | 林伊佐子 | 
	
		|  | 野の道に乱れ群れ飛ぶアキアカネ日本海を台風ぬける | 夏目勝弘 | 
	
		|  | 夕映えのうすれゆくゆく夕間暮れ新幹線は闇へと向かふ | 今泉由利 | 
	
		|  | 豊川の瀬に躍りゐし鮎ならむ今日の刺身もまた塩焼きも | 白井久吉 | 
	
		|  | 線香をたきて手を合はす墓前におぢいさんは優しかつたと | 石黒スエ | 
	
		|  | わが娘に飯夷を盛らるる幸せを一生しみじみ貧しけれども | 山口てるゑ | 
	
		|  | 受験生の不安募るかいつまでも我に纏はる女生徒の有り | 杉浦恵美子 | 
	
		|  | 清き水湧きて止まざる白川水源われも飲まむよその一口を | 山口千恵子 | 
	
		|  | ふた月が早も過ぎたり風草の秀先はつかに揺れゐる朝 | 小野可南子 | 
	
		|  | 風鈴のたんざくまひまひ廻りをり二つ三つの鳴るはよろしも | 伊藤八重子 | 
	
		|  | 一つ読めば一つ忘れて何一つ覚えずも心に残ることのは | 平松裕子 | 
	
		|  | 秋風が暖簾をゆらし入りて来るローズマリーの強く香りぬ | 新藤綾子 | 
	
		|  | そそぎゆく如露の水に虹たつをただただ見つむ水そそぎつつ | 吉見久世 | 
	
		|  | 幾枚も山百合の花を撮りて居り満光寺へ行く道に腹這ひて | 佐々木利幸 | 
	
		|  | はらからの三世代集ふ本堂に経本読みし幼子の声 | 近藤映子 | 
	
		|  | 新しき私の部屋の十帖に時代思はす箪笥の並ぶ | 近藤泰子 | 
	
		|  | 軒までを張りたる網に朝顔の紫ひと色作業場の窓 | 内藤志げ | 
	
		|  | 苦しみも痛みも心煩へば頭痛に胃痛に腹痛となる | 胃甲節子 | 
	
		|  | 物忘れ日毎増しゆく人と居て炭坑節だけはしつかり唄ふ | 青木玉枝 | 
	
		|  | 土用の鰻夏越の餅も吾食みて病の癒えるを只に祈りぬ | 中井美恵子 | 
	
		|  | あらかたは虫に喰はれり前畑の吾の播くきたる時無し大根 | 半田うめ子 | 
	
		|  | 同じ時間同じ車の通る道徳衛の道に高砂百合咲く | 阿部フミコ | 
	
		|  | 立ちこもる暑き日射しに落ち続く猩々柿の未だ青き実の | 伊与田睦子 | 
	
		|  | 紅の五弁小さし花火草夕べの庭に一つ咲きをり | 弓谷久子 | 
	
		|  | 目覚むれば台風止みて静かなり小鳥の鳴き声陽の射してをり | 伊与田広子 | 
	
		|  | 網戸より入り来る風に折りてゐる包み紙とばぬ程よき風なり | 大塚武夫 | 
	
		|  | 庭先に摘みたる紫蘇の匂ひ立つ仏迎へし早き夕餉に | 小野田てる代 | 
	
		|  | はしり穂の今だ見えざる田の面を遠き台風の風渡りゆく | 榊原恵美子 | 
	
		|  | 暁の窓のしらみの心地よし雀の鳴かぬ朝は淋しき | 足立とよ | 
	
		|  | 紫にならび咲きゐし布袋葵たつた一日の命なりけり | 河原静誡 | 
	
		|  | 海も空もけふひと色の海がすみここに今ゐるわがひとりごころ | 岡本八千代 | 
	
		|  | 三河アララギ 平成16年 11月号 |  | 
	
		|  | いただきしスダチを皿に盛り上げてその傍に吾は坐りぬ | 大須賀寿恵 | 
	
		|  | 男らしさ女らしさのらしさとは言はるる側に少し厳しい | 北川宏廸 | 
	
		|  | 新しき胡瓜茄子を加へやる鈴虫清しく一夜なきつぐ | 中井美恵子 | 
	
		|  | 若き日にうどん作りし右手なりしびれ残るを抱きて眠る | 神谷 力 | 
	
		|  | しばらくを取らず置くなり増え続け清しかりけり露草の花 | 半田うめ子 | 
	
		|  | ふかぶかと椅子に坐りて時の過ぐ空だんだんに青み増し来ぬ | 水口汀子 | 
	
		|  | 西浦の岬も渥美も煙らせて二百十日は秋風たたず | 青木玉枝 | 
	
		|  | 秋蒔きの野菜を間引く昼ひなか今年の夏がもう懐かしき | 林伊佐子 | 
	
		|  | 同年の友等と語る物資なき時代の苦難乗り越えなつかし | 斎藤フジヱ | 
	
		|  | 寝返りを右に左に打ちつつも夫の痛風の献立思ふ | 清澤範子 | 
	
		|  | つくつくと天に向かひて真直に伸びし彼岸花の緋の色まぶし | 阿部フミコ | 
	
		|  | アンデスの雪の高嶺にまず届く今日のはじまる今日の朝の日 | 今泉由利 | 
	
		|  | 虫の音はなにもなき如にぎやかに地震のすぎし庭一面に | 榊原恵美子 | 
	
		|  | 晧晧と伊勢屋の軒灯が映り居る水溜りあり幾枚も撮りぬ | 佐々木利幸 | 
	
		|  | 去年見し蛙と見ればいとほしさにたっぷり水を潅ぎてやりぬ | 吉見久世 | 
	
		|  | 母の墓誰も来ぬのか人気無き墓苑に暫し我ひとりきり | 杉浦恵美子 | 
	
		|  | 車椅子押されて巡るコスモス園迷路もたのし花の道ゆく | 大塚武夫 | 
	
		|  | 透き通るペットボトルの糸瓜水持ち上げて見るその真清水を | 内藤志げ | 
	
		|  | 御堂山の頂きのとがり鮮やかなり台風過ぎて九月となりぬ | 弓谷久子 | 
	
		|  | 小作より返されし田を守り来て今はその地に建ちし家に住む | 近藤泰子 | 
	
		|  | 朝々に一輪二輪と白き花今日一斉に咲く玉すだれ | 近藤映子 | 
	
		|  | ぽつぽつの雨粒たちまち条をなし激しくなりて景色のみえず | 伊与田広子 | 
	
		|  | 田に添へる一本道を歩み行く規則正しく稲穂の垂るる | 山口千恵子 | 
	
		|  | 海山を真赤に染めて沈む陽よ明日も静かな日である様に | 石黒スエ | 
	
		|  | 日の暮れて忽ち冷ゆる窓を閉づ老いの身沁じみ秋は来にけり | 伊藤八重子 | 
	
		|  | 台風の雨音聞き居り薄暗き庭の木槿の白花ゆるる | 新藤綾子 | 
	
		|  | 僅かなる眠りよりさめたり午前か午后か分からずして一日の長し | 山口てるゑ | 
	
		|  | 病院の予約日を記すカレンダーに酔芙蓉の咲く数記入してゆく | 胃甲節子 | 
	
		|  | 一ときにて雨は止みたり風いでてみかんに宿る滴を散らす | 小野田てる代 | 
	
		|  | 大根を蒔くつもりにて来つれども蒔かず帰りぬ暮るるに早し | 白井久吉 | 
	
		|  | 寝てゐてはいけない歩けよと結論は同じ腰痛癒えず | 伊与田睦子 | 
	
		|  | 玄関に嫁の好みの麻のれんはつかに揺らし秋の風通る | 足立とよ | 
	
		|  | 点滴の一滴一滴見詰め居り後数滴を待つはながかり | 河原静誡 | 
	
		|  | うす雲を透すまあるき月光に秋明菊の白き二花 | 平松裕子 | 
	
		|  | ブルームーンの明るき光を遮りて空の黒雲速く流るる | 小野可南子 | 
	
		|  | 秋の日の一日一日のすぎにつつ今年はなどかさびしくてならぬ | 岡本八千代 | 
	
		|  | ガラス戸の高きに移りしカマドウマ細き細きヒゲのさゆらぎ | 夏目勝弘 | 
	
		|  | 三河アララギ 平成16年 12月号 |  | 
	
		|  | 欄間より五色の光となりてくる十月尽の朝の陽まぼし | 大須賀寿恵 | 
	
		|  | 十五より親をはなれて働きし吾にきました敬老の日が | 神谷 力 | 
	
		|  | 物干しの下の秋明菊咲き出しぬ干す所を変へやう明日からは | 山本恵子 | 
	
		|  | 万葉を学びし友の作りたる美味し美味し味噌のしそ巻 | 半田うめ子 | 
	
		|  | 八階のホテルの部屋より見渡せば太平洋を結ぶが浜名湖 | 伊与田広子 | 
	
		|  | 秋を惜しむ昨日が遠き日のやうに今日の短き秋の日惜しむ | 北川宏廸 | 
	
		|  | 落栗を拾へば心みたさるる秋の山径踏みしめてゆく | 青木玉枝 | 
	
		|  | 木犀の蕾ぽつぽつ開ききぬ塀の向ふの隣の庭に | 清澤範子 | 
	
		|  | 槙の木に絡む糸瓜の花咲きぬひと日に終る黄のあざやけし | 林 伊佐子 | 
	
		|  | アンデスの山の風化の色にして赤銅色の川は流るる | 今泉由利 | 
	
		|  | 吉祥の山の頂きまで歩く今日の催し事に加はる | 白井久吉 | 
	
		|  | ま白にぞ今朝開きたる酔芙蓉またも近づく台風の雨 | 山口千恵子 | 
	
		|  | 何音も人声も何も聞へねば心平穏なり胸おだやかなり | 山口てるゑ | 
	
		|  | 席の空く閑無き程呈茶席音羽の人等抹茶を嗜む | 近藤泰子 | 
	
		|  | 見降しの川面は見る見る幅拡ぐ泥流は音を高め流るる | 近藤映子 | 
	
		|  | 作手には熊出没はなけれどもイノシシ夜毎田畑を荒す | 阿部フミコ | 
	
		|  | 曲線となりし畝には曲線のままに緑の清かに生うる | 吉見久世 | 
	
		|  | 履きなれしショートブーツも磨き上ぐ旅の仕度の整ひにけり | 中井美恵子 | 
	
		|  | バリウムも易々飲めたり心配をせしこと等も忘れて帰る | 新藤綾子 | 
	
		|  | 青紫蘇の僅かに残れる葉の上にオンブバッタを見つけて嬉し | 水口汀子 | 
	
		|  | 冷たいね温かいねと手を繋ぐ二つ違ひの姉と私と | 内藤志げ | 
	
		|  | 幾枚も今日は撮りたり次郎柿の果頂に止まれる青蛙一つ | 佐々木利幸 | 
	
		|  | なだらかな吉祥山の稜線を夕鴉五羽今越えゆけり | 足立とよ | 
	
		|  | 感嘆符六つも付けて結婚の報告メール遠いきダンより | 杉浦恵美子 | 
	
		|  | バーバリー帽老いたる我のこの顔に似合ひゐるかと思ひてかぶる | 大塚武夫 | 
	
		|  | 去年より丈十糎長く裁つ我が手作りのみさとのパジャマ | 弓谷久子 | 
	
		|  | 露草の瑠璃色冴ゆる野辺をゆく大事無くすぐ22号台風 | 伊藤八重子 | 
	
		|  | 籾ずりの済みて運びこまれたる米の袋の高く積まるる | 石黒スエ | 
	
		|  | 諦らめし今宵の名月くつきりと束の間晴れておろがむよろこび | 胃甲節子 | 
	
		|  | 久々の秋空清し西空に五日の月の細く優しも | 伊与田睦子 | 
	
		|  | 大自然の力に逆ひ今日もあり墨染めの法衣をはらます風なり | 河原静誡 | 
	
		|  | 青空を透すばかりの白き雲発掘作業場の我の真上を | 平松裕子 | 
	
		|  | 地下足袋ßのゴム底薄し道の辺の草やはらかに踏みつつ帰る | 小野田てる代 | 
	
		|  | 鱗雲と絹層雲とを窓に見つそれより高きは深き空色 | 小野可南子 | 
	
		|  | 久々に弾く六段の一段もおぼつかなくて早々収む | 榊原恵美子 | 
	
		|  | いづくにかに落つる雨だれの音のするけふも始まるわれの一日の | 岡本八千代 | 
	
		|  | 早々と雨戸を閉ざす家々に雨に湿れる郵便を配る | 夏目勝弘 |