アルゼンチンつれづれ(12) 1979年10月号
農牧博覧会
農牧国アルゼンチンの大行事、第九十三回目の農牧展が、穏やかに暖かく過ぎている冬の日、大きく脹んだパボ・ボラーチョの実が今や爆ぜんとする七月、八月にかけて開かれました。
竹の子が延びきった頃の日本を発って、夏を感じる国々や、赤い線は引いてなかったけれど赤道を通り、輝しい太陽の船の旅を終え、どんより曇った寒い冬。言葉も住いも定まらず、孤独と心細さに消えてしまいそうになっていた。着いたぱかりのアルゼンチンで、第八十回目の農牧展を観て、大した豊かさの国に流れ着いたという思いは大きかったのです。
つやつやの毛足が長い、自分だけでは歩けない程太った牛が、ガウチョ(牧童)に支えられるようにしていたこと、毛糸作りに凝っていた当時、外側の薄汚れた毛を分けると、あまりにも長く白くぎっしりの羊毛をもつ羊がいることを知り、アルゼンチンの人々を掻分けて垣間見たガウチョの荒馬乗りの、なんて妙なことをすのかと思ったこと等ビルの建ち並ぶヨーロッパ的な町に着いて、まだ知らなかったアルゼンチンの広がりを思った最初のの時でした。
毎年期間中、何度となく牛や馬や豚を見たさに通いました。子供達が生まれてからは、いっそう繁々と。動物が、それぞれの専用車に乗せられて会場に連れて来られる始めの時から、ドラム缶に糞を残して牧場に帰って行ってしまうまで、臆病な馬がトラックから下りるのをいやがって暴れるところ。会場で生まれた豚の仔が、親にまつわって乳を飲み、急激に逞しく育ってゆく様、着飾ったガウチョが、これまた銀の馬具で飾った馬に乗る。そのアルゼンチン独特の姿。牛が尻尾を上げると、大型柄を持つガウチョが急いで零れくる物を受け止める。そんなことが見渡せる会場の中の動物臭さが満ちた中で、牛の肉を食べるレストランが大繁盛です。臭い所でよく食事が出来るものだと思ったものの、私達もすぐそこで食べる人達の仲間入りをしてしまいました。牛の種類も、ショルトン、シャロレー等七、八種あります。この日の為にガウチョが共に寝起きして磨ぎ上げた、一トンもある牛がずらりと並ぶのですからみごとです。品評会があります。入賞した動物はリボンを付けて、世話をしたガウチョの得意気な顔。続いて売られてゆくセリです。今年は、ポリー・エレフォー種のチャンピオンになった種牛が、日本円にすると二千五百万円程でセリが落ちたと話題になりました。こんなに高価な牛は、年を取って歯がすり減っても入歯を入れられて、長く働かされるのでしょう。その為の牛の入歯屋も展示をしています。
入賞した動物を参加させて、麦の穂、砂糖黍、ブドウ等を祭壇に供え、青空の広場でミサが行われます。私達は欠かさずに出席しています。会場で生まれた仔牛がミサの間じっとして居られなくて、ガウチョに叱られているのがほほえましかったり、いろいろなハプニングのともなうミサです。私の子供達も歩けない頃から参加して、今では人々と一緒になって讃美歌を歌っています。一年ぶりに逢う人達とあいさつをしたりの社交の場でもあるのです。ミサの最後に、季節はずれのブドウの房をいただくのが楽しみなのです。
伝書鳩、兎、七面鳥等の鳥類類、ミンク、チンチラの他には、牛の乳をしぼる機械、農耕機、民芸品、毎年同じようにくりひろげられる展覧会も、その年々の景気を反映し、時の政府の方針、諸々の時世を感じつつ、確実に私のアルゼンチンでの思いを重ねてゆくのです。
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