アルゼンチンつれづれ(246) 1999年05月号

「地球にてU」

 今泉由利歌集『地球にてU』をご恵読、ご講評いただきました。
 鮫島満様(歌誌「月虻」代表) この一冊は、作者の自在な精神が自在な表現によってうたわれた、趣向とのびやかなリズムに満ちた歌集である。
○ロッキーの真白き雪山続きつつ明り見え始めて山脈は終る
○飛行機の窓にやさしき丸み見ゆ丸き地球のほのかな丸み
○元旦を二日に延すたくらみにけふまたジャンボジェット機に乗る
 まず第一には、歌われた世界のスケールの大きさを言わなければならない。かつて昭和四年に斎藤茂吉は日本の山河の上を飛んだ感動を「虚空小吟」約六十首に詠んだが、その異状な緊張感に比べれば、今泉さんのジェット詠は余裕そのものから生まれているといえる。
○子貝川と五行川と鬼怒川と利根の支流をうろうろうろ
○日本海の雪どけ泥のつきたるままのブーツを気にして青山通り
○新幹線に三百キロを乗り来たり東京と同じゴシップしてゐる
○大和なる田圃道にて抜ききたれるまろまろ野蒜の掻玉スープ
○かどのとれたる石ゴロゴロに添ひ下り大いなる木曽の川となるまで
○ダニマークまで温度をあげて私のベッドやうやく温し右足左足
 発想にこだわりがないからだろう、おのずから定型を崩し、文脈を乱し、文語口語を混同してゆく。そして、言葉は飛躍の中に放たれる。これがこの歌集の第二の特徴になっている。
 第三には、飲食の歌にすぐれたものがあることだ。
○駒形のどぜうにはどぜうにむく酒あり桝にて飲みぬ一つ角より
○山桜の樹皮のつやつやのぐい呑に地酒を満して秋田にゐたり
○霜降り茸を醤油につけて焼きにけり今宵は砥波の地酒のありて
○春菊の緑よみがへる鍋を囲み七つの杯に奈良の地酒を
○物の名にまず飛騨とつく高山にて飛騨の匠と飛騨の地酒と
○大いなる羊蹄山を濾しきたる水はたちまち京極の酒
○蔵王山に積りし雪の伏流水の酒を飲みたりこんにゃく食ひたり
 作者の行動範囲は極めて広い。外国のことはさておき、国内でも北から南まで海から山までこまめに歩き、そこで美酒佳肴をあやまたずものにしている。この作者の歌には趣向を凝らしたものがときに目につくが、こと酒の歌の場合にはそれがみられない。案外、これが作者の本来の表現なのかもしれない。
 第四には、おそらく誰でも気付くことだと思うが、対句的表現やくり返しの多いということがある。
○柊の赤き実のなりてアララギの赤き実もなるボストンの街
○紅梅は幼き実となり白梅も幼き実となる毎日の道
○バケツ一つの田植を終へて背伸びするわが一椀に足らざる田植
○つぼみだけの朝顔並ぶを見て歩む朝顔の花は明日の朝咲く
○パンの実の料理方法を聞きておりパンの木にまだ実の成らずして つづく

 
 

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