アルゼンチンつれづれ(287) 2002年10月号
パソコン・スクール
あまりに暑い日々。炎天下に外出しなくても用が足る方法とは!これは、もうパソコン、Eメール、インターネットの現代に、自らを繋げなければ、やっと切羽詰まった気持ちになった。
ニューヨークにテロリズムのあった時、電話は通じなくなり、携帯電話もだめだった。「でもEメールだけはだめにならず、外国からのメールが届いた、だからお母さんもEメールをはじめて下さい」。と言われていた。もう五年もたってしまったけれど、由野が忙しくなかった時、私の短歌のホームページを作ってくれた。月々の短歌もニューヨークから操作してくれていた。由野が忙しくなってしまい、「もういいから」。とホームページは放りっぱなしになった。
このままでは、私は生きているのか、死んでしまったのかもわからない。自力で何とかしなければ、とも思っていた。
日本のみならず、外国の友人達にも、私からの便りをしたい。
電話線工事の人がとまどったほどの、はしりだった以前の設備は、今の需要に適さなくなっている。御払い箱にせざるを得ない。そして最新、高性能機種が我家にやってきた。説明書を読んではみても、幼児向け風の様相であり、情けない気持になってしまう、けれど、わからない。
パソコンスクールに通うより仕方がない。そして、ステンレス系ではない、居心地の良い、パソコンの事に疑問はまったくない先生に助けられることになる。
はじめは、自作の短歌をパソコンで横に打ち出す作業に慣れようとする。教室のパソコンは、旧かなを教わっていないらしく、変換をしても出てこない。一字ずつ打ち込み、自分流に旧かなを作る。手書きをすれば、すぐ書きあがるものを、時間をかけて。
次は、インターネットで目的のことを目的どうりに辿ってゆくと、こと細かに対応してくれ、調べものは大きな重い辞書をひもとかなくても、どんどん資料が集められる。
地球上のどの国のことも、日本の津々浦々、この小さなパソコンの中から自由自在。
Eメール。そんなこと私はやらないんだ、と決めていた、出来る設備がととのってしまったから、世の中に参加するのも悪くないと思いを変えた。
練習は、まずニューヨークの由野へ。拙なくパソコンに“Eメールの私のアドレス”を打ち出し、“送信”をクリックし終えると、すぐ、「ワーイ、おめでとう、これから毎日話せるね」と返事が帰ってきた。「これは、おめでたいことなのだ」とびっくりする。
かくして、玉由と由野の生活に密着することになる。
「隣りの犬が寂しい声でなきやまない、かわいそうだから吠えてあげたら、ちょっとおとなしくなった」「YOGAのクラスから帰ったところ」「今から会議」「友達と食事に行ってくるね」。ニューヨークが寝ている時間だろうが、外出中であろうが、こちらの都合でメールを送っておけば、すぐ見つけてくれ、すぐに返事がかえってくる。
玉由が友人に「親からEメールが届いた」と自慢をした。そしたら友人は「うちの親からは、もう二年も前からくるよ」と言われたと。「おおかたの友人の親はまだホームページを持たないから、お母さん負けるな」。自力で自分のホームページを作ろうとしている。
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