アルゼンチンつれづれ(20) 1980年06月号
アルゼンチンでの日常
日本の三、四倍、世界の最たる物価高国と成り上った?アルゼンチンで、我子が「毎日お肉でもいいよ」と気をきかせて言う程に牛肉だけは日本の十分の一くらいという安さです。この国の人々から牛肉を取り上げたら、その恐しさを十分知った上でのなりゆきなのでしょう。移り安い国の動きに、いつまで今の状態が続くのか。記録に残る程のことでもなくすぐ通り過ぎていってしまう事なのか。日本、北米近辺を見てきたばかりの目には、無用に高価で、品質の悪いアルゼンチン製品にはなじめず、そんな中で、より実質、効果的な物を選んで生活する他はありません。
アルゼンチンの人達からよく質間される我家の食習慣は、朝食は、起きるのが辛い子供達は、紅茶は飲みかけだったり、ご飯に味噌汁かけ、クロワッサンの子もいる、と五分か十分間の出来事で、寄せ集め、残り物、気分次第というところです。夜食は、酢の物、煮ころがし、漬け物、納豆、汁物等を基本とした歴史に置いてゆかれたような日本風です。 午前中で学校を終える子供二人と、食事のあとすぐ始まる子供達のギターと英語のアルゼンチン人の家庭教師と、私との四人の昼食は、パラグアイ人のお手伝いさんがいた八年来の習慣通りアルゼンチン風です。ミラネッサとは牛カツで、昧覚の幅の狭い外人の子供が遊びに来ても、これさえ出しておけば間違いないという食物。付け合せはポテトフライもしくはマッシュポテト。もちろん一番手間のかからないものの、焼き方が難しい一人前五百グラム級のビフテキもしばしばです。我家では凝ったことはせず塩味だけ、それに焼き上りに醤油を一、二滴。ほんの外側だけ火が通って、中は生でないといけません。鰹の叩と同じです。中まで焼けてしまうと子供達からも苦情がでます。そのままが一番おいしくて、時には生姜醤油、セロリ、玉葱、マッシュルーム等で作るソースで気分を変えることもあります。超大型ハンバーグをじゃがいもなどとり合わせてオーブンで焼くとパン・デ・カルネーとは肉のパンの意味です。
姿のままの鳥には青リンゴを付け合わせにしてやはりオープンで。エンパナーダは、姿、大きさが餃子の王様みたいなもので、小麦粉をねった皮の中味は、普通ひき肉、ゆで卵、ネギ、オリーブ等ですが、工夫次第で何を入れても良く、これまたならべてオーブンで焼きます。気軽にお客様を迎える時は「エンパナーダですけれど」などといってお招きします。まだまだいろいろありますが、だいたい大きく用意して、オープンに押し込むというのがこちらの主なる料理方法です。
これら主食の他に、私は毎日牛の骨付き肉だったり、鳥の丸ごとだったりに、ネギ、セロリ、ニンニク等を入れてのスープ作りの大鍋のあく掬くいが仕事です。それに生の人参をおろしたのと、形もさまざま、泥もついているけれど太陽のトマトのサラダは感嘆詞つきでおいしい。日本滞在中に同じ様にして作った時は、人参もトマトも味が違うといって全然食べてもらえませんでした。
八十キロを越す体重の二人のお手伝いさんにかわり、子供達から「おかあさんは掃除もお皿洗いもマルガリータより上手なんだね」と褒められながら、母の「乗り物に乗って出かけてお金を払って運動をしなくても、相応の動きが家の中にいっぱいあるのに」ということばを反復しつつ、何でも売っている日本で、弟嫁が、うどんを捏ねて食べさせてくれたあのあったかい感激。
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