アルゼンチンつれづれ(29) 1981年03月号

スペイン・トレード

 子供連れの故、旅先での安心と良き印象で過したい配慮から、新しく行く国の第一夜目は前もってホテルを予約しておくことが私達の旅のたてまえになっています。旅行会社のお仕着せで一夜過した我がジーンズ家族にはちょっと立派過ぎる五つ星のホテルに横着けしたレンタカーに全てを積み込み、地図を持って、さあこれよりマイペース。より我家向の場所を求めて、見学先も、宿る所も。
マドリッドの町はたちまち町はずれとなりゆるやかな起伏がある大地は、耕やされた畦がきれい。冬景色の故か生えている野菜は見当らない。ただオリーブ畑がオリーブ色をして、人影も人家もまばらなトレードヘの道。 今までアルゼンチンの土は素晴しいと思ってきたのだけれど、私の素人目に、ここスペインも豊かに写る。どうして、こんなに綺麗な国土を持ち、人口の少ない国の人々が、こぞってアルゼンチンヘ、南米へ移り住んでいったのでしょうか。不思議な気がしてしまいます。
 コペティンの時にはまずオリーブにとびつくオリーブ好きな子供達に、続くオリープ畑を見せたいのに、後部座席は子供達のベッド。車にも入ってくるスペインのお日様の下にぐっすり寝込んで何も見てはくれない。
 目に写る風景を織り混ぜて、子供達の将来のこと、現在とこれからの仕事のこと、ゆっくり話をする暇のない、常にあわただしい子供達の父親との、やっと獲得した安らぎの時は百キロで走る車の中でたちまち過ぎてゆき、はるか丘の上にトレードの町らしい様子が現われると、もう何が何でも子供達に見てもらわなくてはなりません。「起きなさい。」 道端に立つ看板より、子供連れで行かれて、本格的スペイン料理コチニージョ(仔豚の丸焼)を「かわいそう。」などと言わずアタックすること、その時に飲むワインの銘柄など、話題はだんだん現実的となってきます。 戦いの多かったヨーロッパの地形をまざまざと思い起させられる。はるか足の下の、流れの速い河に囲まれた、聳え立つ教会を中心とした城塞。歴史の本の中へ入ってゆくようなトレードの町。どこもかしこも石が積み上げられて出来ている。そのどこに、ここに、私の子供達が立つ位置は、ぴたりと決ったうれしさです。
 「綺麗なバスとトイレのあるところ以外は行きたくない」という私の我儘は貫き通されて、城塞の一郭、子供達が「お姫様になったみたい」とはしゃぎまわる。正しく日本的ではない、時代物のホテルを探し当てました。 車も荷物もホテルへ置くと、身も心も軽くなって、自らの足でもって城塞探険です。
 細い石畳が迷路と入り組むトレードの町を上り下り、坂道、石段、人々の住居、町の営み、剣の工場、金細工、古さが偲ばれる全て。迷子になりそうな、夕刻のトレードの人々に混りお茶を飲む。学校帰りの子供達が我子に声を掛けると「オーラ」と答えている。
「おいしそうな生ハム」とハム屋をのぞく。「お菓子の形もアルゼンチンと似ているね。」
 マラソンで自己記録を更新しての褒美や、「歯が抜けると鼠がお金を持ってきてくれる」とのアルゼンチンの言い伝えによって、鼠さんよりのものなど、この日の為にと溜めておいたお金を持って、おみやげ屋で思い出になる物を探す子供達。自分の意志で、自分の言葉で、七才と九才の私の娘達が、今日初めてきた土地で困っていない。そしてその感想は「デズニーランドよりずっとおもしろいよ。」

 
 

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