アルゼンチンつれづれ(101) 1987年03月号

“安全”を買う

 「どうして、こんなにだらしのないことをするの?いくら急いだって引き出しぶちまけることないでしょうに!」とは、新しい車が我家の生活に加わり、皆で揃っての外出、帰宅時の私のいつもの小言です。「そんなひどいことしないよ」「え!じゃあ!わ!泥棒が入ったんだ!」
 やっと引越荷物が各々の所に収まったばかりだというのに、この家中の大騒動。
 「腰ぬけた」とも言ってはいられない。「どうせガラクタばかりで金目の物なんか無い家なんだから、こんなに荒すことないのに!」「ラジカセがない」「ワープロみたいな難しいのは持っていってないよ」「程度の低い泥棒だよ」「メッキばかりだったけど金色をした物みんな無くなってる。本物も二つくらいはあったのに!」「日本へ出す手紙用の切手沢山買い込んだのに、一枚も残ってない」「何が無くなってもいいけど、誰も家に残ってなくてよかった!」「やだ、壁にデカイ手の跡が残ってる」「汚い手で全部の物にさわったんだ」「我家にこんなナィフあったっけ?」「恐い!!泥棒が忘れてったんだ」「英語で泥棒って何て言うの?辞書、辞書」「こういう時は、どこに電話をすればいいの?何番?」
 庭に面したリビングルームが大きなガラス戸になっていて、そこをこじ開けて入ったのでした。この家に決めた時から、そのガラス戸の大き過ぎるのが気になっていて、何とかしなければと思っていた矢先。この辺、どこの家も、直接ガラスが外と家の中との境界で「治安がいい地域なのだ」と思っていたのに。
 次の日、我家の前にパトカーが止まり、警官が二人来てくれはしましたけれど、指紋を取るとか、泥棒をつかまえるとか、具体的なことは、とても手が及ばないという感じで、破害状況を聞いてくれただけでした。忘れ物のナイフは申告、提出しました。テレビに出てくるようなカッコ良いお巡りさんでした。 ほとんどの家で犬を飼っているのも泥棒対策なんだとうなづける。我家は犬は飼えないから、24時間センターと直結したセキュリティシステムに加入しよう。
 斯くして我家に四ヶ所赤い灯がともり、火災、急病、緊急……いかなる異状もキャッチしてただちに処置をしてくれることと相なり月々の経費を払い“安全”を買いました。
 車に関しても、私が運転をしても良いだけの保険に入り、ということは“安心”を買ったわけで、要するに、お金だけに守られて生きているというわけです。
 カリフォルニアで生活を始めてすぐサンクスギビングがあり、子供達は七面鳥を食べるパーティーに招かれてゆき、私はその送り迎え。クリスマスも、お正月に至っては、ニューイヤーイブから寝袋を持ち寄ってのパーテイーとかで、外国に来ちゃったんだからせめて日本風にと何日も心がけて作ったお節料理もお雑煮もいったいいつ皆揃って、なんてことが出来るのかしら……早々と私は一人だけで、諸々の行事の日を過すということを知らされ、「楽しかったのよ!時間が止まってしまえばいいと思ったの」というのを聞く係り。新しい土地で、もうこんなに友達にめぐまれて過ごせるなんて、幸せな子供達。
 大急ぎで“安全”を買うことを教えられ、“安心”なくしては一歩も外に出られないことをさとり、赤い灯が守ってくれる家の中で足腰弱らないように、無理に用事を作って階段をかけ登り……。
アメリカの人並の生活がととのいました。

 
 

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