アルゼンチンつれづれ(109) 1987年11月号
アメリカの新学期
「お母さーん、魚と一緒に泳いでいるの」「こんな透き徹った海はじめて」「家から見えるのと同じような兵隊服模様の山とパームツリーのほかは何にもない所だけど、すごい夏休みしているよー」玉由の友達一家が誘って下さってキャタリナ・アイランドの幾つかしか無い公衆電話からの報告です。
友人宅所有のキッチンもバスルームもあるヨットで過している一週間。またとない経験です。ハリウッドのスターとか大富豪とかがヨット遊びをする所で、まあ私の人生には、まったく関係のない所だったはずのキャタリナから、玉由の実況報告が入る。「アメリカにいるんだなあ」と思う。
「奥歯の詰めてあった物が取れちゃった」とは由野。「すぐ直さなきゃ、お祖母ちゃまも伯父ちゃまも歯医者さんだから日本まで行ってくるといいよ」とたちまち由野を一人で飛行機に乗っけてしまった。
「日本は良かったな」「日本語が聞きたい」「日本の本が欲しい」「ぬれ甘なっと食べたい」……日本のことばかり言っている由野を一度日本へ帰す良い機会とばかりに、「日本へ行ったら、思っていたより違う風に感じられるってこと悟ってくるといいよ」
「友達と原宿に行った、新宿も」「お母さんの友達の絵の展覧会に行ったよ」「皆がお母さんに似てきたねって言うの」「キクさんがびっくりしちゃって、オヤ、マアって、お魚焼いてごちそうして下さった」「代々木の時の家の前通ってみた。日本へ帰るって代々木に帰る気がしてたのに、もうないんだね」「お家の皆にお箸買って帰るね」ピッピーと日本からのコレクトコールが沢山鳴りました。
歯も直り、なんだかちょっぴり大人っぽくなったみたいで帰ってきた由野。
「お母さんがアメリカへ引越すゾーって、何が何だかよくわからないうちに、こっちへ来ちゃって……」とボヤいていた由野も、もうこれで落着いてアメリカ暮らしが出来るでしょう。
そしていよいよ、プラタナスが落葉始めて新学期。
玉由は、誰も知っている人がいない新しい学校へ行くわけで、訳のわからない同志は、始めの服装が肝心と一週間毎日替えてゆかれるように気を配り、学用品をととのえ、期待と不安で混乱していました。「一緒にランチ食べてくれる人いなかったらどうしよう。一人で食べるなんてみじめなこと出来ない」学校に関しては先輩の由野が、「アメリカの子はすぐ声を掛けてくれて、絶対一人になんてなりたくてもなれないから大丈夫」とアドバイス。
「いっぱい友達出来たよ、やっぱりスケートの子達だけじゃない友達も欲しかったから玉由のまわりの席はね、メキシコの子、フィリピン、ギリシャ、カナダ、台湾、それにアメリカの子がいて…。アメリカの子っていったって、二百年ばかりのうちに、この国に早く来たか遅く来たかっていうだけで、まあよくわからないけれど、いろいろ混っているのが不思議じゃないのがアメリカなんだから。皆タバコ吸ったり、おかしなヘアースタイルだったり」「タバコ吸ってる子と友達にならないで」と私。「お母さん、そんなこと言ったら友達一人もなくなるよ、皆吸っているんだから、玉由はスケートしているからタバコはすえない、人それぞれなんだから、いちいち否定していたら何もなくなっちゃう。人は人、自分は自分、その中で仲良く付き合っていくんだから」一段と逞しくなった子供達。
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