アルゼンチンつれづれ(155) 1991年10月号

由野の学生生活・サンパウロの家

 「卒業を前の悪戯。夜中に忍び込んで、学校中を派手に落書きをしたわけよ。その時使った塗料や衣類は、レマン湖深く沈め、完全犯罪のはずがね、一人どじって捕まって、退学になったわけ。卒業一週間前に。それで、今度は、その子はコンピュータールームに忍び込んで、来年度の学校の予定がすっかり消えるようにセットしちゃって……。あの子コンピューターの天才だから学校側驚くよ。こんなこと知っているのは由野だけ……」なんて、変な信用までもらっている程スイスに融け込んだらしい。
 証拠がレマン湖に沈む辺りは、“さもありなん”だけれども、何ヵ月も先立って犯罪?がセット出来るなんて……“えらい世の中になってしまった”と、由野の話に洗脳されたまま、サンパウロ行きの飛行機に乗った。
今までサンパウロには、普通の住まいと、妙なことでわが家の物となった海辺の別荘等があったのだけれど、かすめるように通り抜けてしまっているのに、あれこれ必要無いこともあり、旧を改め、今、サンパウロで流行の方法、出来たての五つ星のホテルのスイートルームを買い取った。そして、ホテルサービスを受けながら住む、というあきれるばかりのなまけ生活態勢を整えた。
家具付き。ベッドメイキング、掃除、洗濯、なんでもしてもらえ。バー式キッチンには、フライパン、鍋等、食器類も備わっているが、家事としては何にもすることがない。
自営で飲みたければ、食事をしたければそれも良いし、ホテルの屋上には、サンパウロの街が360度見渡せるバーがあり、サウナ、ジャクジ、プール、体操室。レストランも幾つか。もちろんコンピュータールームもある。
ホテル内にある駐車場やレストランは、ホテルの部屋を買い取った人達の共同経営みたいなことで、そこでの利益があがれば、自室の維持費などまかなえる。もちろん、もっと儲かれば配当となる。この業務はホテルが当る。何とも頭の良い、わが家に好都合だと感心してしまう。物が沢山あったり、家族というスペースは無いから、所帯ということも完全に無い。
 このわが住まいは、サンパウロの超中心、大企業、大銀行のビル群の中に競って立つから、21階のベランダからの同じ高さ辺りの、あのビル、このビル、向うのビル。の屋上に、朝も昼も夕刻も、大騒音でヘリコプターが離着陸する。サンパウロの空は、夥しいヘリコプターが行き交い、“これは何だ”と叫んでしまった。そして、企業トップの方々の誘拐防止の通勤方法であると知る。
 巨大な夕焼に浮ぶビル群が、これまた巨大に続く。御膳立て良く、ネオン色をピカピカ放つテレビ塔がわが窓に仁王立ち。これはまったく、インベーダーとか、何やらテレビゲームの中に入り込んでしまったのだ。わが家業はコンピューター関係が多いのだから、自らゲームの中に入ってみるのも悪くはない。 サンパウロ生活も長い年月になるから、友人達も沢山居て、招き招かれが夜毎。
 夕刻、テレビゲームの中から抜け出し、友人達の両親の家、母親の家へと誘われ、その息子や娘に紛れ込んで、ポルトガルの古くからの家庭料理や、スペインの田舎料理だったり……噛み締めて、このスペインの母は息子に“これ”を食べさせたかったんだ、と思い当る味、朝から粉を捏ねていたにちがいない味、とっておきの故郷のスパイスが使われた味……賑やかに、暖かく。
 この世の両極端に出たり入ったり……。

 
 

Copyright (C)2002 Yuri Imaizumi All Rights Reserved. このページに掲載されている短歌・絵画の無断掲載を禁じます。