アルゼンチンつれづれ(204) 1995年11月号

マレーシア・シンガポールへの旅

 「せめて夏休みくらいは一緒に過ごしましょう」と、玉由と由野が日本へやってきた。一緒にといっても、私一人用のスペースの家に三人も籠ってはいられない。たった三分ほど歩く駅までの道のりをも思いやってしまうほど暑い最中のこと。「どうせ暑いのならもっと暑い国へ行ってみようよ」「まだアジアの国を知らないもの」「アジア人なんだからアジアを知らなくちゃお話にならないよ」「あの国がいい」「この国にしよう」と言い合ったものの、急なことで、旅行社に問い合せても、「満員になり締め切りました」とか、「申し込み人数不足でキャンセルになりました」とか、お盆あたりの旅行事情はテンヤワンヤ。それでも努力を続けると、「三名様だけ空いております」という「マレーシア、シンガポールの旅」というのに決まった。
 旅といえば、何から何まで自分一人でてんてこ舞をするのが常だったけれど、今度は、ひと塊のツアー客だから、無責任で、ポカンとしていられるのがとても良い。それとは別に、日本式に育っていない玉由と由野が、日本のツアーに順応出来るかどうか気がかりだった。
 マレーシアは同じアジアの国だから、すぐ着くのだろうと思っていたら七時間も飛行機に乗っていた。ほとんど赤道近い。日本よりはるかに暑いと覚悟をしていたわりにはたいしたことはなかった。それより驚いたのは、細い木がズラズラと背高い。聞けば、台風も地震もないという。
 草木の種類は中米やブラジルと似た雰囲気があり、「南半球と北半球と異なっても、地球の上の赤道近くは似ているんだ」
 顔と手と足だけは見えているイスラム風俗の女人たちが行き交い、始めて来た国を新たにする。
 王様の家を訪ねることや、各民族部落の誕生、結婚、そして死、それぞれの儀式を知り……それなりに興味深かったけれど、なんといってもジャングルに夢中になった。
 南米のアマゾン地帯とマレーシアのジャングルで地球上の大半の空気を賄っているという。そのジャングルは切り開かれてゴム園となり、油椰子畑ともなり……所々に赤土が均されていて、日本の企業の進出予定地とか、もちろん出来上って日本の名前をかかげた操業中の工場も沢山見かけた。
 未開を切り開いてゆく……工場を作る……男の人にとっての究極の醍醐味と思われるけれど、私の昔の経験が蘇って……町の中だったけれど、外国で工場を経営して、「まだ生きている」と思ふほど疲れてしまったんだ。 旅ゆく道の辺の小さな家のまわりには、マンゴーやランブータン、パパイヤ、バナナ……とにかくすぐ食べられる果物が枝をたわませて実っており、私のあこがれのパンの実だって、ドリアンも、マンゴスチンも……。
 来ないかもしれない、来たらラッキーというマレー鉄道に乗るためにタンピンという小さな駅のベンチに坐っていた。予定より二時間ほど遅れはしたけれど、列車が来た。冷房が良くきいた車内から、ジャングルの中を突っ走ってゆく景色。スコールは激しく降り、たちまち晴れて、どの木も草も見逃したくはない。
 「よかったね、マレーシアに来られて」。映像で見たり、話に聞いたりしていたことに加えて「本当に見たことって素晴しい。これからは自分の言葉で話が出来るから」

 
 

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