アルゼンチンつれづれ(234) 1998年05月号

家族

 遠く離れ住んではいるけれど、今の私の生活の何から何まで子供達が心してくれてなりたっている。
 私の毎日の制服みたいに着ている黒いジーンズは、リーバイスで、色あせヨレヨレにならないうちに、と玉由や由野が送ってくれる。もちろんサイズは心得ていて。
 上に着るものも子供達の大学のトレーナーやTシャツであり、出掛ける洋服もカリフォルニアやニューヨークからの差し入れが多い。私の年相応の靴を穿いていると「そんなのは駄目」と、子供達に近い感覚のものに取り変えられてしまう。…という具合に、私は子供達から労わられすぎてしまっているから離れ住んでいなければいけないと思う。
 離れ住むといえば、子供達の父親はブラジルの中心街にあるホテルのスイートを買い取って、ホテルサービスを受けながら暮らしているから、家事的なことは何もする必要はない。友人達に囲まれているし、たえず国の内外へと動き回っていて、これからもずっとそういう生活だろう。
 玉由は、地球単位の我家の四人の丁度真中に居るから我家の中心をしながら法律を学ぶ。
 そして由野は、ニューヨークのとても都合の良い、管理人やガードマンがいる安全な所に、適当なスペースで住んでいて、そこでの彼女の生活とは、次々と頼ってくる友人達の便利をはかってあげつつ、出張する友人の猫をあずかり…。何を考えついたのかアクセサリー屋で売子のアルバイトをしたり、頼まれたホームページを作ったり、せっせと日本食や日本酒の飲める所を探しまわり…。自分のアルバイト代ではとてもまかなえないから父親が仕送りをする。
 「一人で、ニューヨークで、大学を出た子に…こんな生活をさせておくべきではない」と父親からも玉由からもクレームがつく。
 「由野の考えがあるんだから、今にきっとニューヨークヘ行きたかった本当のことをするから、もう少し待ってあげて」と私は由野の盾になって庇う。
 私だってニューヨークなんぞに由野を一人おきたくはない。私の全部の時間、「無事に居られますように!」と神様にお願いし続けている。何しろ頑固な子だ、思い込んだらもう変えられない。由野は“自分の人生の仕事”ということについて、彼女の理想をえがいた。その目的に合った職場をしっかりと見据えて探しているらしいことはわかっていた。「探して欲しい」とも、「誰かを頼りたい」とも決して言わない。たえず陽気な電話はしてきてくれている。私も陽気なことだけを言っている。そんな月日が長く続いていた。
 「由野の家から地下鉄で十五分くらいの所にあって、朝早かったり、夜遅かったりする時は、会社の車が送り迎えをしてくれるの。インタビューもとても良い話が出来たし、働く場所も変化があっていいんだよ。服装はカジュアルでいいの。大勢受けた人がいたらしくて、なかなか返事がもらえなくて、もう駄目だったのかなって思ってしまうくらいだったけど…由野に決まったよ」と由野からの電話。
 「由野の難しい理想の所が探せたなんて…偉い。いくらカジュアルでいいといっても、きれいにしてなくちゃいけないよ。すぐ洋服を買いにゆかないとね。あ、それで、何という会社に入ったの?」とは私。「世界のための世界最先端の“CNN"ですよ」。

 
 

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