アルゼンチンつれづれ(242) 1999年新年号
同年代の友人達
本当にびっくりしてしまう。前日一緒に絵を描いていた友が蜘蛛膜下出血で入院した。 自覚症状はなかったという。急に頭がグワッと重く痛くなって、“おかしい”と自分でタクシーに乗って病院へ行った、そのまま手術だった、と。思いあたることは親も妹も同名症状だったということ。彼は、そのことが気になっていたから常に木の実、草の根みたいな身体に良い、というものを食べていた。 私と同じくらいの年齢、過ぎることはせず、体形も余分なところがなくスッキリしていた。
彼にそんなことが起こるのなら、私達にも何時!と皆で滅入ってしまった。
もう一人。一人住いでいる友は道を歩いていて蜘蛛膜下出血でたおれた。道だったから居合わせた人が救急車を呼んでくれた。もし家の中でたおれていれば、しばらく誰も見つけてはくれず手遅れになってしまったことだろう。一人住む私には身につまされる。
幸い二週間ほど入院で現役復帰ができた。「本調子というわけにはいかないけれどリハビリだと思って働いている」と言っている。やはり同じ年代の友。彼女はレストランでビールを飲んでいて脳出血になった。幸い家族と一緒だったからすぐ治療に入れた。けれど半身不随の状態がしばらく続いた。美しく負けん気の彼女は「こうなってはなるものか」と大変なリハビリに励んで一ヶ月余りで杖には頼るけれど一人で歩けるようになった。今しばらく、きっと以前みたいにもどってくれることだろう。
ぎっくり腰。もの忘れ。リュウマチ。脳梗塞。ストレスが嵩じて死んでしまった人。ガンを宣告された友。ポリープができた。…私の同年代の友人達の事情。
「私は、外国で病気になったら大変、と気力でもって今まで何事もなくこられた。今は我が儘を言って一人暮しをしているから病気になるわけにはゆかない。
前に住んでいた洗足池辺りでは、隣りの庭にゴミ焼却機があって、煙がただよってきたり、臭があったから引越しをする気になった。
今の家は、駅から五百歩くらいの所にあって、昔権現山といわれていた山の一番高い所にあるから、出入りにとてもエネルギーを使って良い運動になる。
飲み過ぎのアルコール分も消化してゆくような気がする。アルコールといえば私はいつも「お酒のアルコールで身を清めているから徽菌なんかとりつけないよ」なんて、冗談をいつまでも言っていたい。
心身のストレスというのが万病につながってゆくらしい。
夢中になれることをして余分な考えなんかすっとんでいってしまうよう、私にはクロッキーがとても良い。モデルの三分、五分、十分、ポーズを追って描いている時など、全神経を集中していて何物も入り込む余地がない。そして、気に入った絵が描けてくればもう言うことはないのだが、そう簡単にはゆかなくてもいい。
心よい疲労感でもって空腹を感じ、友人達との会話と共においしい物をいただく。
先人達はどのような絵を描いたのだろうかと展覧会、画廊、美術館へよく出かける。東西古今の作品を見て感じたことは、すぐ自分の絵に反映させる。
絵を描き、物を良く見ようとする工夫は短歌へとつながる。
絵が沢山描けたら個展をしよう。短歌が出来たら歌集を出版しよう。こんな私の生活のリズム、少しでもレベルを高めるよう心して生きていよう。
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