2007年 短歌


12月

心のみまず移り住むこととして13夜の月の明るさ

名月の小さき小さいひとところ気にしてゐたりこの名月の

あるでなしないでもなくしてここにあり私の月の土地の権利書

幾度も月を往復する距離の飛行歴あり月に着きたり

十三夜の月の丸みのその辺り地球の影になりたるあたり

玄武岩の色をしてをり黒々と湿りの海の私の土地

水の無い海といはるる辺りを探すくぐもりもなし十三夜月

人もまた宇宙と同じき成分と宇宙に帰る仕度ととのふ

雨の日も野分の日もめげはせぬ宇宙にあるよ私の場所

自らの心でやうやく辿り着く月の海とふ玄武岩の上

一日を始むる終る繰り返す繰り返しゆくあともうすこし


11月 プラスとマイナス

ゆらぎゆらぎ宇宙形成始まりのプラスとマイナスここにもゆらぎ

プラスへとマイナスへとゆらゆらぐ宇宙のはじまり諾はむとす

無理のなくやさしく育ちしオクラの果実進化の末のカーブをもちて

淡黄にオクラの花は咲き極むその花ひとつ淡淡く食み

ペクチンとムチンというも内にもちオクラの花はトローリ食みぬ

エコロジーな夜の空間埋め尽くし羽虫とびとぶ蝙蝠もとぶ

虫たちに譲りし秋の高原は網戸越しなる小さき夜空

極まれる九の数字をもうひとつ重陽という今日の一日

普段日の心は晴れに変はりゆく一献の酒菊の香のあり

朝な朝な口にふくめるひと匙の蜂蜜にあり五味といふは

大声に呼び戻さるる坂の道ウメバチソウのこんなにも白


10月 ホモ・サピエンス

ぽこぽこの高層雲に券雲の淡き影ありその雲の上

すっぽりと地球を覆ふ巻層雲白白突き抜けタイ・バンコク

蛇行する茶色の川のチャオプラャー今日の流れの流れに寄りぬ

蓮の花抱きてゆけるひとのありそんなひとに私もなりたい

王様のポートレートに出会ひつつタイランドを駈け抜けてゆく

うずたかく供華の花花積みあげて仏にも似る花造り人

面長の仏様にも似る顔のタイの人々行き交う町を

天を向く金と宝と極彩と高層ビルに紛れてバンコク

シャムといひし時代のことも偲びたり合掌と合掌と笑顔と笑顔と

金色に光り輝やくお釈迦様たをやかにたをやかにリクライニング

寝仏に添ひつつゆきぬ四十六メートル螺鈿の指紋の御足に会ひ

御前を四十六メートル御背中を四十六メートル涅槃御仏

タイびとと日本びとと体温の伝はり合ひぬホモ・サピエンス

ゆらぎゆらぎ

宇宙なるゆらぎゆらぎのはじまりの進化の末の今日の日暮るる

死ぬといふ未来を知り得てやうやくに人間としての定義にかなひ

白樺のひと葉ひと葉にひとしかり白露の風の吹き渡りゆく

はじまりは甲武信岳のひと雫千曲川の流れを渡る

アフリカの原産名のオクラにて何時の日よりか日本のオクラ

五角して少しカーブし産毛ありエキゾチックなオクラの果実

ペクチンとムチンというを含みもつオクラの果実まづは描かむ


9月 野菜曼荼羅

はじめての和菓子街道まず鶴見よね饅頭のきめこまやかさ

茄子紺のナスニンとふ成分を喜びとして茄子のしぎ焼き

庭に咲くトロロアオイのたをやかさ花びらの色今日は着てゐる

三つめの眼に見ゆるは何ならむ愛染明王その御前に

十八の時に自らし立てしを十八歳にもどりて浴衣

頑丈に太くし描きぬ蓮うてなつぶれぬようにまがらぬように

苦を楽を共にするかのそのやうに今年の蓮は華やかに描く

黒皮の栗かぼちゃ一つ真中にし野菜曼荼羅描きすすみゆく

来迎の印に諸手を結びつつ父にまみえる母にまみえる

FAXのかすかな音にはじまりぬ船宿あみ武花火の誘ひ

潮の香は背よりきたる隅田川たゆたひたゆたふ屋形船の辺

球として空に上がりし火の花を平面として隅田の花火

限りなき美と喜びと驚きと化学の色を岩の絵具に


8月  茅輪 虫喰ひ

ちとせなる命を願ひてもみたり緑束ぬる茅輪をくぐる

素戔鳴の尊の由来につらなりぬ濃緑色の茅輪をくぐり

神主の祓ひの串のそのとほり左右左茅輪を行き来

もうひとり心にありぬ潜らむよ茅束ぬらるる神に入りゆく

まん丸の茅輪をくぐるひとつ影ふまないやうにおくれぬやうに

ふっくらと表面張力こぼさぬやうに神の御酒は神の御前に

水無月の最後の日とてしめやかに神妙にして茅輪をくぐる

ここよりか区別大きく神の域紙垂幾条か風にゆらげる

稲妻の形してをり紙垂真白ここよりか神神様の域

小仏の関所跡を過ぎてよりまるまる重なり木漏れ陽の道

登りゆく登る速度に丸丸の赤赤赤い蛇の苺の

太古なる堆積地層の収縮の傾く角度になりてもみたり

初々し若葉広ぐるウバユリの今日は出会えぬ今年の花に

小仏の小仏川となる小川せせらぎ見ゆるせせらぎ聞こゆ

虫喰ひのキブシの葉っぱも混じりをり煎じ液に木綿を沈む

穂のやうな淡黄色の小花立ち今日より正しく十薬の花

午後の陽の欅若葉の影を追ふ移ろひはやし刻々はやし


7月  太陽系ウォーキング

武蔵野のエゴの花白々咲く道はアインシュタインの塔へとつづき

縮尺は百四十億分の一いっ歩いっ歩を太陽系ウォーキング

太陽より土星に向きて歩みゆく百四十億分の一ををかしむ

星星を結び繋ぐる線を引きやうやく見付く琴座のベガを

武蔵野をエゴノキの花白白と見上ぐるも白見下ろすも白

遠遠し私一世に行き着かぬ宵の明星めざして歩く

宵はやく光おほきい金星の方向にあり私の家

おお父と父と私と繋がりぬタモの木無垢材テーブルとなり

どうしてもなくてはならぬ呼気吸気今日は若葉の武蔵野の風

雨風に晒され晒されさざれ石これまた宇宙宇宙を一個

雨降るも花咲くことも検索しインターネットの範囲うろうろ

一つ二つ咳にも効くと表示して芍薬の花背高く咲きぬ

数式に解き明かさるる野菜とてカリフラワーを描けり食せり

ひと鉢の土に埋むるひとつ種大草原のアルファルファを

花咲かの爺を手伝ふ掌の真黒き種は朝顔ですよ

ひとにぎり真黒き種の朝顔に私のぬくもり伝へて埋む

人を指す指にてつくる土の凹一粒置きぬ朝顔の種

去年来しDNAの蜂ならむ霧島つつじの今年満開

蛇口よりほとばしりくるこの水よトトロの森へきのふゆきたり

慣れっこの心壊して赤白の斑入りのバラの花の咲きゐる

残さるる日々の少なくなりしこと丁寧に丁寧に抹茶を点てる


6月 遺伝子

遺伝子の三十二億個をもちをりぬ三十二億個健やかに今日

紫を少し混じえる海の色深くにゐるか透サクラエビ

けなげなに生命なりけり桜えび透明にして朱を秘めもつ

白波の少し立つ立つ駿河湾桜えびはこの波の下

青紫淡い紫赤紫銘仙模様に芝桜咲き

ごつごつの冬木桑の木立つところ銘仙の里へ分け入りしこと

自らの心の中に一反の銘仙織りつぐ織りあぐるまで

コンニャクの大玉小玉並ぶるところあと二十分を待ち待つところ

地球なる三億年はたやすかり宇宙のことを聴きゐるときは

神籠る山の神々追放し山削らるる武甲の山の

瓦葺はコンクリートと変貌す低くしなりぬ武甲の山は

色色のバイオテクノロジーの花の色虫の寄りこぬ蝶々のとばぬ

三億年かけて巌となりし山削り尽くさる日の近づけり

ゆっくりとゆったりとゆく武蔵野はタチツボスミレのひと原もあり


5月 つつましく

朧朧の宇宙のなかにつつましく守りてゐますひとつの鼓動

ひととして生きる仕組みの備はりて穏やかに脈穏やかにうち

星ひとつ小さくい出し夕まぐれ幾光年かキラリまたたき

核融合エネルギーのかがやきを見上げてゐたり星星の夜

星々の星屑よりか生れしこと私の命のルーツの聞こゆ

グチグチと心の様を聴きをりぬこの人もまた星屑の人

不可能はまだ残りつつ可能とは138億光年をいふ

五十億年未来に太陽死にゆくと心配するといふにはあらず

宇宙なる果てより遠く思はれて九州へゆきにしひとり

五億年いともたやすく掌に三葉虫は石と化しをり

億年を埋もれをりたり三葉虫生きゐし姿のそのまま化石

幼子のひと握りほどデパートのつくしを買ふかつくし買はぬか

掘り取りし地球ひとかけ黒き土つくしが五本生えてゐる土

植木鉢につくしつくつく伸びはじむ共に過ごさむつくしの一世

金寂びし阿弥陀如来の御前につくつくつくしひともと立つる

跳ねる死ぬ凍るもありぬ数多数多命の見ゆる築地市場

ためらひは無きかにみゆる処理といふこと成されゆく魚の命

マンボウのスペイン語名わからずして話題乏しくマンボウの前

ズイズイズッコロバシ宇治川は澄めり豊めり速く流るる

平安のときに入りゆくシャリシャリと玉砂利踏み締む踏み締むる音

しっとりとしっとり苔むす宇治上神社何思はざる時の過ぎゆく

注連縄を纏ふ欅の大木よまろまろまろし光こぼるる

木漏れくる午後の太陽筋なして桧皮の屋根の新苔のうえ


4月 宇宙

あまりにも遠い広い時差大きい諦めにもにて宇宙のひとり

ひととして無理かと思ふはるかなる宇宙の果てを思ほふること

無意識のまにまに通りゆきしやもニュートリノといふを意識し

音無くて通りゆきしかニュートリノ見ゆる限りの何事も無く

確実に眼には見えざる物質の操作をするといふを聴きをり

難解は難解のままを良しとせむこのごろ増ゆる難解なこと

もうすでに知りいることの範囲にて今日の一日のさりげなくゆく

くるくると回りかをらむこの時も地球の上にことも無くをり

自らの線あり色あり自らの心のままに出来あがりゆく

ふたつある時計が同じ時刻して同じ時間の過ぎているいる

瑞々しい白くしありぬ一本の独活は緑へ緑へと色

赤赤と心の中のおほき花秋にも冬にもかかわりのなく

無限とふ大き宇宙のひとところ地に近くして真白タンポポ


3月 細胞分裂

いつの日の命なりしか二枚貝晒され尽くす真白を尽くす

どうしてと疑問のひとつまた増えて二百年を生きるゾウガメ

真っ白く積もれる貝殻踏みゆきぬ昔の音の蘇りつつ

階段を高く高く登りゆき満員御礼垂れ幕のところ

全館を見渡す視界の焦点に銀の行司の軍配かえる

刻々刻力士の肌の朱増せり朱極まりぬ突っ張りの音

鎌倉の時代の息吹伝はりて執り行はる大相撲ゲーム

息を吐き息深く吸ひ息を止め共に立ち合ふ相撲を共に

大きさをもたざる点を線となし四股踏む大き力士を描く

限りなく大きくなれ強くなれ戦ふための姿のできた

造形のひとひらひとひら異なるを雪の結晶降り続けゐる

ほんのりと積れる雪の原点の一つ一つの雪の結晶

巡りこしこの日この月まん丸し一つの点に面積のあり

上弦の十二日より見えはじむ下弦二十三日見えずなりたり

重き物運ばむとする明日のため私に与ふ氷頭の膾を

死亡率100%の主人公今日の一日は恙無く過ぎ

何度目の細胞分裂終へしかとしみじみとして自の手を

明日の日はたちまち今日になりをりぬ急ぎのことの一つ残して


2月 刮ハ(さっか)

欅より少しカサカサ音増しぬ檪林に分け入りしこと

欅葉を踏みつつゆきぬしばらくは大き音して檪の落ち葉

九階の窓の視界のその範囲トツトツトツトツ歩みてゐたり

ひとつ山越えゆき着きたり薬草園刮ハ高々ウバユリに遇ふ

物はみな内に籠れるときにして白く小さく冬桜咲き

枝々にホツホツ咲けり冬桜近寄せてみるデジカメズーム

ひととしてひとつ命をまもりつつ狐に化けるということはなし

青透るダイオードの輝やきも紙提灯の列にも惑わず

青きまま刈とられしか稲藁の左に撚られ大根締めと

注連縄の藁の香りの香りたちここより私の私の家

二つ折り切り込み三つ折り返し凛然として紙垂出来上る

武蔵野の冬木欅の枝々を抜け出づるところ十四日月

一つ葉も残りておらぬ欅木の向こうにありぬ十四日月

いのししの根付け加はり粛粛と新しき年となりてゆくゆく

貧しさを拒みて閉づる眼裏に恐ろしさとして悲しさとして

昨日はナイルパーチに驚きぬ今日はぬけぬけ江戸前穴子

金箔のはつか残れる欠け瓦大江戸城を全けく偲び

歩みゆく今日の私のそのままの丸き地球に起るさまざま


1月 構造線

日本海の水平線と波打ち際とまもなく柿崎次は直江津

枯れ立てる葦も交じらふ草山の向かうは海よ日本海よ

鉛筆を立てて目側してをりぬ親不知の波打つところ

長くゆく子不知トンネル潜りぬけそしてたちまち親不知トンネル

五メートル雪降り積もるといふところ静かに静かに雪積む支度

美しき松の姿に美しく枝を守れる雪吊りロープ

ただ一歩山の方に踏み入りぬイノコズチの生贄となる

姫川の翡翠の原石大き大きわがものにせむことは思はず

あした降るかもしれない白雪に松の緑を支ふるロープ

ドウダンの今日を極むる朱もみじそぼ降る雨を光沢にして

塩の道ここより始む糸魚川塩尻にもゆきしことあり

仕事とふ口実のあり来たりたり糸魚川静岡構造線のうえ

姫川と日本海との接点にて日本地図を拡ぐ眼裏

雪国に雪降りはじむときにしてメタルハウスを建てむもくろみ

乳白の原石のまに垣間みゆ姫川翡翠のさやけし緑

目に見ゆる構造線よ姫川の川の蛇行に沿ひゆくつもり

上越に厚き黒雲たち込めて雪吊りロープ締めゐるところ

風吹きて風をいひたり雨降りて雨をいひいづ今日の話題は

手の届く近し近しふうわりと今生まれいづ真白き雲は

棚引けるま薄き雲にたゆたひて私を隠す心を隠す

沢庵になるべし大根列なして干されゆく間を今日の被写体

竹竿に振り分け干さるる大根のほんのり皺も描きゆくゆく

竹竿に振り分け干さるる大根のおのづからなる遠近法を

大根のひげ根を描きやうやくに大根らしくなりてきたりぬ

真っ黒くぬかるる泥にまみれつつ真っ白大根育む大地

百余年たちたる後の富士の雪まっ白大根育くみゐたり


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