2016年 短歌

12月  信濃路

唐橘(からたち)に緑鋭どくトゲ立ちぬなぜなぜ何を拒みてゐるか

そばの種ひと粒ひと粒むかれゐてつぶつぶやさしい雑炊ですよ

蓬けるも蓬けざるをも薄原この日この時この輝きを

山脈(やまなみ)の向かふにもあり山脈は今日の朝日のあまねく届く

雪の日の近付く緊張伝へつつ雪吊り仕度ととのひてをり

野も山も枯れゆくなかにツンツンとまたの緑の穭田つづく

いちはやく焦げ色となるエノコロ草ゆらしつつゆく信濃の道は

気高さは美しさを伴なひて覚悟偲ばる真田の郷は

人間の食と滅びぬナウマンゾウ化石臼歯は冷めたくありぬ

江戸よりか徒歩にて来られし岩松院へ北斎鳳凰頭上に懐(いだ)く

11月  四次元

巻雲と高積雲との二重雲見あげてゆきぬ奥多摩までを

高層のビル建ち並ぶ街にして“元なぎさ”より“八潮”までゆく

いちばんに新しきまま過去となる東御の山に眠りし一夜

空だけの見えゐる窓のぬしにしてその時々のその時々を

満月を取るとはいはず満月に向かひジャンプす今日も100回

不忍の池に咲き満つ蓮のうえ蓮月尼においでいただく

目に見えぬものは心に仕舞ひある父と母とをとり戻しつつ

四次元の縦横高さ時間をも自らのもの今日のやすらぎ

立方の檜柾目に探しゆくわが彫る先の地蔵尊菩薩

円空僧神の御形を彫らるると十二万体仏像残る

10月  東御(とうみ)

桑の実は小さく小さく生(な)りてゐる枝垂桑とふ並木道ゆく

アララギの大木根方に確かなりしがみつきゐる蝉の抜け殻

地下茎は如何にかあらむ山々を覆ひ尽くして葛の立花

昆虫の図鑑ひもとくごとくして東御の山に蟲達無限

一二〇〇メートルを登りこし古代紫野薊の咲く

標高は一二〇〇メートル吟ずるは「杜甫」天地万象地球に沁むる

エゴの実の一つ一つに朝の露一つ一つに太陽宿す

遠くの木その次遠くすぐ近く次々消ゆる流るるは雲

青紫蘇の五枚ばかりを摘みにい出先に来てをりヒガシキリギリス

キリギリスのまろき食べあと残る葉よ今日の薬味となりにけり

9月  武蔵野

なだらかに白詰草の咲く丘は弥生古墳の埋もれゐると

白白と白きわだちて半化粧蟲たち人たち集(つど)ひ集(あつ)まる

白い花灰白色の果となりぬエゴノキに過ぐ時と交はる

エゴノ実は白緑色に稔りゐて上向きてゆく武蔵野の道

エゴノ花白く咲く枝織り込みて武蔵野タピース作りし日あり

幾(いく)いくつ大輪白花咲きをりて山百合揺らす一陣の風

武蔵野の土器の欠片にかすか見ゆ墨もて筆もて書かれし漢字

富士山の噴火せし日の溶岩よごつごつ積むを神とし崇(あが)む

御鷹場に湧き出づる水掬(すく)ひあぐまろまろとして真地球の味

父母と同じ気持になりてゐるトロロアオイのトロリと咲きぬ

8月  紫 草

帯曲輪不浄門とも呼ばれしと今日は入りゆく平川門へ

夕刻は蛍飛び交ふ苑ならむホタルブクロの俯きて咲く

高々と水面突き抜く黄の花地下茎白きに河骨(こうほね)とぞ

淡々き紫色の集合花紫式部と大樹に寄りぬ

辿りゆく御苑の道に咲き初むる萩尾花桔梗撫子葛女郎花藤袴

ベランダに身を乗り出(いだ)し探しをるしし座の方の今日の木星

武蔵野にかって群るると紫草(むらさき)を記憶に探すその白き花

鉢植の紫草を引き抜かれわれに見せ示むその太き根を

咲き継ぎてつひに天辺黄の花待宵草に今日の三日月

ウバユリの咲きいだす頃いざゆかむ目黒国立科学植物園

7月  風 神

荒川と綾瀬川とに添ひゆきぬ江戸より続く花菖蒲園

江戸の世を今に繋ぎて花菖蒲入(はい)りゆきゆく浮世絵のなか

ひとつ家満たして香るカモミール宅急便にて今朝早く着く

渓谷を吹き抜く風を起せしかバーミアン壁画は風神描く

ゼウス神の欠片(かけら)となしり左足しっかり仕舞ふ心のなかに

風袋背負ひて風神バーミアン伝ひ来たりて日本の風神

蚕繭(さんけん)を口にふくまれ糸引きいだし天照大神養蚕創始

行く道の長実雛罌粟(ながみひなげし)ゆらしゆくコクリコともアマポーラとも

朝に咲き夕に散りゆく帰化植物心に深く長実雛罌粟

そえ棒にわずか添ひゐる茄子苗に無駄なき花のひとつ咲き初む

6月  木花咲耶姫

この年の最も小さき満月の光りに委ぬ私をひとり

三味線のバチにも似たり種実つけ咲きのぼりゆく薺(なずな)白花

いづこよりまろまろまろし花びらの流れきたりぬ私の窓

花びらの降りくるところ降りつづく遠く来たれる人を待ち待つ

富士塚の急階段をかけのぼるまみえむとして木花咲耶姫

夢かしら一富士二鷹三茄子辿りゆく道歩みの先に

もふすでに尖がる筴実を天に向けカラスノエンドウスズメノエンドウ

ツタンカーメンの棺の中にも有りといふ矢車草は青く咲き初む

盆栽のヒトツバタゴを前にして深山大木なんじゃもんじゃを

万葉の黒人詠みき安礼の崎ここに生まれしここに育ちき

5月  琥 珀

南洋杉の樹脂に囚(とら)われ固まりぬ琥珀の中の一匹羽虫

太古へと思ひ誘ふ飴色の石と化したる琥珀をひとつ

あまりにも長き年月戻りゆきやふやく至る羽虫生ひ立ち

富士山の見えざる景色ゆきゆきぬ花曇りとふ今日の薄雲

幾度も見あげし木末(こぬれ)今日は逢ふほんのり紅のふっくら蕾

ひと節にひと節毎に五弁花の梅の花咲くバラ科サクラ属

花芯にはすでに小さき実をつけてすこやかにあれ青梅とあれ

花びらに花びらほどの質量のほんのり見ゆる散る散る花びら

染井にて生(あ)れし染井吉野にて花びらは散る只管(ひたすら)に散る

エドヒガン・オオシマザクラのクローンにて染井吉野の花びらに埋む

4月  蒲の穂

捌(さば)くとふ大事をしてをりしみじみと海鼠の命私に移る

東寺なる五重の塔の天辺の九条の葱の葱坊主みゆ

元なぎさ海見ることの無きままに高々延びたつビル郡の街

蒲の穂のひととせサイクル見詰めこし今日は逢けて飛びゆくところ

蒲の穂の逢け綿毛は種をつけどこどこどこへ運びかゆかむ

蒲の穂の雄花花粉の薬効よ因幡の兎はるかなりけり

無患子(むくろじ)とまず名前のうれしかり子供が病気をしなゐといふを

お釈迦様のいはれるとほり無患子の黒実連ねて数珠を作らむ

ムクロジ科レイン・ランブータン・リューガン・わが好物に思ひを馳する

真白し絹のスカーフ洗はむよ無患子サポニン泡だててゐる

3月  無 限

勢いとユーモラストと繊細とひとつ絵画の一羽雄鳥(おんどり)

カモミールの香りのなかに過ぎてゐるこのままこのまま夜となりゆく

弦月にほんの少しは近付きぬ三十階の窓にゐたりて

地上より百二十メートル上空に右も左も窓続きをり

那智黒の海の巌に砕け波とび散る白白高々真白

ルーペもて小さき点を凝視するベニクラゲの今日はポリプ

神滝の飛沫のなかに一つ虹二つ虹あり消えてはゆかぬ

神滝の水受けし杯ポケットに仕舞ひありつつ帰りかゆかむ

明けてくる朝の光の乱反射真白き雪の真白き景色

ものは皆白くなりゆく朝にて無限かとみる雪の結晶

2月  個 性

雄葉と雌葉と等しくあるか平等か銀杏並木を調べなどして

水分子水素分子の配置にて個性をもっと雪の結晶

父母の居ませぬままにふるさとは素早く通過のぞみ号にて

逆光に富士の輪郭くっきりと太陽沈む赤赤沈む

溶岩の流れし流れその姿富士の裾野の凸凹も描き

富士山の長く長引く裾野にて白くほほけし芒を描く

思い出も現実年月まぜこぜに突っ走りゆく新幹線よ

粒まるく赤々撓わに南天は京の都を赤く引きしむ

細長き路地をゆきゆく東山三十六峰たをやかにあり

右大文字左代文字それぞれの山のふもとに近付きにせけり

1月  始まる

天照大神よりはじむるよパワーポイントプレゼンテーション

日本の始まる始めの和歌にして霊石山へ行宮のとき

キラキラのアニメーションばかりにて今の子等を見守るばかり

初冠雪溶けてしまひし富士山を右肩にして旅はつづくる

富士ヶ嶺にいまし沈まむ太陽の六千度の色富士山燃ゆる

ものはみな枯れゆく景色の中にして紅ひとつ寒木瓜の花

谷田川の流れは見えぬまま谷田川の上辿りゆきゆく

ユリノキの冬木となりし枝々に初夏に咲きたる花萼あまた

地蔵尊菩薩となりゆく木柱をしっかり支ふわが左手よ

朝(あさ)な朝(さ)な昼は昼とて晩もなほひとつ色紙を掲げて生くる


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