2018年 短歌

9月  十二単衣

今も今も十二単衣を召されゐて日本守らるる姫君のあり

阿と吽の狛犬の間を通りゆく次第次第の素心に至る

空低き大き火星にま向へり五七五九万キロの距離をし偲ぶ

大火星に驚く江戸人浮世絵に今日の我窓大火星あり

江戸を発ち京都までゆく浮世絵よ有松紋りにひと休みして

八代の将軍吉宗の面影ここにあそこに飛鳥山登る

ふじ川を過ぐれば次は大井川水嵩増せど難なく過ぎぬ

日本を上手に生きし姉なりき日本を下手に生きゐる妹

黒雲のぼっかり割るる一瞬に青空見えき今日の仕合せ

露草の花の滴(しずく)に描きたり下絵ははやく水に溶けゆく

8月  檜

幾日も黒土踏まぬ暮しにて金蛇ひとつ素早くゆきぬ

待つ人を待ちつつゐたりまろまろの欅若葉のこもれ日のもと

ジャマイカとニューヨークと日本と隔たりゐつつひとつゲームを

地球なる無限の命のそのなかのひとつを守る今朝の目覚よ

果てしなき宇宙を自在にとびまわる五歳の時の思考を今も

一刀に一刀毎に香りたつ檜彫りをり釈迦如来座像

千年をその香失(うしな)ふことはなし檜正目を彫りすすみゆく

一木(いちぼく)に雄花と雌花と球果もち檜の内をうろうろとゐる

蔓性の樹木に由来唐草文釈迦如来座像の光背ですよ

マダガスカル原産蔓性樹木にてのびのびのびるわがベランダに

7月  阿形吽形と

爪先に万力集め仁王立ち江戸を守りぬ東京守る

阿形吽形大江戸守る仁王様頼もしくして離れぬ暫し

三本足八咫烏を思ふときわが窓に来る二本足の雀

最初は「あ」最後は「ん」サンスクリットと日本語と

掃き寄せし常磐木落葉のその上にまたひと葉散るまだひと葉散る

太陽の光りを返しキラキラと今年若葉のこの一瞬を

まろまろと稔りの黄も垣間見ゆぽとり落ちこし増上寺梅

インカなる「すべてのものに命あり」今日の私のインカの心

権現の山の頂(いただき)辺りにて行くも帰るも大坂急坂

権現の山頂辺り我家にて蝙蝠(こうもり)滑空守宮(やもり)走行

6月  静静と

私に積もる花びら幾(いく)いくつ静静(しずしず)として零(こぼ)さぬように

マイアミに太陽沈むと知らせこし朝日射し初む私の窓

富士山の溶岩階段かけ登り心にまみゆ木花咲耶姫命

星々の生まれぬ宇宙もあるといふ星々のあり私の宇宙

131億年かけ今届くと私の窓のどの星だろふ

若緑ハウチワカエデの木下(こした)にて一筆一筆(ひとふでひとふで)大菩薩嶺

はるかなる宇宙のことも深海も刻々着信スマートフォンよ

大菩薩嶺辺りを水系に多摩川流るる多摩川橋にて

大地より五段のぼりて家に入る私のままの私の居場所

稲荷社と若一王子と金輪寺と抱かれゐたる今日の安心

5月  富貴寄

火の球と燃えてゐるのか太陽の光を受くる日向ぼっこ

ひと蕾ほぐれたちまち始まりぬ日本の国を覆ひて桜

恐竜より先に存在せしという土筆よ土筆スケッチしてゐる

三椏の樹皮も混じりてゐるだろふ日本のお札のつやつやつやし

百代の過客のなかに連なりぬ江戸和菓子富貴寄干菓子

御神酒一盃二盃三盃目おかわりしつつ明治神宮

神宮の百年前は荒地とて今日の若葉の深々杜を

素晴しい未来のあると思ほへて朝日を満たす私の部屋

父母(ちちはは)の歌集を抱(いだ)き日本を離陸せし日よあのことこのこと

思い出と新しきとをつなぎゆく父と一緒に母と一緒に

4月  天文学

自然との調和している心地してメタセコイアの冬枯れのもと

完成というもの何ももたぬまま未完のままのそのままゐたり

地球より八〇〇〇万光年離るるとそんな事情も受け入れて今朝

宇宙なる模擬遊泳の蘇(よみがえ)るファースト・スターを追ひかけたりき

鉢植のコーヒーの木と日向ぼこ午後の日長く居間に至れる

冬枯れの桜並木をゆくときは花の吹雪を思ひえがきて

三宝寺池の湧水流れ流れ私を過ぎる隅田川へと

東京薬科大学へもゆきしことカカオの結実黄色くありき

地球上のドーナツの形してブラックホールを取り巻くガスは

地球より天文学の距離にしてブラックホールの実映像よ

3月  千手観音菩薩

千のみ手に抱きくださる心地して千手観音菩薩のみ前

千の手と千の眼(まなこ)をもたれゐる観音菩薩を彫りし仏師を

いまだ蕾その手に持して咲き満つる蓮華台座に坐してをられる

寝食を忘れ書写されしとふ弘法大師の聖教目追ふ

空海の書写せしとふ教典の漢字のなかに梵字の混じる

家中の明りを消して音消して月の光を私に招く

遮るは何物も無し満月の月の光りに文字書きてゐる

南東の出窓にゆっくりのぼり来しまんまる月の月の光りよ

私の住みゐる地球の影にしてわずかわずかに欠ける満月

太陽と地球と月との次第にていま皆既月食進行中

2月  東雲(しののめ)

東雲の空に向かひて元旦の光りを私の部屋に招けり

東京の水道水を若水とこの年はじむブルーマウンテン

満月と私との距離近づきぬ最も近い今を見守る

電線の二羽の雀の囀りが聞こえてゐるよ元旦の部屋

遠き世の祖父母の教えに忠実に里芋コンニャク水菜の雑煮

里芋のぬめり成分なくさぬよふ遠き記憶の甦りつつ

湯げたつる家伝の雑煮食べ終へて戻りゆきたりニューヨークへ

富士山の噴火の名残のローム層土盛りあげて霜柱立つ

男(おのこ)なる丈(たけ)に小面装ひて女(めのと)と舞ふを蟠(わだかま)りゐる

幾十億の個性のなかのひとりにて海のなまこを只管(ひたすら)思ふ

1月  自らに

宇宙間の遊泳してゐる心地して地球儀まはすマルタ島みゆ

おほひなる過去の続きの続きにて今日の私に真白茶の花

自らに由(よ)りて生きよと父母(ちちはは)の名付けたまひし由利を生きをり

大根は水分地球に返し終ふ切干大根煮つけてゐたり

草陰に小さく居らるる地蔵尊その微笑の内を離れず

ここかしこ木の実草の実散り敷きて土の上をばゆっくりとゆく

花びらの黄蘇(きいよみがへ)る菊の花姿のままの天麩羅ですよ

近寄りてもっとも近くゐたる時「考えるひと」頼もしくあり

角材を薄くなしゆく光透くお釈迦様への光背づくり

掌に宝珠をそっと乗せたまひ私の地蔵尊救済に入る


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