12月 目を閉じて
思い出を従えて行く此処彼処キンモクセイの香れるときを
天高く秋の日和とパソコンに教はりて過ぐ今日の一日
てのひらの温もり胸に伝ひきつきつと上手に解決できる
目を閉じてしずかにしずかに聴いてみる私の心の小さき不都合
無くしたくないもの一つありながら西高東低風に吹かれて
奥深く仕舞い込みたり一着を思ひいづる日秋に入りゆく
苦瓜のひとつうらうら生りしまま跡形もなし今日の出来事
夕陰ははやもはやも窓の辺に自らのこと自ら支ふ
やうやくにゆらふこころのをさまりぬ白きご飯を食べむと思ふ
いつの世に水でありしか氷山のいままた水に還れるところ
13億八千万立方キログラム地球の水のその循環に
夜の虹
しっとりとしっとりとしてイグワスの滝の飛沫にいでし夜の虹
神様に戴きました夜の虹滝の飛沫の飛沫に濡るる
まんまるの虹の真中に飛行機の影して飛びゆくパタゴニア大地
七色は百色ほどにも思ほゆる足元にあり小さき虹は
昨日よりはやく暮れゆく暗がりにおほき嘆きの持ち主となり
どこの水蒸発せしかぽっかりとはぐれ雲ゆくゆっくりとゆく
あれこれと言葉を探すことはやめ祝田橋を渡りてゆきぬ
金箔を食するといふこの機会金箔ほどの味を飲み込む
肩書きの多き名前の中にしてつつましくあり私の名前
11月 一番星
登りゆく五十四階東京都庁一歩一歩は星に近づく
はるかはるか建造物の続きつつ遮るは山武甲山なみ
目にみえぬ心にみえぬ存在の存在はするとふ宇宙
神様と星の王子様と諭さるる大切なものは目にはみえない
人間の単位ではない遠い遠い宇宙にゆらぐと暗黒物質
暗黒のゆらぎゆらぎにゆらぎ出で宇宙に生れし一番星は
億年を前に砕けし星にして主なき光観ている今日は
さんざめく星のひかりのそのひかり億年まえに死に逝きしもの
百二十億年を経てやうやくに地球付近に来たれる光
限りなく近づきつつ諦めつ神を伴ふ今日の思考は
目を閉じて何も見えない目を開けてまだ何か見えない
コンピューター・シミュレーションとて宇宙なる一番星の生まるるところ
10月 レンゲショウマ
付き合ひはアンデス山脈麓より糸南瓜の今日の傍ら
食すあてなきまま真黄色糸南瓜相共にゐる八月の日を
二百メートル登り来たりぬ近寄りぬレンゲショウマは俯きに咲く
幾世代繋ぎこしかと深山にレンゲショウマの群れ咲くところ
木もれ陽のひとつ届きぬふんわりとレンゲショウマのひとつの花に
高木の榧の木の実の白緑にやすやす触るる山の幾何学
うつろひははやしはやし夕間暮れ今日の一日の一日でありき
寂しさはここにかしこにあふれつつ掃除機かけるおほき音して
苦瓜の小さく黄色に咲く路地を曲がりぬここに今日よりの場所
またひとつ新しきことの気配してひと日の時の時を費やす
大き音たててシャッター閉ざす刻おとなしくして陽もまた沈む
星はすばる
一億年ほどの寿命と星昴五千万年過ぎたる悲しみ
青白く輝く星星六個七個星はすばると言ひたる人よ
ゆらゆらとゆらぎをりしかガスとチリと原始太陽出来ゆく次第
同じ面ばかり見てこし望月の反対側も時には思ふ
あまりにも遠き世のこと一番星の星の生まるるそのときのこと
青白く光り輝く星すばる5千万年後に死にゆくといふ
走り行く列車の窓の広ごりに稲青きまま稲穂を垂るる
長月の淡淡として昼つ方青柿ひとつ青くころころ
9月 虚と空と無と
すこやかにオリーブの実の育ちゆく小高き丘は登りぬ下りぬ
地球なる太古の化石の岩塩よトマトの上にカリカリ粉砕
虚と空と無と無限とを従へて導びかれゆく天地創造
この草にあの草に出遇ふ喜びを膝丈ほどの草道をゆく
ひとりゆく少し坂道登り道合歓の木ねむれる下陰の道
輝ける今年の竹の竹林のひと葉散り落つ朽ち色をして
リンゴの木一本立つるそれのみの土地もちをりき地主でありき
むらさきの色増しきたり夕まぐれくっきりと白オシロイの花
輸入書類あす書けばよいことしてあひあはむとす十三夜月
毎日を古くなりつつ消しはせぬ着信履歴のひとつナンバー
夕闇は植え込みより広ごりぬおぼつかなくて今日のこころの
はやくはやく帰りかゆかむ目的は昨日届きし白桃のゆえ
8月 銀金玉
近づきてやうやく見付く白四弁オリーブの木のオリーブの花
オリーブの銀の裏葉の返るまで立ちて待ちをり次吹く風を
また少し大きくなりぬ白緑のオリーブ果実に幾く日の過ぎる
弓張りの山脈低く映しつつ昨日田植ゑを終へにし水面
この日ごろ恋をなくすることもなく恋をなくせし歌歌ひをり
一枝のスグリ朱実のかがやきよ銀金玉(しろがねくがねたま)にもまさり
新しき朝のひかりの射しきたり誰にも言はぬ心を晒す
ビルとビルと狭間に夕かげ濃くなり来ひとりのひとは何してをらむ
育む
足元より湧きあがりくる白々と白霧天の雲となるまで
月々の満月だより届く頃このごろを梅雨梅雨の雨降る
7月の光の中に刮ハ立ち育まれゐる雛罌粟の種
遠く来し見知らぬビルの右肩にさわやかにあり今日の満月
描き終へし角度の枇杷の実一つ食みそして続きを続けてゆきぬ
二俣川と天竜川と合ひ合ふところ日本一の暑さを誇る
二俣の流れ静かに水清く秋野不矩のインドにであふ
ひとりゐてひとりのままの夕まぐれあのことこのこと可能になりぬ
7月 ウバユリ
背伸びする枝を撓める覗き見る白たをやかに朴の木の花
ひとつ夜をひとつリズムの雨音のリズムのままに明るみはじむ
ミツバチの小さき巣箱ひとつ置き苺赤らむビニールハウス
白緑の蓮の葉池面にこぞり立ち天国かとも支度ととのふ
父母ののぞみのままにいでゆきぬ世界へ向けて地球に向きて
夕べには必ず帰ることとして残しおきゆく一枝エゴを
乳白のムベの蕾のふっくらとひとつ住所を探し探し
取たてのトゲトゲ胡瓜のよろこびは冷蔵庫に仕舞ひしままに
坂道を駆けおりてゆく駅までをやうやくこの世の一員となる
木もれ日のまろき光に緑透き白く咲きたるウバユリの花
天然の摘蕾かともしきりなし柿の雌花の散る散るなかを
6月 ふくらしの木
やはらかく立ちおはします日光菩薩み姿まねぶ朝のひととき
うつしみの人の姿に親しみてわが身に探すそのみ姿を
昼の日に日光菩薩夜の月に月光菩薩探してゐたり
やはらかき曲線曲線繋ぎつつ出来上がりをり人の姿の
鉢植えの大きくならぬネズミモチ四季のめぐりに従ふあはれ
ひと山を尽くして咲けるふくらしの木の花今日の花蜜蜂蜜
狸とも鳥達とも競ひあひ競ひて得たり有機のレモン
しっとりとうるほふ土に生えをらむ花咲くはいつふくらしの花
春の夜の雲に映れる町あかりやうやく春になりたるあかり
遠く遠く
ゆるゆると午後の日ゆるゆる過ぎてゐる体内時計もゆるゆるすすむ
ひたすらにここに在りたり一本よ赤き花咲く春のおとづれ
遠く遠くゆくかのやうな顔をしてスーパーあずさのひと駅ばかり
来年はどの辺りに咲くならむタチツボスミレの今年の花に
少しはやく仕事は終へたこととして夕日のほうへ向かひかゆかむ
十六夜の月のひかりを分かちつつのぼりゆきゆく小さき坂を
ほんのりと明るむ窓に安堵していまひとたびの朝のねむり
5月 花びら
寒々し終日ひねもす降る雨に桜の色の傘さしてゆく
ひとりゐてひとりのことに過ぎてゐるこの今のときいとほしみゐつ
三百歩ほど歩みゆく坂の道花びらいくつ私に散り
雲形の麻紙の白紙に描かむよわさびの白をわさびの緑を
ユリ科にてワスレグサ属それ故にエゾキスゲを声に出だせり
花びらのひとつひとつに等しかり花びらほどの重力みゆる
花吹雪花びら花びら花びらのそれぞれあらむ空気抵抗
花びらは黒き大地を埋め尽しそっと立ちをり花びらの上
掌にひとひら受くる花びらの心に重し千重に百重に
おとなしくおとなしくして花びらの散りゆく方を乱さぬやふに
4月 位置
白白と水辺も大地も凍りつき極寒もあり地球の上は
正確に陸あり海あり正確に高度知りつつ速度知りつつ
自らの位置を一つの点としてまろき地球に宇宙の闇に
地球なるジェット気流に逆らひてたどたどたどと日本に向け
留守の間もひるむことなく溜り溜るジャンクといへるメールは削除
空白の予定表の白白のその続きより日本を始む
アンデスの雪解け水の灌漑のひと雫ごと葡萄に落つる
あと三月葡萄育む木の根っこひと粒ひと粒アンデスの水
数学を理解してゐる心地してわずかばかりの数を足しつつ
白き花あはれはかなく冬の日に冬桜と名付きしゆゑを
白き花咲かざる大木ヤマモモに春の白雪ふうわり積もる
近き未来に
目に見ゆる心に見ゆるほのほのと桜の色は棚引きはじむ
もうすぐと立ち話しては分かちあふ桜の花を待ち待つ日日を
宇宙なる無重力をも秘めもちてササユリは咲く近き未来に
春を吹く冷たき風も厭はないひとりのひとの喜びの日は
居ながらにバルセロナより来し人と共有しをりひとつの言葉
3月 去年今年
新しき年を始むる朝の日はぬくぬくきたり飛行機の窓
雲海の上に今年の初日の出アマゾン辺りみ空にをりぬ
アルゼンチンを離陸せしは去年のこと空に居りつつ今年となりぬ
見下ろすはアマゾン河よパナマ運河よ飛行高度は一万メートル
ほんのりと丸みをおびて本物の地球はありぬ赤道あたり
初日の出ふうわり雲の中に消えまだまだ続く飛行機の旅
白濁の雲の粒子のその中へ入りゆきたり今年の初日
架空ともお伽かとも朧朧宇宙にすこし分け入りしこと
飛行機の小さき影を真ん中にまん丸虹のブロッケン現象と
白雲の雲の粒子のつぶつぶのただ真っ白のその中に居る
プラチナの色の海のその上をガタガタビシビシ777機
インドより船に乗り来ぬタミル語はそのままそのまま日本語になり
凍てつけるジェームス湾に影をして真夏より来しジャンボジェット機
2月 天下の険
急カーブ急カーブごとわけ入りぬ箱根の山の天下の険
浮雲は天下の険に影をおき動くでもなし動くともあり
ビードロと花瓶とグラスと反射して朝の光の小さな虹は
冬に降る雨に潤める赤き灯に導かれゆく日本を発つ
飛行機の小さな椅子に身を託し出発という重力重し
ひとつには日本時間ひとつにはニューヨーク時間私の腕
十二個のボタン操作をマスターしニューヨークへゆく2Jシート
焦点はこの山にありマッキンリー今越えてゆくその上空を
マイナスの六十三度にゐるといふビシビシとして飛行機外気
ニューヨークの町の灯りのその中に一つ増やさむ私の灯を
高層のビル明かりを導かむ私の窓のブラインド開けて
朝あした七時になりぬマンハッタンいまだ朝日の来たらぬ窓に
香りつつアールグレイの香りつつマンハッタンは明るみはじむ
天に伸ぶ摩天楼のひとかけら四角四角の窓見ゆる窓
恐ろしさも悲しさもなく集ふときギリシャの鯛かボストンの鯛か
パタゴニア
人間の灯す明かりの輝きを見下ろしをりぬ高度一万
満月にほんの少しは近付きて白々明り諸手に受くる
飛行機の翼ほのほのあかるみて今日の満月ひかりの中を
飛行機のエンジン音と同化してはるばるを来しパタゴニア大地
枝先の最後の花のひとつ花淡紫のハカランダ花
花咲くも花さかざるもいとはないパタゴニアの大草原は
1月 尋ねる
南インドタミル語よりか伝ひしと五七五七七リズムの中に
うつろひ来うつろひ行かむ日本語の今のひと言噛み締めてゐる
望月の丁度頭上にかかるとき伴ひゐたり淡墨の影
望月の一番小さく見ゆるとき淡淡き影乱さぬやうに
ひと瓶の私のはちみつ携へて行きし人あり「しらせ」に乗りて
足元に蛙が冬眠してをらむ地下鉄あらむその下知らず
歩みゆく一歩一歩に思ひ馳す固体鉄とふ地球の芯を
鉄であり金も銀も宝石も石のなかより取りいだすさま
ぷちぷちと南極の氷の融ける音イヤホン通し聞こえてゐつつ
万年の昔の空気弾く音南極の氷融けゐるところ
今拾ふ路傍の小さな石ころに私の体温伝へてゐたり
空気にも石っころにも生ひたちを尋ねてゐたり師走このごろ
月
刹那とふ言葉表す数字とて0.000000000000000001秒
億と兆とそれから先の数しらず小さくすぎぬ一日一日の
鹿ケ谷の凸凹南瓜のかたはらに常の日のごと時の過ぎつつ
三ツ星といふにはあらず満天の星のもとにて今日のディナーは
虚しきと思ほふことなどありはせぬ中天にあり十三夜月
欲りするはほのあたたかき白き白湯小望月の月の明るさ
望月の丁度頭上にかかるとき静静として影を伴ふ
|