2008年 短歌


12月  目を閉じて

思い出を従えて行く此処彼処キンモクセイの香れるときを

天高く秋の日和とパソコンに教はりて過ぐ今日の一日

てのひらの温もり胸に伝ひきつきつと上手に解決できる

目を閉じてしずかにしずかに聴いてみる私の心の小さき不都合

無くしたくないもの一つありながら西高東低風に吹かれて

奥深く仕舞い込みたり一着を思ひいづる日秋に入りゆく

苦瓜のひとつうらうら生りしまま跡形もなし今日の出来事

夕陰ははやもはやも窓の辺に自らのこと自ら支ふ

やうやくにゆらふこころのをさまりぬ白きご飯を食べむと思ふ

いつの世に水でありしか氷山のいままた水に還れるところ

13億八千万立方キログラム地球の水のその循環に


夜の虹

しっとりとしっとりとしてイグワスの滝の飛沫にいでし夜の虹

神様に戴きました夜の虹滝の飛沫の飛沫に濡るる

まんまるの虹の真中に飛行機の影して飛びゆくパタゴニア大地

七色は百色ほどにも思ほゆる足元にあり小さき虹は

昨日よりはやく暮れゆく暗がりにおほき嘆きの持ち主となり

どこの水蒸発せしかぽっかりとはぐれ雲ゆくゆっくりとゆく

あれこれと言葉を探すことはやめ祝田橋を渡りてゆきぬ

金箔を食するといふこの機会金箔ほどの味を飲み込む

肩書きの多き名前の中にしてつつましくあり私の名前


11月  一番星

登りゆく五十四階東京都庁一歩一歩は星に近づく

はるかはるか建造物の続きつつ遮るは山武甲山なみ

目にみえぬ心にみえぬ存在の存在はするとふ宇宙

神様と星の王子様と諭さるる大切なものは目にはみえない

人間の単位ではない遠い遠い宇宙にゆらぐと暗黒物質

暗黒のゆらぎゆらぎにゆらぎ出で宇宙に生れし一番星は

億年を前に砕けし星にして主なき光観ている今日は

さんざめく星のひかりのそのひかり億年まえに死に逝きしもの

百二十億年を経てやうやくに地球付近に来たれる光

限りなく近づきつつ諦めつ神を伴ふ今日の思考は

目を閉じて何も見えない目を開けてまだ何か見えない

コンピューター・シミュレーションとて宇宙なる一番星の生まるるところ


10月  レンゲショウマ

付き合ひはアンデス山脈麓より糸南瓜の今日の傍ら

食すあてなきまま真黄色糸南瓜相共にゐる八月の日を

二百メートル登り来たりぬ近寄りぬレンゲショウマは俯きに咲く

幾世代繋ぎこしかと深山にレンゲショウマの群れ咲くところ

木もれ陽のひとつ届きぬふんわりとレンゲショウマのひとつの花に

高木の榧の木の実の白緑にやすやす触るる山の幾何学

うつろひははやしはやし夕間暮れ今日の一日の一日でありき

寂しさはここにかしこにあふれつつ掃除機かけるおほき音して

苦瓜の小さく黄色に咲く路地を曲がりぬここに今日よりの場所

またひとつ新しきことの気配してひと日の時の時を費やす

大き音たててシャッター閉ざす刻おとなしくして陽もまた沈む


星はすばる

一億年ほどの寿命と星昴五千万年過ぎたる悲しみ

青白く輝く星星六個七個星はすばると言ひたる人よ

ゆらゆらとゆらぎをりしかガスとチリと原始太陽出来ゆく次第

同じ面ばかり見てこし望月の反対側も時には思ふ

あまりにも遠き世のこと一番星の星の生まるるそのときのこと

青白く光り輝く星すばる5千万年後に死にゆくといふ

走り行く列車の窓の広ごりに稲青きまま稲穂を垂るる

長月の淡淡として昼つ方青柿ひとつ青くころころ


9月  虚と空と無と

すこやかにオリーブの実の育ちゆく小高き丘は登りぬ下りぬ

地球なる太古の化石の岩塩よトマトの上にカリカリ粉砕

虚と空と無と無限とを従へて導びかれゆく天地創造

この草にあの草に出遇ふ喜びを膝丈ほどの草道をゆく

ひとりゆく少し坂道登り道合歓の木ねむれる下陰の道

輝ける今年の竹の竹林のひと葉散り落つ朽ち色をして

リンゴの木一本立つるそれのみの土地もちをりき地主でありき

むらさきの色増しきたり夕まぐれくっきりと白オシロイの花

輸入書類あす書けばよいことしてあひあはむとす十三夜月

毎日を古くなりつつ消しはせぬ着信履歴のひとつナンバー

夕闇は植え込みより広ごりぬおぼつかなくて今日のこころの

はやくはやく帰りかゆかむ目的は昨日届きし白桃のゆえ


8月  銀金玉

近づきてやうやく見付く白四弁オリーブの木のオリーブの花

オリーブの銀の裏葉の返るまで立ちて待ちをり次吹く風を

また少し大きくなりぬ白緑のオリーブ果実に幾く日の過ぎる

弓張りの山脈低く映しつつ昨日田植ゑを終へにし水面

この日ごろ恋をなくすることもなく恋をなくせし歌歌ひをり

一枝のスグリ朱実のかがやきよ銀金玉(しろがねくがねたま)にもまさり

新しき朝のひかりの射しきたり誰にも言はぬ心を晒す

ビルとビルと狭間に夕かげ濃くなり来ひとりのひとは何してをらむ


育む

足元より湧きあがりくる白々と白霧天の雲となるまで

月々の満月だより届く頃このごろを梅雨梅雨の雨降る

7月の光の中に刮ハ立ち育まれゐる雛罌粟の種

遠く来し見知らぬビルの右肩にさわやかにあり今日の満月

描き終へし角度の枇杷の実一つ食みそして続きを続けてゆきぬ

二俣川と天竜川と合ひ合ふところ日本一の暑さを誇る

二俣の流れ静かに水清く秋野不矩のインドにであふ

ひとりゐてひとりのままの夕まぐれあのことこのこと可能になりぬ


7月  ウバユリ

背伸びする枝を撓める覗き見る白たをやかに朴の木の花

ひとつ夜をひとつリズムの雨音のリズムのままに明るみはじむ

ミツバチの小さき巣箱ひとつ置き苺赤らむビニールハウス

白緑の蓮の葉池面にこぞり立ち天国かとも支度ととのふ

父母ののぞみのままにいでゆきぬ世界へ向けて地球に向きて

夕べには必ず帰ることとして残しおきゆく一枝エゴを

乳白のムベの蕾のふっくらとひとつ住所を探し探し

取たてのトゲトゲ胡瓜のよろこびは冷蔵庫に仕舞ひしままに

坂道を駆けおりてゆく駅までをやうやくこの世の一員となる

木もれ日のまろき光に緑透き白く咲きたるウバユリの花

天然の摘蕾かともしきりなし柿の雌花の散る散るなかを



6月  ふくらしの木

やはらかく立ちおはします日光菩薩み姿まねぶ朝のひととき

うつしみの人の姿に親しみてわが身に探すそのみ姿を

昼の日に日光菩薩夜の月に月光菩薩探してゐたり

やはらかき曲線曲線繋ぎつつ出来上がりをり人の姿の

鉢植えの大きくならぬネズミモチ四季のめぐりに従ふあはれ

ひと山を尽くして咲けるふくらしの木の花今日の花蜜蜂蜜

狸とも鳥達とも競ひあひ競ひて得たり有機のレモン

しっとりとうるほふ土に生えをらむ花咲くはいつふくらしの花

春の夜の雲に映れる町あかりやうやく春になりたるあかり


遠く遠く

ゆるゆると午後の日ゆるゆる過ぎてゐる体内時計もゆるゆるすすむ

ひたすらにここに在りたり一本よ赤き花咲く春のおとづれ

遠く遠くゆくかのやうな顔をしてスーパーあずさのひと駅ばかり

来年はどの辺りに咲くならむタチツボスミレの今年の花に

少しはやく仕事は終へたこととして夕日のほうへ向かひかゆかむ

十六夜の月のひかりを分かちつつのぼりゆきゆく小さき坂を

ほんのりと明るむ窓に安堵していまひとたびの朝のねむり


5月  花びら

寒々し終日ひねもす降る雨に桜の色の傘さしてゆく

ひとりゐてひとりのことに過ぎてゐるこの今のときいとほしみゐつ

三百歩ほど歩みゆく坂の道花びらいくつ私に散り

雲形の麻紙の白紙に描かむよわさびの白をわさびの緑を

ユリ科にてワスレグサ属それ故にエゾキスゲを声に出だせり

花びらのひとつひとつに等しかり花びらほどの重力みゆる

花吹雪花びら花びら花びらのそれぞれあらむ空気抵抗

花びらは黒き大地を埋め尽しそっと立ちをり花びらの上

掌にひとひら受くる花びらの心に重し千重に百重に

おとなしくおとなしくして花びらの散りゆく方を乱さぬやふに



4月  位置

白白と水辺も大地も凍りつき極寒もあり地球の上は

正確に陸あり海あり正確に高度知りつつ速度知りつつ

自らの位置を一つの点としてまろき地球に宇宙の闇に

地球なるジェット気流に逆らひてたどたどたどと日本に向け

留守の間もひるむことなく溜り溜るジャンクといへるメールは削除

空白の予定表の白白のその続きより日本を始む

アンデスの雪解け水の灌漑のひと雫ごと葡萄に落つる

あと三月葡萄育む木の根っこひと粒ひと粒アンデスの水

数学を理解してゐる心地してわずかばかりの数を足しつつ

白き花あはれはかなく冬の日に冬桜と名付きしゆゑを

白き花咲かざる大木ヤマモモに春の白雪ふうわり積もる


近き未来に

目に見ゆる心に見ゆるほのほのと桜の色は棚引きはじむ

もうすぐと立ち話しては分かちあふ桜の花を待ち待つ日日を

宇宙なる無重力をも秘めもちてササユリは咲く近き未来に

春を吹く冷たき風も厭はないひとりのひとの喜びの日は

居ながらにバルセロナより来し人と共有しをりひとつの言葉


3月  去年今年

新しき年を始むる朝の日はぬくぬくきたり飛行機の窓

雲海の上に今年の初日の出アマゾン辺りみ空にをりぬ

アルゼンチンを離陸せしは去年のこと空に居りつつ今年となりぬ

見下ろすはアマゾン河よパナマ運河よ飛行高度は一万メートル

ほんのりと丸みをおびて本物の地球はありぬ赤道あたり

初日の出ふうわり雲の中に消えまだまだ続く飛行機の旅

白濁の雲の粒子のその中へ入りゆきたり今年の初日

架空ともお伽かとも朧朧宇宙にすこし分け入りしこと

飛行機の小さき影を真ん中にまん丸虹のブロッケン現象と

白雲の雲の粒子のつぶつぶのただ真っ白のその中に居る

プラチナの色の海のその上をガタガタビシビシ777機

インドより船に乗り来ぬタミル語はそのままそのまま日本語になり

凍てつけるジェームス湾に影をして真夏より来しジャンボジェット機



2月  天下の険

急カーブ急カーブごとわけ入りぬ箱根の山の天下の険

浮雲は天下の険に影をおき動くでもなし動くともあり

ビードロと花瓶とグラスと反射して朝の光の小さな虹は

冬に降る雨に潤める赤き灯に導かれゆく日本を発つ

飛行機の小さな椅子に身を託し出発という重力重し

ひとつには日本時間ひとつにはニューヨーク時間私の腕

十二個のボタン操作をマスターしニューヨークへゆく2Jシート

焦点はこの山にありマッキンリー今越えてゆくその上空を

マイナスの六十三度にゐるといふビシビシとして飛行機外気

ニューヨークの町の灯りのその中に一つ増やさむ私の灯を

高層のビル明かりを導かむ私の窓のブラインド開けて

朝あした七時になりぬマンハッタンいまだ朝日の来たらぬ窓に

香りつつアールグレイの香りつつマンハッタンは明るみはじむ

天に伸ぶ摩天楼のひとかけら四角四角の窓見ゆる窓

恐ろしさも悲しさもなく集ふときギリシャの鯛かボストンの鯛か


パタゴニア

人間の灯す明かりの輝きを見下ろしをりぬ高度一万

満月にほんの少しは近付きて白々明り諸手に受くる

飛行機の翼ほのほのあかるみて今日の満月ひかりの中を

飛行機のエンジン音と同化してはるばるを来しパタゴニア大地

枝先の最後の花のひとつ花淡紫のハカランダ花

花咲くも花さかざるもいとはないパタゴニアの大草原は


1月  尋ねる

南インドタミル語よりか伝ひしと五七五七七リズムの中に

うつろひ来うつろひ行かむ日本語の今のひと言噛み締めてゐる

望月の丁度頭上にかかるとき伴ひゐたり淡墨の影

望月の一番小さく見ゆるとき淡淡き影乱さぬやうに

ひと瓶の私のはちみつ携へて行きし人あり「しらせ」に乗りて

足元に蛙が冬眠してをらむ地下鉄あらむその下知らず

歩みゆく一歩一歩に思ひ馳す固体鉄とふ地球の芯を

鉄であり金も銀も宝石も石のなかより取りいだすさま

ぷちぷちと南極の氷の融ける音イヤホン通し聞こえてゐつつ

万年の昔の空気弾く音南極の氷融けゐるところ

今拾ふ路傍の小さな石ころに私の体温伝へてゐたり

空気にも石っころにも生ひたちを尋ねてゐたり師走このごろ


刹那とふ言葉表す数字とて0.000000000000000001秒

億と兆とそれから先の数しらず小さくすぎぬ一日一日の

鹿ケ谷の凸凹南瓜のかたはらに常の日のごと時の過ぎつつ

三ツ星といふにはあらず満天の星のもとにて今日のディナーは

虚しきと思ほふことなどありはせぬ中天にあり十三夜月

欲りするはほのあたたかき白き白湯小望月の月の明るさ

望月の丁度頭上にかかるとき静静として影を伴ふ


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