2014年 短歌

12月  外っ国

見ることも感ずることも無きままに素粒子といふ存在のある

自らの居場所を探し求めこしこの頃決めるしばらくここに

刻々と変りてゆける時の間を何をなすべき何を思はむ

ロンドンに向けて飛びゆくこのときはシャブリ一本わがものにして

降りたちしロンドン空港雑踏にアムステルダムより来む人はまだ

百年をタイムスリップせしごとしバルセロナの町並をゆく

直角を感ずることの無きままにふはふはとゐるサグラダ・ファミリア

デコレーション・ケーキのやふな町にゐていとほしくありおいしくもあり

電球の赤い色する町々を見降ろしてゐるスペインの空

守ること残しゆくこと存在を知らしむること当然として


11月  放射線

一様に杉は植えられ奥多摩の山山山のあまり一様

奥多摩の山の湿度のしっとりとクロッキー画はシワシワとする

奥多摩の山のなだりの花の道高砂百合の白々つづく

目に見えぬ粒子を見(み)むとの巧(たく)らみのその大(おお)いなる企(たくら)みのこと

中秋の月の明りに敬意して私の部屋に明りともさず

月面に淡き影する玄武岩その一点の良く良く見ゆる

太陽よ月よ宇宙よ地球にて私の命の今日の健(すこ)やか

よき風の吹きゆくことを喜べり放射能を含みかをらむ

最古なる古生層より湧きいづる湯気を見ている真白き湯気を

石段はワインカラーに染まりゐて染井吉野の桜んぼ頃


10月  釈迦如来

両の手に包み彫りゆく角材は次第次第に釈迦如来

D51の蒸気機関車動輪のそのゆえにして新橋集合

無造作に骨細胞の積重ねどんどん育つアルゼンチノサウルス

スーパームーンいちばん小さくなる時刻六本木の空近くゐる

何事も無かりしごとく穏やかに今日の一夜のスーパームーン

まばたきのまばたき毎に灯り増し本当の夜になりゆくところ

おのづから百年の音色うかびゐて大田黒元雄音楽公園

遊歩道車道猫道通り抜け角川源義に逢ひにゆく道

ホオノキに真白ひと花残りつつ秋の草々七草揃ふ

病人といふ症状の無きままに病人ほどの診断をもち


9月  富士山

見聞と経験実見重ねつつ今日の私に湧き出づるもの

冨士山頂火口の泉の雪解(ゆきげ)の水に富士山描くひとになりたい

三条の鉄鍋一つ加はりぬ永久(とわ)にあなたを忘れはしない

五十嵐川の砂鉄にはじむる鉄鍋を満たして今日はパェイジャですよ

濃く染めし藍の色して今日の空細く鋭く上弦の月

人間も馬も車も立ち入らぬ奥多摩深くヒメボタル生息

蹲(つくばい)に一滴一滴落つる音等心円を造りつづくる

ひとり来しひとり佇むひと所タイワンニンジン木の小花降る降る

てのひらにか細き動き伝へをりミンミンゼミの一世の終り

ジーツクツクツクツクツクツクボーシ ウツクシーヨと私に聞こゆ


8月  まんまる

未(いま)だまだ空の青さの残りつつまんまるまるまる満月いづる

パソコンに疲れしまなこ和(なご)みゆくまろまろ月のまんまる光り

少しづづ私の位置を移しつつ一つ夜を居るまんまる月と

目に見えぬものは見えざるままにして月と私と遮(さえぎ)るは無し

放射能を使ひこなせり私を直し放射能にて毀(こぼ)せしものを

横綱も審判呼びだし観客もみな丁髷(ちょんまげ)よ江戸錦絵は

踏み締める一歩一歩に湧きいづる白白真白奥多摩の山

登りゆく足元すっかり雲の中雲の粒子の粒子増しつつ

猛烈に降り降る雨をふくみつつ撓み撓める柏葉あじさい

水と墨筆と和紙とを解きゆきて富岡鉄斎理想の境へ


7月  抹 香

さりげなくおほきサポートいただきぬ今抹香を額(ぬか)にかかぐる

ふっくらと実るもみじの時は来ぬいづれいづこに根付きかゆかむ

紫の素質をもてるつゆくさに導かれゆく日野の散策

みかんの葉ひとつくるくる回しつつ水は流るる日野の用水

アララギの常緑緑に若葉萌え継ぎゆくことを心に誓う

今様の顔立ちに彫るわが地蔵古りし地蔵の里をゆきゆく

正月に赤実とならむ万両の白白小花反(そ)り返(かえ)り咲く

美しい世に美しき画像にて私の脳のすこやかにあり

ビワの木にビワの実稔りビワの木に登りいたりき日がな一日

麻ひもの結びてありぬ石一つここより先へ入りてはゆかぬ


6月  螺 髪

自らの意志のままに意志ありき今日は右に少し傾く

へッドホンにとぎれとぎれの“子犬のワルツ”私の脳を検査してゐる

工事中のごとき噪音刻みつつ私の脳の画像成るらし

全身のポーッと熱くなりしとき造影剤の巡りゐるらし

のぼりこし月の光のほのぼのと私の部屋に私の影

宵やみの部屋に入りこし月明かり物皆月の影をともなふ

キラキラと時に光を放ちつつ群ゐる鰯の一匹一匹

獣医師に応診さるると魚達水族館の水槽の中

水槽に春の嵐の届かざり巨大鮪の超速ひたすら

まっ白の手袋をして仏頭の螺髪彫りをり小さく小さく


5月  桜桜桜

鶯はきのふお山をいでこしか河津桜のまだ三分咲き

七つ八つ桜の花びら積りゐる透明の傘傘さしてゆく

天の桜散り散る桜地に桜心にも積み桜桜桜

帰り来し私の部屋にひらひらと桜花びらもう一度散り

まんまるの窓辺の月の引力に静かに静かに引かれてゐるよ

ペテルギウスの超新星爆発は過去か未来かオリオン星座

殿ヶ谷戸に湧きいずる水透明のやがて野川となりゆける水

お浸しにせしことありきむらさきのカタクリの花ほの甘かりき

極限のお姿にして五百羅漢おひとりおひとりお話ししてゆく

神様の御前にありて幾百年角材となる榊とどきぬ


4月  神 様

薦被(こもかぶ)りとワイン樽(たる)との真中にて参道をゆく神宮詣

樟(くすのき)と樟とに注連縄(しめなわ)のかかりてゐたり神様の庭

脇息(きょうそく)に寄りて思案のさまに見ゆ柿本人麿像に会ふ

日本語三十一文字のリズムして昔の人の親しく覚ゆ

少しばかり時の過ぎたることわりに美しき文字読み得ぬを知る

束帯(そくたい)に笏(しゃく)を持たるる内裏(だいり)様和歌推考をされゐる様子

研究の進みきたれる理(ことわり)に羽毛恐竜獣毛恐竜

カルシューム豊かに含める土壌ならむ逞(たくま)しい骨恐竜化石

十二粒の朱実万両消えにけりヒヨドリ来たり私のベランダ

下手といふ上手といふことは無い伝ひきたれる心尊ぶ


3月  万 両

この赫をいついつまでも残さむよ万両描く一粒一粒

万両のたわわに稔る粒々の一粒一粒太陽光る

掌の檜柾目の角材の内にまします仏様探す

新しき檜の香りを重ねゆく一刀一刀一刀一刀

白金も黄金にも増す角材の内にまします仏様探す

仏頭のおほひなる耳彫るときは声かけながら心の声を

幾重にも檜の香り重なれり香りの中に香りをつくる

遠く近く富士山はあり安堵する浮世絵めぐる現実めぐる

富士見坂通りゆくとき富士山を探していたり探し得ぬまま

富士山に近づきゆけり真向へり目に見ゆる富士手に描く富士


2月  大和盆地

三日月の月の光りに頼りつつ私の家の鍵掛けむとす

豊穣と安穏祈る聖地にて神坐日向(みわにますひむかい)神社

味酒の神と通はす心して御神酒いただく大神神社

三輪山にま向ひ二拝二拍手一拝の間静かに静かに山に融けゆく

いま冬の松杉桧のま緑の神の鎮もり大神神社

万葉集に知りたる地名は快速に走り抜けゆく大和盆地

初雪に屋根屋根白いスパイクの付きたる靴を履きていでゆく

山裾に鈴成り黄金(こがね)のキラキラとみのりの黄金みかんの黄金

南天の一粒づつの赤き実の一粒づつの氷の滴

奥多摩の湿度が全て凍りつき真白の景色歩みゆきゆく


1月  四次元

いつの間に一億年の誤差はあり今日の講義の一三八億年

四次元にゐたりて思ひ馳せてみる九次元十次元無限の次元

見逃がせし流星群の流れ星見逃がすは無しプラネタリームに

パンワインにしん一匹トルテッロミケランジェロのメニューを真似て

枯れ蔓の間に間に赤しからすうり炭団坂(たどんざか)を下りゆくとき

四次元は黄色黄色に満たされて東京大学公孫樹並木

この年の落葉踏みゆくサクサクとどうしてゐるか寂しくないか

水明かり丁度もみじに照り陰る三四郎池昼下りゆく

宇治川を渡りゆくとき甦るあのことこのこと昔と今と

ひこばえは大和田毎に緑なし静かに静かに冬に入りゆく


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