2020年 短歌

7月  細 胞

ホモ・サピエンス・現生人の私の37兆個の細胞健やか

百二十年前の日付けにて父誕生日ほのぼのとしてほのぼのと

南伊豆より届きたり太ネギ空豆木くらげとおかひじき新玉葱新ジャガイモと

味付は何も要らないこのままをオカヒジキシャキシャキ木くらげコリコリ

もう一度生きゆくよふな心地して今までの日々振りかえりをり

思ひ出す思ひ出すこと多くして忘れ得ぬこと加へてこのごろ

恐竜と奪ひあふような心地して銀杏の味銀杏の色

恐竜は気触(かぶ)れることは無いのかな私たちまち気触れてしまふ

葉替終る楊梅(やまもも)大樹のにぎやかし群雀のピチピチピチピチ

黄色付く落梅ころころころがりて権限坂をころころころ

玄奘のサンスクリット語経典よ駆け登りたりき大雁塔

慈恩塔の小さき窓よりはるかなるものはるかにありぬ

慈恩寺の境内にして大雁塔誰れも居ぬまま登りぬ帰りぬ

大雁塔の小さき窓よりはるかなるシルクロードよここよりはじむ

西方へシルクロードの始まりをシルクロードのワイン飲みつつ

6月  『今』

漢字以前「神代文字」のありしとぞ日本の国を知りてかゆかむ

これからを五十億年の太陽よひととき私の命と関はり

トクトクトクわが心音を確かめて重ねかゆかむ生きゐることを

自らに築きし結界ここよりかコロナウイルス入り来るなかれ

太陽をいで一直線に来たりたり小さき日溜り日向ぼっこ

はるかなる太陽よりの日溜りよこの熱もちてコロナ焼くべし

命がけ牛糞ころがす虫もいて其れ其れのこと其れ其れにあれ

過去に浸(ひた)り未来を思ふこれからを確かめにつつ生きゆかむとす

微なるまま無形となりて大人しく新型コロナの過ぎゆくを待つ

帰り来し私の小庭の雛罌栗の花びらひとつ散りたるを知る

変えられぬ過去はそのまま過去にして造り続けむ新しき過去

ポストまで行く用事のやっと出来自粛籠るる家をいでゆく

目に見えぬものと戦ふつもりにてただただただに虚しさばかり

頼るといふこと知らざりき群れもせず慣れゆくこともただ下手のまま

地球より居なくなる日のあることを教えてくれたコロナウイルス

5月  木花咲耶姫

最接近赤赤赤く登りこし今年この日のスーパームーン

目に見ゆるほどの速度に登りくるこの日ばかりのスーパームーン

昨宵のスーパームーンの過ぎゆきぬ今朝は太陽ひとつ窓の辺

一秒に三十キロの光速の一年分を一光年と一年手帳に

月をいで1・3秒の後にして私の窓に届きぬ月光

月までの距離と同じき三十八万キロ体感したりきドライブ記録

千年の時を過ぎこし地蔵菩薩といま彫りあげし地蔵菩薩と

1019乗光年先に西方浄土のあるといふ鉛筆もて計算してゐる

こんなにも大きな変化のありしことチェックをしつつ浮世絵をゆく

富士山の山霊鎮む木花咲耶姫逢ひにゆく道階(きざはし)のぼる

黒々と古木の胴に初々し一輪咲きぬ初桜花

吹き溜まる桜花びら抄(すく)ひあげもう一度散らすもう一度吹雪

火星まで行きて戻ると三年とメモのいできぬ大掃除

備前なる土塊(つちくれ)にして2sほどすり鉢形をなして焼きあぐ

自然界にもっとも重く存在す原子核のその名はウランと

4月  宇 宙

太陽と地球との距離1億5千万キロを隔てて今日の日向ぼっこ

私の肌に23度の温もりよ太陽光を独り占めつつ

わずかなる刻刻たちまち日焼けする太陽のこと知りはじめむと

太陽光遮る物質数多(あまた)あらむ私の部屋に朝の日全(また)けし

太陽に寄りて命のあることを今あらためて太陽のこと

一千億光年の話を聞きてをりその光年に私を加ふ

昨夜降りし雨のなごりを光らせて山桃雄花の花盛り

小庭辺の山桃雄株の花盛りいづこに咲くか山桃雌株

なるべくを外出控える日々にして群雀のピチピチピチピチ

宇宙にも終りがあると聞こえゐてまず自らの命のことを

膨張を続ける宇宙の内にしておそらく正しく生きてゐるかと

ダークマターとダークエネルギーのバランスの頂度良くして今日の私

宇宙にて地球に山百合咲く時に母の子となる由利と名付きて

残されし母の歌集を繙(ひもと)けり母と同じき私に出あふ

祖父母と父母と兄弟姉妹の家族大円卓に集ひし頃を

3月  アンコール遺跡

椰子の果の果汁を日々の水分とベトナムにゐるカンボジアにゐる

木々草々アジアの中に分け入りぬ今日の私の命を託し

はるばると来たれり早起きして臨(のぞ)むアンコール・ワットに射(さし)しくる朝日

ヒンドゥー教宇宙観とぞ中央祠堂ほのぼのほのぼの朝の日射し来

ヒマラヤの霊峰よ無限の海よいまは輝やく太陽を待つ

巨大なり神聖なり天国なりそして地獄も太陽のぼる

如何なりし役目果してをりしかと崩れ落ちたる砂岩ひと片(かけ)

遺蹟より崩れ落ちしかひとつ石寄りて暫く暫をりぬ

崩れこし遺蹟でありしひとかけらしばし伝ふる私の温み

遥かなる意識を遥か越えをりてタ・プローム寺院を貫ぬく巨木

風化した丸き穴ぼこぽこぽこと砂岩に長き長き年月

石英と白雲母と長石と結成砂岩のアンコール遺跡

古き代に彫らるるレリーフ古人(いにしえびと)よ添ひてゆきつつ挨拶しつつ

山の岩切り出(いだ)された砂岩彫刻シヴァ神踊る私も真似て

トンボ飛ぶつばめも飛んでアンコール・ワット崩れ石に坐りてしばし

2月  ハロン湾

五億年の地質にありとハロン湾五十億歳の太陽没む

シリウスのまず輝やきぬハロン湾いまだ夕焼残りをりつつ

夕焼けをしばらく残しゆきにけり明日の朝日と来たらむために

五億年の地質の歴史をもつというハロン湾に一夜をねむる

天国と言ひても良しと思ひつつ生きて見てゐ天国を

自らを半球軸の中心に夜の星々は天球にあり

満天の星々は皆天球上それぞれの距離見えざるままに

明日には満月となる次第にて十四日月と今夜を過す

海の辺に船の明かりのゆれもせずハロン湾の夜過ぎてゆく

少しづつ明けゆく朝を見守りぬその時の間をその時の間を

石灰岩の三千の島々の景観よ地質進化の痕跡見せて

シボシボと梨地のよふに描きたしハロンの海面ひとときシボシボ

左へとゆっくり流れているようなときどき木の葉も混じりてゆきぬ

山盛りの海老の空揚げ熱々は殻ごと尾ごと透明ワイン

船端に寄りて覗きぬハロン湾珊瑚礁見ゆ小魚の見ゆ

1月  仏像彫刻

尊くして最高のものを表はする語源もちをり檜の材を

ヒノキ科ヒノキ属にて常緑の針葉樹なる材より始む

歴史上の人物であり命の尊厳説かるる人を釈迦如来彫る

檜なる角材よりかはじまりぬひと彫りひと彫りひと彫りひと彫り

二千六百年程前の世に思ひを馳せるフィトンチットに安らぎにつつ

一彫り一彫り一彫り毎に香りたつフィトンチットに守られゐたる

一彫りを一彫りづつを無限とも重ぬる重ぬる釈尊に会はむ

釈迦如来像彫りあがる十二月八日あたかも釈迦の臘八会(ろうはちえ)

たおやかに母に似てゐる面持ちに釈迦如来像出来あがる

いつもではない心持ちしてをりぬ釈迦如来像加はる部屋に

綺麗だね綺麗だねと誉めながら桜紅葉の散り敷く道を

ひとりゐる部屋を満たして吟ずるは「自画に題す」漱石忌

権現の山の急坂駆け下りて今日の一日のはじまりてゆく

四百年をここに立たれる地蔵尊今朝の私の「行って参ります」

羽を持つ山百合の種はどこへやら種鞘乾きて直ぐと立ち立つ


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