2012年 短歌

12月  元素

十六夜の月と交信するつもりあのことこのこと話の尽きず

取り戻せし時を実感してをりぬ高めの球は最速スマッシュ

各々の元素の重さの異なるを右手に知りぬ両手に知りぬ

十枚の葉っぱ新しい幸福の木の天辺にひと夏の過ぎ

星々と同じき元素を身にもちてペテルギウスを探しをりぬ

朝な朝な鏡にうつすわが姿数多元素の集合体を

肉眼で見ゆるといふアンドロメダ見むとしてをりベランダに出て

二三○万年前の光りとぞアンドロメダの星雲探す

百キロの上空にして彗星の残せしちりの流れ星二つ

一つ夜を星屑達と遊びをり放射の線は光りとなりて


11月  羽毛恐竜

黒雲はますます黒く雨激し恐竜化石に逢ひにかゆかむ

単一の公孫樹の葉っぱの散りばへりしかと立ちをり羽毛恐竜

巨ひなるトンボの目玉と睨めっこジュラ紀の化石をしばし離れぬ

3Dの映像の中へ3Dの私入りゆくティタノサウルス

地球にて時代異なる恐竜の化石の間に間しばしたゆたふ

ひとつひとつ同じではない安心とみんな同じに見ゆる安心と

一年の程の間に間に恐竜は羽毛が生えぬ羽毛恐竜

熱帯の魚のやふ鳥のやふ極彩色になりたり恐竜

限りなく太古の時に戻りゆくCTスキャナー電子顕微鏡

恐竜の大腿骨に伝ひゆく私の今日の手の温もりは


10月  奥多摩

多摩川と日原川と会い合うところ日原川は遡りゆく

どぼう岩くりぬくトンネル長く長し抜けい出万緑若葉の中へ

山と山と山の狭きに石を積み室町よりか人住むと言ふ

天近く急斜面の畑なれどか細き葱はまっすぐに立つ

右足を左足を慎重に片足巾の急坂登る

獣避けの網めぐらする集落は静かに静かにタラの木に花

日原の山は削らる段なして都会のビルの増えし理

桜かなスモークチップのフッと薫りヤマメ燻製運ばれきたり

奥多摩の酒になりたる水を呑み肺胞満たす空気新し

もっと上をもっと下をと見巡りきいまだ残れる筋肉痛は


10月  葡萄畑

書く描く画く三つのかくの範囲にてこの夏の日の過ぎゆかむとす

八月の二度目の満月のぼりくる日暮れのはやくなりたる空に

燻金の満月目指し往き往きぬ背(せな)に満月ありつつ帰る

忘れ得ぬトゥクマンの月レマン湖の月飛行機の窓埋め尽くす月

カーテンを開けて待ちます満月の私の窓に来たれる刻を

続きゆくリズムは身体に定着し葡萄を詠まむ十月のうた

勝沼の山のなだりに無限ともデラウェアの一房を描き

くくもれる今日の日射しを反射する葡萄球形葡萄色彩

ひと粒をひと粒をまたひと粒をデラウェアと一緒にゐたり

種無しに処理施さるる葡萄畑眺めてゐたり日の落つるまで


9月  月の光りを

幾歳(いくとせ)を描き溜めたるデッサンよ反古と決めたり今日の夏の日

窓を開く網戸も開くる雲も無し私の部屋に月の光りを

満月と私との間(ま)もぎっしりのダークマター・ダークエネルギー

情報はコンピューターに任せゐてひとり心はひとりたゆたふ

何もしないといふのではないこの時を静かに静かに静かにゐたい

口実は暑さといふよひと休み長く生きこし地球の上に

自らの手の温もりにあたたむる私の胸の私の心

つる草のイケマ若葉に卵ありアサギマダラとなりゆく卵

葉を花をイケマに育つアサギマダラ実の成る頃は海渡りゆく

毒をもつイケマに育ち毒をもつアサギマダラは海渡るとふ


8月  反古

幾歳のデッサン今日より反古として塵回収車回収の音

暑い暑い暑さのなかにゆらゆらと心は脆く身もまた脆い

まだ小さい片陰りに身を託し権現坂の駅までの道

鉢植ゑの花を咲き継ぐ瓢箪と私に注ぐたっぷりの水

ポケットに携帯電話を入れしゆえ何処に居るとも何思ふとも

富士山の見ゆる景色は浮世絵の両国橋を渡りかゆかむ

隅田川にはじめて架かりし橋と謂ふ両国橋は武蔵の方へ


天国への

ズームせしごとく岩山迫りくる妙義山のトンネルに入る

トンネルを幾つ越えしかトンネルにまた入りゆきまた入りゆく

目を凝らし目に見えゐるは暗黒の濃淡なくしてひたすらの闇

地球にてひたすら暗い闇のなか雲は消したりすべてのあかり

60兆の0.1%の相違にて人間としてあなたと私と

未知といふことの待ちをり次の駅未知解決はもうすぐですよ

見聞は自の言葉に変換し守りかゆかむひとりのひとを

アカバナの夕化粧の花咲きそむる帰りゆく家まだまだ遠い

137億光年のその先に何も無い訳ではないと知り

天国への距離と言はるる1019遠い近いの私の基準


7月  奥多摩

見渡しの山また山の奥多摩の海沢といふところ訪ぬる

奥多摩の光あふるる窓に寄り共に見上ぐるひとつ頂(いただき)

月にもつ小さな土地も今日の日のスーパームーンに少し大きい

地球なるあのことこのこと真自然のそのままそのまま数の法則

木もれ日のひとつひとつの金環の太陽のありえごの木の下

自動車のヘッドライトの範囲のみモノトーンの富士山樹海

五合目のなだりに残る白雪のその上に降る冨士の白雪

金環の輪っかはテレビの画面にて富士山五合目黒雲の中

月も星も人の明りも無き闇をひたすら登る冨士山を登る

小布施なるここに居られしそのことを葛飾北斎眼裏に追ふ


6月  小布施

植ゑられて間もない稲の儚さを揺らしゆきゆく佐久平ら風

有明の山もトンネル道となり長野に入りぬ小布施に着くよ

小さき実の緑青色に成りゐるか林檎栗の木小布施に来たり

北斎の住みゐしことのうれしさにこの木この草疎かにせず

宝暦の創建にして逢瀬神社誰にも会わぬ時の過ぎつつ

北斎の残しゆきたり鳳凰図独り占めつつ暫を過ぐ

痛い棘鋭い棘はどこえやら鬼無里のおやき薊の餡を


スーパームーン

夜の空のしし座のししの胸あたり赤く大きく火星の光り

金星と木星火星土星をも一望にしてプラネタリウム

人間と同じ粒子になりたつと金星光る明るく光る

今日の夜の三・五齢の月の上金星はあり下に木星

一日の全部の時間の終る頃見上げてゐたりスーパームーン

少しづつ私の窓に近づきて小さくなりたりスーパームーン

暮れなずむ空のおぼろの空色を移し終へたりスケッチブックに

小庭辺のやまもも雄花の花盛り隣の雌木は昨日伐採

こんもりと3Dの藤の花スケッチブックの平面に描き

生息をせし記録とて藤の花ひと花ひと花幾房を描き


5月  仏の座

雪原は向かうの山まで続きゐるまっ白をゆくMAXとき号

天の雪地上の雪ただに白片足立ちの白さぎ一羽

雪深き越前に来し今日の日の春となる日の雪割草

どこまでも白の田んぼの白靄白白(しろしろ)動く白鳥の群

もう一度身に受くことのありやなし雪後(のち)晴の夕日輝やく

八国の山の起伏の尾根伝ひ心に留むこの日のことは

冬木々の枝々伝ふめじろ見ゆコナラの落葉厚く敷く処

冬枯れの枯れ枯れ畔に見つけたり仏座(ほとけざ)します三階の草

哀しさをもひとつ加ふ吾亦紅常に咲きをり私の内に

仏の座クリスマスローズ蕗の薹ひと日の履歴アイホーンにあり


4月  アルゼンチン タンゴ

白白と夜は明けきたりブェノスアイレス呑み干さむとす最後のコパを

全身にバンドネオンの余韻ありタンゴに行きぬ石畳道

窓枠を額縁にしてボカ港キンケラ・マルティンのアトリエにゐる

色色な色塗られゐ家家の小道をゆきぬタンゴ発祥

極端に喜び嘆き哀しめるタンゴのなかにおとなしく居る

碧い碧い空のおおきな朝でした如何にいますかあの日あの人

誰も何も無くてもいいと決めている寂しいことも無くてもいいよ

溺るるといふほどには呑みもせず狂ふとふほど狂いもせずに

シャンパンを呑みつつゐる八番シートいざ越えゆかむアンデス山脈


湯たんぽ

水の輪の広ごりゆけり多摩湖面カイツブリは潜りてをりぬ

ユーラシアの大陸よりか飛びきたり金黒羽白と日だまりにゐる

柳瀬川空堀川と合ひ会ふところ河原の石にしばらく坐る

冬に来し冬明けぬまに行かむとす鳥達群るる空堀川を

沸点になりたる水を注ぎ入れわたしの夜の湯たんぽづくり

をさな日の思ひのなかに眠りゆく温温温し湯たんぽ温し

偏旁脚(へんつくりあし)にも月の組み込まれ月もつ我身に今日の月かげ

カーニバルの夏の光の中にありき豹の仮面の今日の冬の日

朝の日は一直線に差しきたり一番奥の仮面が光る

目も足も自らのもの自の考えいだすことを信じる


3月  ピンポン

覚えしと思ほゆ星の位置変はりあの日あの星いづくにかあり

アンデスの高きにありしビクーニャのショールをいだす寒波きたりぬ

ブロッコリーの花のつぶつぶかみしめてこの感覚よ生きゆかむため

熱くないぬるくもない湯にひたり思ひを馳する宇宙の水へ

ほんのりと磨りガラスに朱のさし木斛の実の弾けしならむ

権現の山に積りし白雪よ私のつける足跡つづく

朝まだき厚き匂ひの漂よひて蝋梅の花咲き初むを知る

擬態にも似てゐるかと終日を家に籠れり自分を守る

ウガンダの山の氷河のひとしずくナイル川になるを見届く

ピンポンをまたしてみむかピンポンの黄色くなりし球をピンポン


2月  霜柱

うつぶきて真白静かにスノードロップアダムとイブに咲きたりといふ

ふうわりとふうわりとあり踏み入りぬ2センチ沈む霜柱かな

武蔵野の苔を持ち上げ宙ぶらりん跡形無くして霜の柱は

キラキラと霜柱立つキラキラと忽ち消ゆることの哀しさ

朝まだき厚き匂ひの漂よへり蝋梅の花咲き初むを知る

蝋梅の黒き結実残りつつ今年の花の今年の黄色

蝋梅の木下に蝋梅落ち葉して蝋梅の咲く支度整ふ

榧の木の木下に榧の実を探す榧の実の味蘇りつつ

ほのぼのの月の明かりに頼りつつ鍵穴探す私の家


霜柱

千個ほど地球を集む大きさの木星光る私の頭上

やさしさと鋭さとあり破壊音霜柱の上歩みゆきゆく

子規居士のありし昔は消えゆきぬ過去を知らしむ標識残し

日本と少し異なる形する大根人参千六本に

向ひ合ふビルのガラスに反射して夕光届く私の窓

日本より十時間後に来れるとニューヨークの新しき年

極寒の空の青さにドアを閉じひと日を籠る地下のアトリエ

乳白色二片の骨を説かれつつ今人間の鎖骨と動く

宇宙なる小さき単位のフィグス粒子目に見えぬもの心に探す

急階段下(くだ)りて地下のアトリエも満ち満つならむフィッグス粒子


新年  おとなしく

満開とも花吹雪とも言ふなかれ冬の桜とおとなしくゐる

流れ流れやがて大河となる流れ今岩の間の瀞みのところ

この年の最後の花の花々の小振りの花の花束届く

ほのぼのと上腕にあり筋肉痛きのふのことのよみがへりつつ

描かむと遠く来たりし旅にして両神山は霞にけぶる

目に見えぬもの目に見ゆるイラストにニュートリノビーム今講義中

ニュートリノ振動の音の聞こえゐる目に見えぬものゆらぎゐるらし

超新星超爆発のエネルギーさまざま元素のつくりいだされ

集まりし元素は星に太陽に地球も出来た私も起こり

いつかいつか水素が燃えて尽きるとき星は消えゆき宇宙は闇と


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