2021年 短歌

12月  観音経

守らるる苔属苔科の苔の寺静かに静かに息をしてゐる

土質と空中湿度の加減良し西芳寺のせんたい類ツノゴケ類

西芳禅寺畏み座せり写経する延命十句観音経を

白白と白花連なるエゴの枝織り込みたりき生きゐるタピース

二日程足らざることのいとほしい私の窓に十三夜月

十三夜の月の光を招きたりほのぼのとしてほのぼのとゐる

私の窓の範囲を過ぎゆけり十三夜の月の余韻のこして

翌檜あすなろは檜と育ち良材に聖観音像彫りゐるところ

朝い出て夜になりたる心地するトンネル長く羽田に着きぬ

ツイと来てツイと行きてしまひけりシオカラトンボの居た空間よ

奄美大島に降りたちぬトンボ・蝶・あめんぼ・いもり・みんな近くに寄り来てくれる

何枚目の葉っぱかしらヒカゲヘゴの葉っぱを数ふ

虫達はすこやかにあり三々五々飛びきたり飛びてゆけり

昔とても昔のことといふヒカゲヘゴは恐竜の餌と

おおぶりな椎の実コロコロ落ちているスダジイの実かと推す

11月  ファストスター

軽井沢の木々草々にうずもれておのずからなるフィトンチット

こんなにもしっとりとして安らかにフィトンチットに癒やされゐたる

出来たての空気の中にて蘇るあのことこのことこれからのこと

自らの把握範囲をこころして静かに静かに生きてをりたい

気がねなくぶ厚き本にのめり込むどこにも行かない日の続きつつ

たちまちに真黒き雲の広ごれり降る降らざるはどちらでも良し

二週間放置せざるを得なかったブーゲンビリアの落花落葉

石も木も崩れて過去となりゆくを過去の上をもう少し歩く

見えもせず感ずることもあやふやな私をとりまく原子よ如何に

木星が消滅すると伝へられ私より先に消えてはいけない

数億年前のこととてファーストスター星が生まるる輝き初むる

元々は何もなかったといふ宇宙そんな説はなかったことにす

シルクロードの微笑菩薩ほほえみぼさつ微笑ほほえみを真似してゐたり今日も一日

東山三十六峰のひとところ今日の私の窓の風景

太陽も月も星も見えぬまま赤きネオンの大阪にゐる

10月  水引草

タデ科イヌタデ属の水引草花軸高しおじい様おばあ様に会ひたい

隋よりの小野妹子の帰国時の天皇への贈り物に紅白の紐掛けありと

水引の結び方を教はりし日よ花軸高し今日水引草

封印の証であると水引の水引草の花軸高し

彫りつづく桧正目の聖観音像どんどんスリムになりてゆかれる

性別といふを超へられ聖観音像彫りつつ加ふ自を

父母の庭と同じき草々よ軽井沢にて出逢ふ出会へる

父と見き母と見たりき草々よ父とゐるごと母とゐるごと

雑木林一本根方の小枝に届く今日の最後の太陽光

一番目の荻の紅紫に逢ひてより尾花葛撫子女郎花藤袴桔梗

無限とも埋め尽しをり木々の葉よ静かに静かに息をしてゐる

未完成聖観音像にもお見せする無限とも木々の葉っぱの安らぎ

さやさやと雑木林を埋め尽くす一葉一葉のテレパシー受く

ゆっくりとゆっくりと細胞の活性の音聞こえつつゐる

木耳とアスパラガスのソティにて二週間の日日よろしい

9月  りんごの木

アルゼンチン国パタゴニア地方キラキナ国立公園にて一本のりんごの木の所有者なりき

捥ぎ取りて一個の林檎の冷めたさよひと齧りの冷めたさよ

桃の香のパッと拡ごる宅配便この年もまたこの日巡れり

何処かしこあの坂この坂坂道の歴史ありつつ江戸東京に

ずと漢詩の中に分け入らむ呆然として呆然のまま

はっきりととらえ得ること何もなし古地図の上をゆきつもどりつ

常使ふ日本の漢字のなかにして中国よりの名残りよろし

男であり女でありその尊きバランスを心して彫る仏像彫刻

夕の日の沈みてゆける方向に十万億土極楽ありと

窓の辺に「南十字星」そっとありき外国住いの始まりなりき

檜なる一木に彫る聖観音一刀一刀私を込むる

「宇宙」「神」「仏」「真実」漠然と思ふそれだけで良い

無限とはどれほどの時間をかけても数へ得るには至らない

有限とは時と手間をかけさえすれば数え終えられること

自らに所有時間の豊かさよ「考えてみる」遊びしてゐる

8月  「宇宙にて」

自らの自らのための自粛にて慎みをらむ静かにをらむ

大方の魚の眠る満月のサンゴ産卵すこやかにあれ

父母の和歌のリズムの内にして私の一世私のリズム

深海の海底火山の熱水噴出口黄鉄鉱に原核生物誕生

岩石のグラファイトなる物質に生命のもと芽ばへりと

地球なる原核生物の誕生にて人間の基となりたることよ

隔(かく)も隔(かく)も長く懸(か)かりし時の間に人の命のめばへしことを

こんなにも長い時間に連らなれる私の命やさしくなろふ

クシナガラにて最後の布教をされたこと八十歳のお釈迦様

沢山の貴き物事残りゐる立派な地球を感じてやまぬ

「ウリジン」を「シュードウリジン」に置き換へて炎症反応を抑えるといふ

カタリン・カリコ博士・ワイスマン教授開発のワクチン我が身に

点でありき「原核生物」よりはじまりぬ人類を救う出来事は

「地球にて」生きこしことよ誘はれて「宇宙にて」に入(い)らむとす

飛行機の窓を埋めて粒粒粒雲の粒子に出逢いし日あり

7月  菌安居

自らを中心にして前後左右無限の宇宙に気配りしつつ

お釈迦様の雨安居を習ふ菌安居苦では無くして快楽でなし

美しく過してをりぬ心うち余分なことのひとつだに無し

ピンク色大き満月過ごし遺り今日は新月いちずに暗い

鑑真和尚眺めしならぬ同じ月三十六万キロ程隔たる月を

暮れなずむうす暗がりに反比例白くっきりとどくだみの花

今日の日の二十四時間自らに使ひ尽くしぬ満ち足りてゐる

時々は所在ボタンを押してみる今日はビバリーヒルズにゐると

光年を単位の中にポツネンと生きゐることよ二十三時就寝タイム

どこかしこ地球の上の体験を繙(ひもと)く繙く甦りくる

一億五千万年前にはじまりしと宇宙の終る日には出逢いたくない

聖観音右手に持たるる蓮莟確かめにゆく不忍の池

あらゆる人のあらゆる願いを叶ふると補陀落よりの観音菩薩

インド原産長茄子水茄子丸茄子千両茄子スケッチしてゐる

つやつやの千両茄子のつやつやの茄子紺色に留まる暫し

6月  光 速

ポルトガル路面電車の窓の辺の甦りくる今朝の目覚めに

しっかりと閉ざし籠るる部屋内に何の役にもたてざるままよ

ささやかにもう少しほど生きゆくを諦めないで邪魔せぬよふに

まんまるのピンクの月に向ひゆくひとつ便りをポストに運ぶ

月面より地球を覗きし人のありケネディ宇宙センターへ行きき

幸せに向かひ歩みゐるごとしおおきピンクの月のいでくる

今日の日の地球のまろみのうえに立ちスキップしたき心となりて

目を閉じて思い出しをり飛行機の窓にやさしき地球のまろみ

シアノバクテリアのおかげかと朝のきれいな空気のなかに

樫の木に樫の花咲くときにして団栗になる日を忍ぶ

光とはどの方向に進んでも速度の変化の無きままと日向ぼっこ

光には邪魔者は無し光速は一定であり日向ぼっこ

これほどの現実のあり宇宙なるはじまる前のことへの無知は

眠られぬ夜は映像のギアナ高地エンジェルフォールの霧と消えゆく

思ひ出は地果つるところパタゴニア・パタゴン族の矢じり拾ひき

5月  八重桜

ビタミンD自らつくる自らに午後の斜めの日溜まりのもと

巨大過古ありたることのまざまざと石と化しをり巨大とんぼ

滞りなく過しをりこの日々を大きな過去を礎(いしづえ)にして

こともなく往復したりき四万キロ地球単位の距離の親しい

興福寺の八重桜が満開なりと後鳥羽天皇建久六年のこと

下の千本中の千本上の千本奥の千本桜花満ち満つ

神様と献木されし数万本静かに静かに花咲き満つる

何国語も必要のなきひとときよ吾が子等とのコーヒータイム

九ヶ月先に味噌と成熟すNYっ子の仕業残りぬ

あんなことこんなことも仕終へたり今日の一日も終りゆきゆく

母は亡し竹の子はどうすればいいのパソコン広ぐパソコンに教はる

竹薮が引越しをして来しごとくダンボールいっぱい竹の子届く

皮を剥く灰汁ぬきをするうす味に味付けをせし竹の子香る

地球なる人口78億人その数字の一人は私ですよ

人間の世界に通用しないような自分ひとりのひとりごち

4月  ブーゲンビリア

中国の古地図ひもとく峨眉山を漢詩となりて「峨眉山の月」

千年の昔のことを忍ばむよ今を生きゐる思考のままに

おおむねは理解出来ざることばかりほんの少しの近親(きんしん)残る

何故(なにゆえ)にこれほど鋭き棘をもつブーゲンビリア幾度刺され幾度痛い

お釈迦様生誕地にてネパール・ルンビニブーゲンビリアの花咲くといふ

楊梅(やまもも)の雄木小庭辺に直と立ち葉替えの落葉山を築きぬ

楊梅の雄木の花にて風媒花一・五キロ四方へ花粉を広ぐ

三輪山の伏流水なる甘酒に楊梅雄花の花見してゐる

家籠るテレビ画像に教わりぬもうすぐ土手の桜の開花

父母の庭に咲きたり桜花三河アララギ誌表紙に描く

国籍を二つ持ちをり吾が子等ともうすぐ咲くよ日本の桜

八重桜花の塩漬瓶詰めを常に持ちをり常に食みつつ

父母(ちちはは)に育くまれこしそのままを今朝も続くる続けゆきゆく

百万本その一輪かと水切りす真紅のバラのすこやかにあれ

欲望は大きく一つ粛粛と地球の上に生きてゐること

3月  聖観音菩薩

雨降りぬ風吹き荒れぬ雪積もりコーヒー木の枯れ枯れとなる

自粛とは自身の心に向かふこと彫刻刀と角材をもて

二千五百年前実在のシャカ族王子様仏陀となられし

桧科桧属針葉樹日本特産肌目良し一刀一刀香り立ち立つ

人間の姿に一番近いとぞわが観音像はわが手にて彫る

彫るといふ一刀一刀重ねつつ桧の香りに包まれをりぬ

彫るといふ動作の随(まにま)思ひ出づ知るを限りの仏陀のことを

まだ数(かぞ)へ得る現実の数字かと埋(うづ)もれゐたる桧木屑(きくず)に

新しき思ひ湧きつつ桧材仏陀となりてゆかれるところ

出家前のお釈迦様がモデルなりと聖観音菩薩像を彫らむとしをり

中国語日本語梵語チベット語漢語ウイグル語トルコ語書写されてをり観音経

左手は花茎長く蓮華の蕾右手に聞き初(そ)む花弁聖観音菩薩

怖いこと災の無き手助けを聖観音菩薩像彫らむとす

個別的全ての人に合はする救済一刀一刀偲びて彫らむ

鏡もて自らの首すじ確かむるわが身を加ふ観音様に

2月  赤道を

英国へ船旅をせし祖父にして「皇太子白馬」連れ来しことを

塩風と太陽光と夜の星と赤道よぎりてアルゼンチンへ

「赤い線引いてない」と驚けり赤道海域通過してゆき

地球なるまろみの見ゆる水平線四十五日間眺めつづけて

狛犬がシーサーもゐるペンギンも権現山の頂上に住む

門松も仏壇も神棚も父母の位牌も心の内に仕舞いあり

見下ろせる景色の中へ入りゆくうとう坂を下りきたりぬ

自の心の内の神様へ八海山の雪どけ水の大吟醸

擦りおろす柚子皮を練り込めり柚子香りたつ柚子切り出来る

二八の蕎麦茹であぐる冷水に締め新しき年となりたり

箱根西麓標高五十mスズナ・スズシロ・セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ

米五勺七倍ほどの水に炊く芽吹き七草七草粥を

ほんのりと日本のお米の甘さにと懐かしきごといとほしきごと

ひとつだに同じ形は無きといふ無限に続く無限の結晶

あのこともこのこともまた甦(よみがえ)る私一世のあのことこのこと

1月  注連縄

登りくる朝の光りは一直線水栽培の九条葱の辺

一直に私に来る太陽光一億四千九百六十万キロを

少しづつ明かるみきたる朝の陽に向かひて思ふ仕合わせだ

おおいなる宇宙の内にぽつねんと独り居る時太陽きたり

少しづつ位置の動きて太陽光私の範囲を離れゆきたり

また明日(あした)明日逢えるを心して残しゆきたる温もりに居る

ぐるぐると渦巻き初(そ)めて事始めぐるぐるぐると今の宇宙に

一つ一つ思ひ出もてり思ひだす私の一世に集まりし物

温もりの伝ひきたりてほのぼのと私の全身整ひてゆく

カイロとは「手」プラクティックは「技術」にてひととき居りぬギリシャ語の内

目に見えぬ黴菌群の漂ひに研ぎ澄ましをり全身全霊

裏庭の松と裏白と取り揃へ門松かざりき祖父と一緒に

まっ白く湯気たち込めてお餅搗き杵(きね)振り上げる祖父の面影

長く長く外つ国にをりしこと今年いただく茲姑のお節

父と母と続き続くる印(しるし)にて新藁香る注連縄とどく


Copyright (C)2002 Yuri Imaizumi All Rights Reserved. このページに掲載されている短歌・絵画の無断掲載を禁じます。