12月 糸瓜の花
限りある私の時間のひとときを黄色く咲きぬ糸瓜の花は
糸瓜の花小さく咲きぬたちまちに近寄り来る小さき蝶々
木枯らしにぶるぶるぶるぶる揺れてゐる糸瓜と成れぬ黄色の花は
小さい小さい糸瓜の花の花蕾咲き継ぎゐたり今日の冬日も
日本の国に守らるることもなく勝手に生えぬ勝手に咲きぬ
秩父路を行き行く景色に抜き出でて淡きむらさき皇帝ダリア
見ゆるもの見えざるものの中にをり見えざるものは心に仕舞ひ
素粒子
まっ黒の稔りはコロコロ転がれり蓮の台を零れこしもの
枯れしもの手繰り寄せをり長し長し水道水にひと夏延びし
実感は無きままわが身を眺めゐる私をつくる素材素粒子
分割は不可能にして最小単位然(そ)ういふものにはじまりしこと
何にでも成り得る可能性はもちをりぬ私に成りし素粒子親し
パキパキとギンナンを割る音させて恐竜の頃思ひを馳する
何味も加へることはせぬままに噛み噛む噛み噛むギンナンの味
半分半分質を異(こと)する渋皮を剥(は)ぎていでこしギンナン翠
大気圏再突入の衛星に当たるかもしれぬ当らぬかもしれぬ
金箔を張りてをりたり息ころし裸婦は次第に仏像となる
11月 CTスキャン
この星をティラノサウルスも見しならむ地球の上に繋ぎて生きる
恐竜の化石頭骨のCTスキャン何を思ひし脳の存在
モクレン属椰子公孫樹タコノキと白亜紀より今に続くを
石の中に石と化したる恐竜をしみじみとしてしみじみとゐる
骨折の直りし化石のありといふ戦ふ恐竜現実となる
昔々私のはじめの油絵はその色知りゐし如き始祖鳥
恐竜の糞の化石のイネ科植物今日の田んぼの稲のみのりへ
けいとうの今年咲きゐる朱の色その色をぬる去年(こぞ)の素描に
歩みゆくセントラルパークへ歩みゆくまた歩みつぐメトロポリタン恐竜館
地球上の最後の恐竜ティラノサウルス化石と化した骨のつめたさ
10月 優曇華
穏やかに明るみきたるマンハッタン消えてゆくゆくオリオン星座
人類のつくりいだせる放射能地球を壊す作業は続く
高濃度放射能にも生まれいづる命のあるを知りたり今日は
しかばねのポーズにゐたりヨガのとき隅田川風足より通る
向かう側こちら側あり隅田川風立ちそむる波立ちはじむ
自らの命の終る日のあるを思ひ初めたり吾が事として
着る機会ついに無かりし仕舞ひあり車輪梅色糸芭蕉布を
三千年にひと度咲くと優曇華の真赤き花は心に咲かす
地球
地球なる一万二千メートル上空を一万キロほどとびゆかむ旅
飛行機の小さき窓の暗闇に星一つあり連れ添ひてゆく
無限かとマンハッタンの窓々に朝の陽きたり無限のほどに
青空に描きしビルの風景に描き足してみる夜のオリオン
急階段一段一段降りる地下ニューヨークのアートに紛る
白い紙6B鉛筆それだけにアートとなせむ人の姿を
深深と緑の深しセントラルパーク木漏るる雷鳴木漏るる雷光
日常を大きく隔ち美しいエンパイアー・ステートビルの見ゆる窓
放射能をつくりいだせり人類は放射能を無くすを知らず
恐竜が滅びしやふに人類も亡びかゆかむ人工放射能
9月 見守る
アンドロメダ星雲地球に近づくと三十億年先をし憂ふ
まろまろし珊瑚礁のまろまろし竜宮城に来たりと思ふ
願はくはパンの実稔る木の下に生きてゆきたしこれからの日々
超新星爆発あり新しき星の出来初む命生まるる
巨ひなる宇宙にあり星々を分身としてその輝きを
星屑の仲間であり星星よ寂しさといふ心は持つか
木漏れくるまろき光は熱をもち日陰日向の中軽井沢
夜の闇の網戸にひとつ留まりゐる源氏蛍を見守りゐたり
深深の木々の緑の育みし朝の空気に私を晒す
離山鼻曲山浅間山夏の椿の花落つる音
フィトンチッド
中心も果もなくして宇宙とふ今日の一日も恙無く過ぎ
光速を越ゆる膨張してゐると宇宙のしじまただただ見上ぐ
杉の木の育たぬといふ島にゐるヒカゲヘゴの毛むくじゃら良し
オリオン座ペテルギウスに一大事超新星と爆発すると
オリオン座の六四十年未来のこと思ひ描けりそのオリオン座
全身をフィトンチッドに晒しつつ幾重にも山山の緑よ
人工の放射能を身に纏ひ滝のしぶきの天然放射能
何億年前に出来しか巨ひなる巌の雫ポタポタ濡るる
朝の日はいまだ閉ざせる瞼まで木漏れきたりぬ中軽井沢
目覚めには真紅の花に出会ひたり夕べに萎へて花落つる音
8月 月桃
島道に添ひて続くる白き花月桃といふ名をよろこべり
餅米の粉に蓬(よもぎ)を搗きこみて黒糖の味月桃の餅
香ぐわしき香りを放つ月桃の葉にくるまるる餅にやすらぐ
三朝(みあさ)なさな月桃の餅頬張れり奄美大島甘(うま)し美(うま)し
背高くてトゲトゲあざみの茎といふお浸しにし炒めたりし
足指をニュルニュルニュルル田の泥の細かき粒子泥にて染むる
恐竜の思ほゆ巨大ヒカゲヘゴ毛むくじやらにぐっしよりの雨
洗へども洗へども泥濯げども私に積もる泥の粒子は
宇宙なる同じ素材に出来あがる人の姿を今日クロッキー
人の目に見えぬ故に人間の言葉をもちて暗黒物質
7月 ゆたにたゆたに
わが家に双葉のヘチマ加はれり二つ命のこの屋根の下
一つ打つ龍口寺の鐘の音よ一つ願ひを余韻にたくす
どこまでもどこどこまでも伝ひゆけ龍口寺の鐘の音ひとつ
地球より割りいだしたる単位にて私を測る162p
じゅんさいの季節に生(あ)れし母なりきゆたにたゆたに好みしことを
ひと束を担ぎてゐたり愛知蕗肩よりきたる蕗の匂ひの
めがねを掛け3Dの映画を見めがねを掛けレーザー治療
引き返すことがあります飛行機は真白き雲の中を飛びをり
二時間をかけて真白き雲の中梅雨前線梅雨雲の中
裾まわし車輪梅の朱の色黒大島をめざしてゐたり
過去を見る
過去を見る100億年の過去を見る不思議なことと思はずままに
この辺りのほこり掃き寄せ作りたり放射線の鋭き光
なんとなくそはそはとゐる5月16日奥の細道出発の日は
指先に蕗の匂ひと蕗の灰汁蕗の煮浸し蕗の絵残る
種子島の上空通過するころか真っ白厚い梅雨の雨雲
大釜に車輪梅を煮詰めゐる田んぼの泥は鉄分含む
月桃の花咲く道を辿り行き月桃の葉にくるまるる餅
つわぶきとあざみの茎と水里芋と旨きものあり奄美大島
願ひあり願ひ叶ふるつもりにて鐘ひとつ突く龍口寺
電磁波も電波光線それこれの放射線の有りて成り立つ
6月 生命
ムズムズムズ鼻先ムズムズムズムズし放射能を嗅ぎあてたらし
太陽の核融合反応に生命つくられ生命こわるる
地球なる大気に混入人工の放射能と共存はじむ
夕あかり頼み窓辺に寄りてゆく逆らひをりぬ原子力発電
ぽつねんと闇ゆく部屋に籠りゐてただただ暗い暗闇となる
薄明の空に向へりあとすこし地平線に太陽来たる
幾十億をくり返しこし地球の朝(あした)今朝の光の遍ねし眩し
織女ベガ牽牛アルタイルそしてデネフやうやく見付く夏の大三角を
十五光年隔つるベガとアルタイルと近くしありぬ私の内に
あまりにも理不尽なこと起る日々音たてて食む紫大根
5月 地球なる
目に見えず感じることもなきままに蓄積さるると放射線量
地球なる定めと起こる大地震地球内部構造図ひもとく
滅亡のインカの暦に残りをり二〇一二年地球は滅ぶと
地球なる土砂岩石にふくまるる放射線を受けつつ日常
地球なる深部にプレート沈みゆく証しと揺るる巨大地震
離れるか衝突するか擦れ違うか無防備にをりプレートの上
中心は7000度にもなるといふ地球の上に住み続けゐつ
おほいなる天の川銀河の片隅に地球は存在私の居る
韻を踏む激しきリズムに身をまかせ心もまかせNE-YOチャリティ
放射線治療といふは頼りにし放射線量怖かりをりぬ
4月 蝋梅
見えてゐる心になりて原子一個オングストロームといふおほきさを
あまりにも小さし三つ粒の組みあわせ宇宙も出来た私も出来た
人間の理解の及ばざるところ潜在にありその存在の
描きゐる鉛筆の線の線に似てブラウン運動覚えしこの日
咲きのぼるエンドウの花の白い花白く咲くらん子孫の花も
スペイン語のみ聞こえゐるときありき英語のみ聞こゆ今日の一日
雪が降る昔ながらのボタン雪たちまち積りたちまち融ける
ひと山を尽して香る蝋梅の有毒といひ薬用といふ
おむすびと共に食みたり花の香は毒もつといふ蝋梅の花
やまなみは幾重に幾重に幾重にも振り返りゆく顔振峠
目に見えぬもの
蝋梅は咲き定まりぬ黄の花しっかり深く匂ひを放つ
近く遠く山並み幾重その向う富士山見ゆる顔振峠
目に見えぬ放射線の満ち満つと慄きをりぬ目に見えぬもの
花粉より小さい粒子と放射能やすやすとをり此処に彼処に
空しさと虚しさつのる夕間暮れいよいよ哀しますます悲し
3月 湧水
雪と降り氷と凍り水と湧く一番はじめ見守る一滴
あんなにもパピルス群れ生ふ湿原に分け入りゆけるナイル映像
ルワンダの森の木の根に小さく湧きナイルの川となるを見届く
6700キロメートル先に地中海ナイル川の始むるところ
冬色に埋もれゐたり標識はホタルブクロの咲くべきところ
殿ヶ谷戸窪地にキラキラ湧き出づるやがて野川と流るる水の
ドアを開け夜のしじまの寒々し正しく確かに木星を向く
一本の鉛筆に描く一本の6Bの線裸婦クロッキー
やうやくに日は暮れきたりやうやくに心静かに暗闇のなか
太陽も風も月も星さえもガラス越しなりひと日の暮るる
2月 ひとつ窓
もう何も怖くはないと思うまでシャンパンを飲む飛行機中
高い高い空にをりたり水平飛行深く深く人の思ほゆ
白くなる物みな雪に白くなるイエローキャブも白白きキャブ
マンハッタンを埋め尽くすかと降る雪の一粒だになし同じ結晶
天も地も東西南北秩序なし渦巻く逆巻く荒あららぐる雪
幾何学的超高層的建築群この空間は雪降り荒るる
ニューヨークにはニューヨークの匂ひあり匂ひ動かし私の雑煮
Tシャツで過ごしてをりぬニューヨークひと日ひと度出でゆき零下
〇△□基本の形にそそり立つマンハッタンのひとつの窓に
生か死かその接点に今は居る離陸態勢私の飛行機
白白白
島ひとつ揺るがし宇宙へとびたつと種子島に友人のをり
物理的か詩歌的かは決めずして今日本を離るる気持ち
飛行機の小さき小さい窓に寄りほんのりまろい夕焼け地球
飛行機の窓に十五夜の月あかり本読んでいる月のあかりに
見下ろしはただに真白し白にして白白白の天然自然
降る雪は見上げ見下ろし見回して摩天楼の私の窓
白じろと雪残りをり滑走路とびたち入りぬ白雲のなか
新年 ナノビーム
ナノといふ単位の中にわけ入りぬ3Dのメガネをかけて
てのひらに氷の分子のフワーときて土星の輪(わっか)のシミュレーション
これ以上小さくならぬ素粒子の操作をするといふが聞こゆる
おだやかに朧朧の月あかり光速といふことは思はず
忙しくない朝の日の巡りこし私の部屋に朝日誘ふ
自らの命のために調理する長い長茄子まず輪切りにし
八分の分差ありつつ太陽光私の部屋に日溜りつくり
一億分の一センチメートルの一粒の原子が幾つか私が出来
原子核の陽子の数のその数の異なるといふ元素の種類
水素よりヘリウム炭素酸素へと出来初めきたり宇宙のはじめ
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