2019年 短歌

12月  衣被(きぬかづ)ぎ

衣(きぬ)とみゆ皮よりつるりとい出こしてその真白よ私の糧(かて)

お月様にお供へしたり衣被ぎその真白は真白に食(は)ぶ

隠居する祖父に従ひき四六時中昔昔を教へ賜ひき

小さきものその小さきを幾万か皮と装ふけし餅得たり

けし餅の箱に描かれしけしの花そして私にけし粒の味

政宗の漢詩と共に届きたり笹かまぼこに歴史を加ふ

笹かまぼこ亘理郡亘理町逢隈鹿島字西鹿島より来たれしことを

唐津焼茶陶具提へ戦争にゆきにし父よ私の父

太陽に逆ひ伸びをり一つ枝ブーゲンビリアを理解しようと

飛鳥寺の釈迦如来の御手にて縵綱相に甘へる甘へる

釈迦如来禅定印を彫るところここに思ひつ縵綱相を

左手の上に右手を重ねつつ両手の親指の先を合はする定印

「三十二相八十種好」知らざるままに今日までは

菩提樹の元で悟りの禅定印御手を彫りをり敬(うやま)ひにつつ

装飾を御身にもたれぬお釈迦様今日の私のネックレス外す

11月  千一番目

天井は鰯雲にてマリンスタジアム最高音は天へとのぼる

幾万の人の集へるなかにして今出来上がるリズムに浸る

自らの心のままに自らの身体のままに今日も過ごしぬ

土となる過程見えつつ葉っぱ葉っぱ踏みしめている武蔵野面

あるがまま自然に近く保たれてふかふかとゆく武蔵野の道

柔らかき弾力ありてやさしやさし幾歳月の落葉積むらむ

ふうわりと反発のあり足裏に土となりゆく葉っぱ敷く道

演習林案内図のコノシメトンボ小さく赤くツイと飛びこし

石幢の六角地蔵尊に導びかれ武蔵野段丘ふかふかとゆく

大地より直ぐ立つ檜大木よ角材小さく釈尊彫りをり

風吹かば風神思ひ雷あれば雷神思ふそして過ぐ日々

一千三十二躰尊像の御前にひとりわが身に受くる金の燿(かがよい)

千体の千手観音の千のお顔一体一体あいさつしている

蓮華王を背(せな)より見守る行像尊このお教えを思います

千一番目の行像尊ただ一体蓮華王の背後を守る

10月  祇園にて

京都花見小路に降る雨は蛇の目傘をさしてゆくゆく

台風の余波の雨の水たまり下ろしたばかりの草履(ぞうり)を履(は)ゐて

身嗜(みだしなみ)確(しか)と整(ととの)ひ今は叶(かな)ふ暖簾(のれん)を分(わ)ける一カ亭

言葉には現はし得ない赤にして赤壁の内静静とゆく

「福無彊」鉄斎揮毫の前にして舞妓さんと舞妓さんと舞を舞ひ舞ふ

可愛いさとあどけなさと雅(みやび)やかさと舞妓さんと居るひとときを

人間の本質であり原点であり花街礼儀作法の夜を

一盃は二盃三盃四盃とあのことこのこと芸妓さんと

元禄より続ける一力亭にして今日のひと夜は私に仕舞ふ

気配りはどこどこまでも行き届き格調といふ安らぎに居る

日本を描(えが)かむとして舞妓さん6B鉛筆クロッキー画

舞妓さんの白塗りのごと描きゆく下唇に紅引き完成

高台寺裏山墓所へ登りゆく菘翁貫名先生の墓

幕末の三筆とふ祖のありてニューヨークの子等を誘(いざな)ふ

東山三十六峰の稜線と平行にゐる今日の宿りは

9月  文金高島田

躍動すニュートリノの映像よ見えないものをみてゐる不可思議

超新星爆発とふ映像はスマートフォンに時々眺む

尺取虫からだにコンパス持ちをらむコーヒー若葉にまんまる虫喰ひ

海水と淡水と合ひ会うところ汽水の池にアオサギ動かず

クスの木の根方に数多泥んこの小さき抜け殻ニイニイゼミよ

父母に会ひにゆきにし速度にて新幹線のこだま号走る

父と母と姉と姉ともふ会えない認識新(あら)たもふ出合へない

鞠子姉様文金高島田の御姿でした小学生の私送りき

兄弟姉妹一番上の女医なりき頼もしかりき優しくありき

思ひ出も悲しみも慈(いつく)しみも短歌のリズムと共によみがふ

地球なる二万キロの旅にして地球半分のまろみに添ひき

釈尊の左の腿に右の足右の腿には左足これ結跏趺坐(けつかふざ)と

自らの両足をもて出来ざるを知りて彫りをり釈尊坐相

釈尊の召さるる袈裟を薄絹もて左肩背中右肩胸へ全身ぐるり

インドなるサリーと同じように着る知りてほのぼのほのぼのとして

8月  金銀砂子

清らなり管弦の音(ね)につつまれてお星さまきらきら金銀砂子

知る限り宇宙を思ひ描きつつお星さまきらきら空から見てる

あのこともこのこともまた聞き下さる釈迦如来像彫りつづけゐる

自らの諸手もて印相を確かむる釈迦如来像定印のところ

菩提樹の下(もと)にて瞑想の御姿よ彫り進みゐる近付きゆかむ

一枚の衲衣(のうえ)を御身にまとはれて薄々き絹絹の襞(ひだ)彫る

自らを自ら救済してをりぬ檜角材彫りつづけゐつ

父のように母のようにと憧るる今日も明日(あした)も明後日(あさって)も

旧き家大き家族を守らるる凛と立ち立つ母を見上げき

故里とブエノスアイレスとの二万キロ離るることを深く思はず

「行くな」と父「すぐ帰るから」と私日本い出ゆく日のありき

四万キロの航空チケット常に持し故里の父故里の母

日本への北米上空飛行中母を亡くしぬお母さんお母さん

入念にストレッチをしてをりぬ巨き植木鉢運ばむ目論見

正面も右側左側背面も私の窓にはクレーン高し

7月  日本の漢字

初夏の光かえしてキラキラキラ蓮の浮葉のおほき露玉

簡単に生えこしごとく高層のビル林立す懐かしきこと消ゆ

日本の国立博物館を覆ふ如外来ユリの木今花盛り

東寺なる五重の塔の水煙の葱坊主の影を諸手に

地球の空飛行時間の長かりき地球の上の出来事思ひつ

元は海地層に深く潜りゆくエスカレーター幾つ乗り継ぐ

高く建つビル礎(いしずえ)に見つけたり石の中に石と化したる巻貝いくつ

日本の漢字となりぬ空海筆「不空羂索神変真言経」

毘沙門様踏みつけいたる邪鬼たちと眼(まなこ)が合いぬ眼(まなこ)忘れぬ

文章で表はすことの困難を東寺講堂立体曼荼羅

ポケットのスマートホンに写しある帝釈天の騎象の像を

東寺なる立体曼荼羅にまぎれゐて遠き遠き過去と一体

信仰といふを上手に知らざれば芸術として神様仏様

天も地も薄紫に覆(おお)はれて父上母上楝の花が咲きました

常の日の予定を全部キャンセルす誰にも言はぬ時の過ぎゐる

6月  黒松盆栽

スッキリと機敏に移動群雀やまもも雄花も散り尽したり

今日よりは孤独ではない贈られし三河黒松盆栽とゐる

盆栽はボンサイサイズに保たむよつやつや伸びる新芽摘み取る

アカネ科のネルテラ属の苔珊瑚南米原産といふを親しむ

吉野山奥千本の崖伝ひ西行庵へのぼりゆき着く

とくとくと苔清水の落つる音西行法師ここにをられし

みづからの無事安穏の保たれて彫り続けゐる釈迦如来像

ほんのりとほほえみくださるお釈迦様ほほえみながら彫り続けゆく

おのづから速足となり「うとう坂」夏立つといふ今日の爽やか

皇居・国会議事堂・富士山・一望にしてスカイツリー展望

何も居ぬか小さき水槽みてをりぬ今日誕生の水くらげ居た

スカイツリー天望回廊に見定めし道を辿りてわが家に帰る

初夏の太陽あまねしすがすがしコーヒー木の新芽輝やく

5月  ねこ科猫

天照大神に従ふ思ひに選びにき織物染色テキスタイルデザイン

日本に帰り来たりて日本語に日本のことを知りゆくは良い

ただに絹ひたすらに絹「絹の話」絹の歴史は未来の絹へ

風吹かば雨降りくれば寒かれば桜の花の健(すこ)やにあれ

白ならずピンクともあらず桜色桜の花にうずもれゐたる

桜桜タンポポはこべらイヌノフグリ満ち満つときを満ち満ちてゐる

地上には桜咲き満つ吹雪てをらむ地下鉄の窓には自らの顔

今日の日を生(い)きとし生(い)けるものどうし猫と見てゐるブラックホール

天文学の数字並べりほんのりとまろまろ輪郭ブラックホール

アインシュタインの法則とふ「ふはふは」を今朝の目覚めに見てゐることよ

ひとひらのひらひら散りくる花びらのこのひとひらにも地球引力

富士山の見えざるままの花曇り富士山側の座席にゐたる

「日本が良いなと思ふ幸せを」うれしくもつよby・tamayu

4月  雄 蕊

電線に少しかかりて細細し月齢は2私の窓

お釈迦様座します蓮台彫りつづく今日は蓮花の雄蕊四十

真地球の百万個分の大きさと太陽よりの朝日のとどく

思い出の父母の仕種に異国風加へて暮す私の日々

もっともっと一緒に居たかった父と母とを心に仕舞ふ

吉田城よりお駕籠に乗りて嫁ぎ来しと曽祖母のこと会ひたい会ひたい

父曰(いわ)く世界に向けてい出ゆけよそしてここに帰り来るべし

八歳の頃の疑問の解けぬまま私の一世終りてゆくか

オリエントに始まる獅子は東方・インド・中国・日本の狛犬

外来の霊獣たちまち日本化し阿吽も親しく神社の狛犬

知らぬことあまりに多きを知り得たり知らざるままは続きをりつつ

一羽ではない雀はいつも群れ来るよ楽しそうだと見守りゐたる

何一つ勝手許さぬ仏像彫刻それでも私の滲(にじ)みて仏像

3月  蓮 台

上腕の筋肉痛のほのぼのと阿弥陀如来の蓮台造り

遮(さえぎ)るは何物も無きごとくにて太陽光を両手に受くる

エアコンに温もる部屋のコーヒー木真冬の日々も新芽を伸ばし

妙高の高原に生えし蕗の薹味噌と交(まじ)へて今朝の食卓

湯気たつるご飯に添へる蕗味噌よ妙高雄姿蘇(よみがえ)りくる

新聞・テレビ・パソコン・スマートフォンこの世に生きるを認識しつつ

電線に止まる雀のふっくらとこの寒の日々如何(いかが)ゐますか

太陽を八分前にいでこしか八分毎を沢山沢山

朝餉してゐる時には晩餉かと地球の距離を測りつつ生く

幾粒かポケットにあり星の砂砂となりたる有孔虫よ

幾度か眼合(まなこあ)わせりジンベイザメと彼の水槽離れ難しも

美ら国の陸と海と空との狭間青から緑へグラデーションは

日本の最南端の星を見む石垣島の闇に分け入る

星見石のむこう四百光年に散開星団スバルの見ゆる

三百五十人が住むといふ竹富島の続きこしこと続きゆくこと

2月  南十字星

白亜紀より今に繋ぐるペンギンの剥製一羽私とゐる

窓の辺の今朝の雀のスリムにて外気温を眼に測り

三人のマリア様とふオリオン星座私一世の安心なりき

慣じみつつ暮せし日々のありしこと南十星をまた見むとする

また来たり一万メートル上空へ南十星に少し近づく

雨が降る青空見ゆるまた小雨石垣島の午後のしじまに

今咲かむハイビスカスの蕾ですからりと揚がり天麩羅ですよ

雲厚く空の彼方のひとところ心には見ゆ南十字星

さりげなく野生の蘭の小花咲く川平湾を見下ろす丘は

幾粒かポケットにあり星の砂あのことこのこと思ひの湧き来

1月  擬(もどかし)い

ニューヨーク・ラスベガス・ロスアンゼルスいま原宿・あすはジャマイカ

今日の日の過ぎゆかむとす時刻にて自分自身に残りしは何

思ひ出となりたることの思ひ出にもふ戻れないこの擬(もどかし)さ

高層のビルにゐたりてはるかなる私の視界東西南北

真地球の出来し日のこと偲びゐるほんのりほのか三百六十度

坪庭に一本立つるヤマモモノキに群雀こしピチピチピチピチ

地球より贈り物かと目覚めゆく群雀のピチピチピチピチ

コーヒーの木の育て方を検索すこのごろ寒くなりたることよ

大き鉢動かさむとす日溜まりへ日光が好きとコーヒーの木

アカネ科のマダカスカル原産コーヒーの木白き小花を待ち待ちてゐる


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